【第二章】疑われる実況者と勘が鋭いJK実況者(1)
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私、小山内詩歩子はあの忌々しいユキのことが大嫌いだ。
自分には小さかったころから好きだった同い年の男の子がいた。
その子は八歳の誕生日に借金まみれの両親を亡くし、親戚の誰も彼を引き受けてくれずに放置されてしまった。
そんな彼を、高校の先生になったばかりの近所のお姉さんが引き受けてくれたそうだ。
その当時の私は吹雪君が傷ついたことよりも、ただ彼がこの町からいなくならなかったことにもっと安心した。
正直に言って嬉しかった。
あんなことが起きたのに、これからもまた……彼と出会える。
でも、そんな当たり前だったはずの日常は、あのユキの登場と同時に突然終わりを迎えた。
「ゴメン! 今日はどうしても外せないユキさんの配信記念日だからさぁ。また今度、遊びに行こうぜ!」
その日は彼に「可愛いよ」って言わせるため、何度も母に頼んで髪も衣装もばっちりセットした私の九歳の誕生日だった。
それから毎年、私の誕生日は彼と会えない日々になってしまい、自然に彼との関係も疎遠になってしまった。
こんな状態のままで数年が経ち、偶然に同じ高校に通うことになった。
今でも私は彼を見るたびに胸がこんなにもざわつくのに……もう彼とどう接すればいいのか、ちっとも分からなくなった。
とある日、学校の中で彼とすれ違うように話を交わした時があった。
その瞬間、彼の「小山内さん」という他人行儀な態度を見て、トイレでひそかに泣いてしまったこともある。
あの悪魔、「ユキ」から吹雪君を取り戻すため、私も十歳のころからライブ配信を始めた。
今になってはあのユキと比べても大した差はないほど、結構ファンはあった。
しかし、それでも吹雪君はちっともこっちに振り向いてくれない。
いったいどうすれば……彼を取り戻せるのだろう。
そんなことばかり悩んでいた私にある日、突然転校してきた女の子を隣の席になったという理由で面倒を見ることになったんだけど。
「あの、鳥谷部……麻衣さんだっけ。これで校内の説明は終わったんだけど。ほかにも知っておきたいこととかある?」
「あ、いえ。その……特には」
転校生の鳥谷部さんは、なかなか人見知りの強い人のようだ。
休み時間にいろいろと話をかけてみたんだけど、彼女はたった一度も私と目を合わせてまともな返事すらしてくれなかった。
だから最初は「私、何かやらかした?」と思ってた。
それほど、鳥谷部さんには結構距離感を感じた。
「マジでなんでもいいからね。行きたい場所とか、聞きたいこととか。後にでも思い浮かんだら気楽に言ってよね」
「あ、その……そ、それなら」
こら、さっきの「特には」って何よ。
聞きたいこと、ちゃんとあったじゃん。
「あ、あああ、あのぅ……ユ、ユッキ!」
「は?」
「じゃなくて、お……おぉっ、小山内さんはあ、あの……ふ、吹雪さんのことをし、知っていますか? あ……あたしッ、彼に用事があるので」
なんで。
どうして転校生の口からあの嫌気がさす奴と彼の名前が同時に出てくるのよ。
ただの言い間違い……のはずだよね? 一応「吹雪」にも「ユキ」の字が入っているんだし。
そうよ。気にしすぎるだけよ。
しかし、それはそれとして。
「吹雪って確か、三組の姫野君のこと?」
こいつ、なぜ吹雪君を親しいように下の名前で呼んでいるのよ。
「あ、姫野か。姫野……姫野吹雪さん……うひひっ」
しかも彼の名字すら知らなかったようなあの格好。
下の名前だけ知っているだなんて、二人はいったい何の関係なの?
「姫野君に何の用? だったら次の休み時間、私と一緒に彼のクラスに行ってみる?」
「は、はいッ。ぜ……ぜひお願いしましゅッ!」
その点に疑問を抱いていた最中。
鳥谷部さんはふわふわしていた明るい茶髪を思いっきり振り乱しながら、私の足元の方へ向かってしきりにこっくりと強くうなずいた。
§ § §
どうしてこうなったんだろう。
「会いに来ましたよぉ、ユキ……吹雪さん!」
「久しぶりだね、姫野君」
もちろん行動力の高い麻衣のことだし、こっちへの転校なんてすでに終わっていてもちっともおかしくないと、うすうす感じてはいた。
むしろ予想通りの行動に、一安心したくらいだ。
今、俺の背中が冷や汗のまみれになった理由とは、すべて麻衣の後ろに立って鋭い目つきでこっちを睨んでいたあの詩歩子のおかげだ。
肩まで伸びていた短髪を、アイロンで丁寧に巻いた髪。
強い意志が込められた、きりっとした目つき。
爪や袖などの些細なことも決しておろそかにせず、常に綺麗に整っている。
ほかの生徒たちから信望も厚い上、強そうな外見とは違ってゆるふわな雰囲気まで保っているから、学園のマドンナとして受け入れられているし。
しかも教師と生徒の両方が詩歩子のことを、優しい言動でみんなの心を癒す優れた人格者として高評価している。
「おい、あれ見ろよ。シホシホ様が来たぞ!」
「シホシホと同じ教室内だなんて……写真撮って自慢しなきゃ!」
「はぁ? お前! 写真禁止の規定を忘れてんじゃねーよ! ぶっ殺すぞゴラァ!」
もちろん、その評価には彼女のライブ配信の影響も含まれているようだった。
けれど。
「姫野君」
そんな彼女だが、俺にだけよく冷たい目つきで見下してくる。
「どうしても姫野君に聞きたいことがあって、麻衣さんと一緒に来たんだけど」
唇を血が出そうに強く嚙み締めながら、詩歩子は言った。
そういえばこいつ、昔から俺とユキの関係を疑っていたんだよな。
それを長年にわたって精一杯ごまかしてきた結果、不幸中の幸いに俺がユキであることだけはばれなかったんだけど。
ただ、二人は何らかの特別な関係であろうと、彼女なりに確信しているようだった。
それにこいつ、ライブ配信ではよく「少しでもユキに近づきたいから、配信を始めました」と言ってたし。その一心だけでゼロから約一千三百万人までのチャンネル登録者を増やしたほど、ユキの熱狂的なファンだもんなぁ。
それほど「ユキ」のことが大好きな詩歩子にとって、俺の存在はかなりの厄介者なんだろう。
恐ろしい。CPの中でも一番恐ろしい行動力を持つ詩歩子に今、めっちゃ怖い目で睨まれている。
やばっ、緊張しすぎて吐きそう。
「ね、姫野君」
「なっ……何?」
「ユキって、姫野君だったの?」
「ゲホッ!」
予想外の詩歩子の返事に思わずむせた。
だ、ダメだ。こいつ、すでに何かを確信した目で俺をギロリと睨んでいる。
その視線を真正面から受けてしまい、俺の心が折れる直前だったその瞬間。
「き……聞き捨てならないことをッ、い……言いますね、おッ、小山内さん」
終始一貫俺の後ろにいた麻衣が突然俺の袖を掴んで、震えながらも詩歩子に話しかけたのだ。
「あッ、あたし! 吹雪さんのことも……け、結構す、すすっ、好きですけど……あたしにとってユ、ユキねぇはその……し、信仰の対象ともなられるお方なので! あの……普通の男子高生とユ、ユキねぇを一緒にしないで欲しいというかですねッ」
それと同時に、俺の背中から麻衣の髪の毛が左右に激しく動くのを感じた。
麻衣の奴……秘密を知るライバルを増やしたくないのか、詩歩子をごまかすために首を横に振って必死に否定しているけど。
「やはり鳥谷部さんはあの「ユキ」のことも知っていたんだね。うん……まぁ、分かったよ。ごめんなさい、いきなり変なことを言って」
「っ」
「そろそろ休み時間も終わるころだし、鳥谷部さん。もう私たちのクラスに戻りましょう。もっと詳しい話はいつかまた、この三人で。分かったよね、姫野君?」
そんなことで「はい、そうですか」と納得してくれるほど、詩歩子は決して甘くない。
§ § §
すべての生徒たちが下校した時間からも一時間が過ぎた放課後。
「姫野君。こんな場所で何してたの? ううん。それよりも、もしかしてここで住んでいるの?」
とうとう詩歩子に尾行までされちまった。
「あ、あはは」
この場所は、俺を拾ってくれた先生の通う高校の旧校舎。
その中でも昔、保健室として使われてたのを理事長の許可を得て、ガスとか水道まで引き込んできて、いろいろと生活基盤を整えておいたここは俺だけ住んでいる大事な家である。
先生と別々に住む理由には、やはり誰にも言えないライブ配信の問題もあったんだけど。
それ以前にいくら先生が俺を救ってくれた恩人だとしても、実の家族でもないまだ若い先生と一緒に住むのは、一人の男としてさすがに刺激が強すぎたのだ。
けど、ほかの生徒たちとの公平性の問題もあって、ここを私的に使っていることを知られてはいけないことを条件として、理事長と先生に住むことを認められたんだけど。
もうばれてしまったら仕方ない。ここは一応、言い訳でもするか。
「あの、これには訳があってなぁ」
「ねぇ、姫野君。これ知ってる? 姫野君って、幼い頃から嘘つくときは必ず右手で頭をかきながら視線をよく右上に向くんだよ」
「っ!」
詩歩子の追及に思わずギクッと身を震わせた。
「ほら、やっぱり。適当なことでも言って、ごまかすつもりだったんでしょう?」
「ち、違う……よ?」
「はい、それダウト。で、本当はどうなの? まさかあの先生が今更、姫野君をこんな所に追い出したの? だったら私、ライブ配信ですべて暴露してでも社会的に殺してあげるよ、あいつ」
「は、はぁ⁉ そんなんじゃねーよ! 絶対にするなっ!」
あぁ、頭痛くなってきた。これじゃ助けてもらった理事長と先生にとんでもない迷惑をかけてしまうよ。
そう思うだけで、計り知れないほどの罪悪感で胸の奥がチクチクしてきた。
「なら、本当のことを言ってよ」
しかし、真の危機はまだ始まってもいなかった。
今、俺の後ろにある珍しい緑色のカーテンの向こうだけは。
その光景だけは詩歩子に決して見せてはいけない。
どうしても目立つ三つのモニター。
三角台を使ってパソコンの中央モニターの上に留めておいたデジカメ。
反射光の効果を得るために天井に設置され、壁に向かって強く光を放つ予定の三つの巨大な照明。
机にはプロの歌手や声優が本格的なプロデュースに使えそうなコンデンサーマイク。
そして何よりも、そのカーテンの向こうにはライブ配信に使った様々な女性向けの衣装やパッド付のスポーツブラたちでいっぱいだ。
決定的に、あそこの引き出しの中には送り手として配信中のサイト名が書かれた「ユキ」の通帳もある。
このままだと一発でばれてしまうだろう。
とりあえず、一刻も早く詩歩子を連れてここから出よう。
「分かったよ。そこまで言うなら全部話すから、いったん近所のカフェでも行こっか。俺がおごるから、そこでゆっくり話でも」
「へぇ? 「ここ」でしちゃだめなの? 「ここ」の匂、結構気に入ったんだけど。どっか行くのも面倒だし、「ここ」で言ってよ」
「に、匂いといえば、あのカフェに売ってるコールドブリューの香りがヤバすぎることで有名なんだ!」
「怪しい。「ここ」に何かいけないことでも隠しているのかしら」
あ、はい。綺麗に失敗しました。
詩歩子が何度も連呼し続けた「ここ」という単語からものすごく強いアクセントを感じる。
「いったい何が聞きたいんだよ。はあ、お好きなだけどうぞ」
これ以上、無理やり話をそらすともっと大変になりそうだったので、俺は彼女を説得するのを辞めた。
「まず最初の質問だけど、あっちの緑色のカーテンの中に何かあるんでしょう? さっきからあそこをチラッと見るたびに、妙に姫野君が目を右上にそらしているような気がするんだけど」
お前はやり手の探偵さんかよ。
はぁ、やむを得ない。
こうなったらしょうがない。一応、詩歩子も女子高生だし。女の子なら大抵見たくない物でも言って、あっちから気をそらしてみよっか。
「実を言うとあの向こうには俺好みの女性だらけっていうか……主に服より肌の面積が多い方々だけを集めたとっておきのコレクションブックがあるからなぁ。ちょっと汚いから見ない方がいいよ」
「今! 直ぐ! 見せて頂戴!」
「はぁ⁉」
なんでやねん⁉
詩歩子の奴、なんで同じ女性の裸にあんなに興味津々な目つきをしやがって……はっ! そっか!
こいつ、ユキに対して「憧れ」だけじゃなく、恋愛感情も持っていたんだ。
だったら、もともとそういう……女性同士の行為にもひかれていたってことか。
なるほど。だから俺のコレクションブックにこんなに興味を知らして……って、今すっきりしている場合かよ!
思ってもみなかった返事に俺が混乱していると、止める隙もなく詩歩子はカーテンを握ってぱっと開けた。
「なにこれ」
ああ、終わった。