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ジェサイアside

文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。

 ジェサイア・フォン・クレケンス・サイデューム王太子殿下は、いつからか人を信用しなくなった。なぜなら自身の地位のお陰で言い寄るものが身近に沢山いたからだ。


 しかも言い寄る者は皆、詰めが甘くすぐにボロを出す。


 王宮から出て完全に人がいない場所で文句や本音を言えばいいものを、相手を馬鹿にして自分が優位に立つとそれをすぐに誰かに言わずにはいられないのか、誰かに聞かれる恐れも考えず王宮内で口を滑らせ本音を漏らす。


 ジェサイアは、幾度となくそんな愚かな人間の本性を見てきた。


 幼いころからそんな環境に置かれたジェサイアは、どこか冷めたところがあった。

 婚約者候補を決めねばならなくなったと側近に報告を受けた時には、ジェサイアは冷静にこう命令した。


「公爵家をまとめるために、公爵令嬢をすべて婚約者候補とし、こちらに散々媚びを売るように仕向けたうえで、有益になる隣国の王女とでも婚約すればよい」


 そうして煩わしい婚約候補の令嬢たちには、公平に愛想を振りまけば文句も出ないだろうと考えたのだ。そして、すべての公爵令嬢を平等に扱うことにした。


 その中でもリアン・ディ・パシュート公爵令嬢とルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢には心底うんざりしていた。


 リアンは、媚びを売っているのがみえみえで分かりやすいだけまだよいとして、問題はルビーの方だった。


 彼女のあだ名はミス・パーフェクト。


 なんでも器用にこなしそつがない。そしてガツガツと攻めてくるかと思えば、きっちり引くところは引く。あだ名の通り嫌味なぐらいパーフェクトな女性だった。


 もしも国外に手ごろな相手がいなければ、この完璧すぎて嫌味で可愛げのない女性を伴侶にむかえなければいけないかと思うと、ジェサイアは気落ちするほどであった。


 ある日、叔母が主催の舞踏会が開かれた。


 当然王太子殿下としてジェサイアは参加せねばならず、そこに婚約者候補たちの相手をせねばならなかった。


 ジェサイアは令嬢たちとの退屈な時間を思うと、憂鬱な気持ちになったが、それを表に出さぬように作り笑顔を張り付けると舞踏会に参加した。


 会場を見渡すと、ありがたいことに婚約者候補たちが横一列に並んでいた。この時ばかりは婚約者候補たちに感謝しつつ、並んでいる順にダンスに誘うことにした。


 一番端に並んでいたリアンに声をかけると、彼女は一番最初に声をかけられたことに対して、何か勘違いをしたのかぎらついた目つきでダンスに応じた。


 そんな彼女の相手を適当にこなした後、隣にいたはずのミス・パーフェクトを探す。すると彼女は顔色をなくしテラスへと行ってしまった。


 ジェサイアは正直それは困ると思った。順番にダンスに誘っているのに、彼女たちはどうしてこんなに空気を読まずに自分勝手に行動するのかと、軽く怒りすら覚えた。


 ここはルビーを無視して他の令嬢を誘おうかとも思ったが、ジェサイアはなぜかルビーのことが気になり後を追ってテラスへ向かった。


 そこで信じられないものを目にする。あのミス・パーフェクトが泣いていたのだ。


 心臓がドキリと鼓動した。


 呆然としてしまいルビーの前に出るタイミングを逃し、しばらくそんな彼女を隠れて見ていると、彼女は叫ぶ。


「殿下、殿下をお慕いしています。愛してます。愛しているのです」


 ルビーは誰にともなく叫んでいた。それは彼女の魂の叫びだと感じた。ジェサイアは生まれてこのかた、こんなにもまっすぐに気持ちをぶつけられたことがなかった。


 その言葉はいつも何事にもゆるがないジェサイアの心すら強く揺さぶった。ギュッと胸を締め付けられる。それは、ジェサイアが今までに感じたことのない初めての感情だった。


 すぐさま彼女のもとへ駆け寄り、ルビーを思い切り抱きしめ慰めたい感情にかられた。


 と、そこへ人がやってくる気配がありそちらの方を見るとリアンが立っていた。


 なんと間の悪い。


 ジェサイアは怒りを覚えた。そこへカール・ディ・フォルトナム公爵令息とその婚約者まで現れた。


 一体なんなのだ?


 そう思いながらも様子を見ていると、男爵令嬢がその場を立ち去り、リアンがカールに抱き着いた。


 くだらないと思い、見ているだけで吐き気を催した。カールがどうするのか見ていると、リアンを邪険に振り払い婚約者を追うためにその場を去っていった。


 当然の結果だろう。


 だが、リアンは信じられないとばかりに唖然としその場で呆気にとられ佇んでいた。そしてしばらくすると諦めたのかテラスから離れていった。


 ジェサイアはこれでようやくルビーと話ができる。そう思い、テラスでルビーを探すがその場を去った後のようだった。


 とにかく彼女と一度じっくりと話をしてみたい。


 そう思ったが、そのタイミングはすぐにでも訪れるだろうと、この日は何も行動せずに終えた。


 ジェサイアは、後にこの判断を後悔することになった。なぜならルビーが公の場に一切姿を見せなくなったからだ。


 ルビーは婚約者候補の中でも、競争心が強く前に前に出る存在で、アピールできる場所ではその能力を遺憾なく発揮する人物だ。それなのにその機会を利用することもなく放棄している。これはどうしたことか。


 そんなことを考えているうちにジェサイアは、日ごろからルビーの、あの涙の意味を考えることが多くなった。


 そして、ルビーがあの時に何かしらの理由で婚約者になることを諦め、今決別の道を選んでいるのではないかと思い至った。


 もしかして彼女は僕から今この瞬間も離れていこうとしているのか?


 そう思った瞬間、生まれて初めて自身ではどうにもならないことに直面し、その辛さに苦しんだ。


 焦燥感に襲われ、今すぐにでもルビーの元へ駆けつけ奪ってしまいたい。そんなことを考えてはその欲望を抑えるのに必死になった。

 王太子として、色事に惑わされ失態を犯すわけにはいかないからだ。


 ジェサイアは、こんなにも自分の感情に振り回されることは初めてだった。


 だが、この時ばかりはそんなことはどうでもよいとさえ思えた。そしてジェサイアは、側近に初めて我が儘を言った。


「私はルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢と婚姻する。彼女以外の相手は考えられない。どんなに反対されようと、これは決定事項だ」


 そう宣言したのだ。側近のフランツは驚いた顔をしたが微笑むと嬉しそうに言った。


「殿下がそうおっしゃるなら、それが最善なのでしょう。ではその方向で話を進めます」


 政治的にはこの婚姻は間違っているだろう。頭ではそれがわかっているが、唯一自分自身の心を揺り動かし、人たらしめる存在(ルビー)を手放したらジェサイアは二度と人間らしさを取り戻せない気がした。


 とにかく彼女と話をしなければ。


 そう思いディスケンス公爵を王宮に呼び出した。そして、ルビーの婚約を内々に進めていることを話した。


「この件に関しては私から直接本人に話したい。なので本人には言わないように」


 そう言って念押した。次いで、ジェサイアはルビーが最近どうしているのか尋ねた。ディスケンス公爵は少し気落ちした様子になると答える。


「それが、先日の舞踏会に出てから様子がおかしいのです。あんなに社交的で、どんなお茶会にも参加し、婚約者候補として王太子殿下に恥をかかせないよう頑張らなければと言っていたのですが……。今ではそのすべてを放棄し、自室にこもるようになってしまいました。おそらく王太子殿下の婚約者になることは諦めてしまったのだと思います。王太子殿下はこれに関して、何かお心当たりがおありでしょうか?」


 その理由を一番知りたいのは僕だ。と言いたいのをこらえる。


「なんとか公の場に出るよう説得してもらえないだろうか?」


 ディスケンス公爵は首を振る。


「あの子は頑固なところがあります。一度こうと決めたら絶対に意思を曲げません。それに、本当に今までの勝気な娘の面影もなく、ボロボロで、公の場に無理にでも引っ張り出せば壊れてしまいそうなのです」


 ジェサイアは、改めて自分の愚かさを呪った。


 ミス・パーフェクト? そつがなく嫌味? 何を考えていたのだ。それらは全てルビーが自分を想った上で、努力を重ねたうえに成り立っていたことではないか。


 ルビーは他の公爵令嬢と違い、公爵令嬢と言う地位に甘んじることなく努力を重ね頑張っていた。それも全てジェサイアのためにだ。


 それを見向きもせずにいた自分はなんと愚かなことか。こんなにも一途に心を寄せてくれている人物が、こんなに身近にいたのに。そして、彼女はそれに疲弊し、今、僕のもとを離れようとしている。


 ジェサイアは耐え難い苦痛に襲われる。婚約したとしても彼女の気持ちが離れてしまっては意味がない。ジェサイアは初めて誰かに強く愛されたいと思い、それはルビーでなければ意味がない。


 そこでジェサイアはディスケンス公爵に提案した。


「療養を兼ねてレッドウィルリバーに行くように仕向けてもらえないだろうか? あそこには王宮の別荘があって、図書室も備えている。そこに呼び出し、ゆっくり話をしたい」


 それを聞いたディスケンス公爵は驚く。


「娘のために、そこまでしていただけるのですか?」


 そこまで? とんでもない、こんなことは今までのルビーの献身に比べれば大したことではない。


「ルビーはお前の娘というだけではない。彼女は王妃になるのだ、それはすなわちこの国の宝ということだ。そんな彼女にはなんでもしようと思う」


 ジェサイアはそう言うと、自分でも信じられないぐらいに、ルビーを溺愛していることを自覚した。ディスケンス公爵もそれを聞いて、信じられないと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。が、相好を崩すと言った。


「ありがとうございます。では早速その手配をいたします」


 ジェサイアは、レッドウィルリバーにいつでも行けるように、自身のスケジュールの調節をしながらディスケンス公爵の報告を待った。


 そして彼女がレッドウィルリバーに療養に行ったことを知ると、自身も馬車でその後を追った。


 王室図書室担当の司書に確認を取ると、ルビーは昼過ぎに散歩がてらやってくるとの話だったので、その時間帯に図書室へ向かう。


 図書室へ入ると、窓辺のソファでくつろぎながら本を読んでいるルビーが目に入った。窓から差し込む陽ざしに照らされた彼女の横顔はとても美しく、神々しくもあった。


 ジェサイアは、しばらくそんなルビーの横顔に見惚れた。ルビーはちょうど本を読み終わったらしく、立ち上がって本棚へと歩き出した。


 すると、ひらりと一枚の栞を落としていった。ジェサイアはその栞を拾いあげる。それは、四葉のクローバーを押し花にした栞だった。


 かなり古ぼけたその栞をルビーが使用していることに違和感を覚えたジェサイアは、しばらくその栞のクローバーを見つめた。そして気づく。


 これは昔僕がディスケンス公爵令嬢にあげたものではないか? 


 ジェサイアは幼少のころから王太子殿下として、月に一度令嬢たちと親睦を深めるために、お茶会を主催し参加しなければならなかった。


 憂鬱なそのお茶会で、ジェサイアは笑顔を顔に張り付け、つまらない令嬢たちの話を聞いているふりをして毎度、庭の四葉のクローバーを探すのが癖になっていた。


 見つけたクローバーは持っていてもしょうがないので、そのままにしてしまうことが多かった。


 ある日、大きさが手ごろでハート形のとても形の良いクローバーを発見し、思わず摘み取ってしまった。


 だが、摘み取ったものの、どうするか考えてもいなかった。なので、持て余したそれを、ちょうどそこに居合わせたルビーに渡したのだ。


 彼女は、こんなものすら大切にとっておいたのか。


 ジェサイアはルビーが自分が気まぐれで渡したものを、こんなにも大切に扱ってくれていることに感動した。


 ジェサイアがしばらくその栞を見つめていると、ルビーが何かを必死に探しながら歩いている姿が視界に入った。おそらくこの栞を探しているのに違いなかった。見ればルビーは、今にも泣きそうな顔をしている。


 返さなくては。


 そう思いルビーに近づく。


「どうして見つからないの?」


 ルビーはそう呟いている。


 こんなにも愛らしい女性だったのか! 


 ジェサイアは軽く衝撃を受けながら、下を向いて栞を探しているルビーにそっと栞を差し出した。ルビーは、それをつかむと、胸に抱きしめながら顔を上げる。


「大切なものなんです! ありがとうございます!!」


 そしてジェサイアの顔を見ると、困惑した表情になった。突然訪れたのだから、困惑するのも当然だろう。ジェサイアは、すぐにでも彼女の目の前に跪きプロポーズしたい衝動を抑えて微笑む。


「その栞、素敵だね」


 言った後後悔する。もっとまともなことを言えなかったのか、久々に会った彼女がまぶしすぎてなんとも間抜けなことを言ってしまった。


 そうしているうちにルビーは、先ほど栞を渡された時の可愛らしい笑顔から、いつものそつのない公爵令嬢の顔に戻ってしまった。


 そして、目を伏せると冷静に答える。


「お褒めいただき、ありがとうございます。王太子殿下がいらしているとは知らず、挨拶も遅れてしまい申し訳ありません」


 ジェサイアはなんとかルビーの気持ちを引き戻さねばと思い、彼女を見つめた。その時、ルビーが以前と違った雰囲気なのに気づいた。


 以前より質素になったようだった。療養に来ているのだから当然なのだろう。だが、質素ではあるものの、ルビーの素材や内から滲みでる気品でより輝いて見えた。


「君はここに療養に来たと聞いている。そんなに気を使わなくてもいいよ。それより、君が以前と見た目も雰囲気も違っているので、僕は驚いているよ」


 そう言うと、そんな美しい彼女をじっと見つめた。そんなジェサイアの態度にルビーが戸惑っているのがわかったが、気持ちを隠すことはできなかった。


 その時、背後から突然不愉快な声がした。


「ジェシー様、こちらにいらしたんですね!」


 振り向くとそこにギラギラした目のリアンが立っていた。


 なぜお前がここにいる?


 そう思っているとリアンはこちらに駆け寄り、無礼にもジェサイアの腕に抱きつくようにつかまった。その様子を見ていたルビーが慌てて言った。


「これは大変失礼しました。お二人でごゆっくりお過ごしください」


 そして素早く数歩下がると、その場から駆け出していった。ジェサイアはルビーの後を追いかけようとしたが、リアンが信じられないほどの馬鹿力でジェサイアの腕を押さえていたので、すぐには振りほどけなかった。


 そんなジェサイアにリアンはこう言った。


「ジェシー様? せっかく見つけたのですから、私にお付き合いくださいましね」


 正直、虫唾が走った。だが一つ不思議に思うことがあり質問する。


「パシュート公爵令嬢、君は誰の許可をもらってここに入ってきたんだ?」


 リアンは頬を赤く染め、うつむき加減に答える。


「どうしても、ジェシー様にお会いしたくて。私、お父様にお願いしましたの」


 パシュート公爵と国王は幼少のころから一緒に育ったので仲が良い。なので娘可愛さに、パシュート公爵が懇意にしている国王に掛け合い許可を得たのだろう。


 それにしても公爵も、まさか娘がこんな無礼な振る舞いをしているとは思いもよらないだろう。ジェサイアは自身の腕からゆっくりとリアンの腕を外す。


「君にジェシー様などと軽々しく呼ばれたくない。それに私がここに来た本来の目的を邪魔された。パシュート公爵には、君のこの無礼な振る舞いの件は伝えるとしよう」


 それだけ言うと、ルビーの後を追った。後ろでリアンが叫んだ。


「そんなのおかしいです! 私とジェシー様とのイベントのはずなのに」


 訳が分からなかった。それにそんなもの僕の知ったことではない。そう思いながら図書室を後にした。


 ジェサイアは慌てディスケンス家の別荘まで馬車を走らせた。だが、時すでに遅しだった。彼女は王都に戻ってしまったとディスケンス家の執事は言った。


 突然、ひどく傷ついた顔をして帰ってきたと思ったら、そのまま王都に帰ると言ったのだそうだ。


 ジェサイアはもう一刻の猶予もないことを悟った。ゆっくり二人で話をしてから婚約発表を、と悠長に構えていたがそれどころではない。


 それにこれ以上時間をかけていると、リアンが余計なことをしでかし、ジェサイアとルビーとの関係をこじらせかねないと思った。


 現にフランツからは、リアンが社交界で自分が婚約者に選ばれると吹聴して回っているとの報告もあった。


 ジェサイアは直ちに王都に戻ると国王に婚約発表をすることを報告した。フランツが根回ししてくれていたお陰で、特に反対もなく順調に準備は進んだ。そして、次の王族主催の舞踏会で発表することになった。


 後日、改めてディスケンス公爵を呼び出すと、ルビーへは当然その舞踏会は欠席はできないと伝えるように言った。


 ジェサイアはルビーのためにドレスや宝飾品を選んだ。女性のためにプレゼントを選ぶのは初めての経験だった。


 今まで、誰かにお礼の品を贈る時は必ず食べ物など後に残らないものを選ぶよう、側近に言いつけて送っていた。


 だが、自分の好きな女性にプレゼントを贈るというのはこんなにも楽しいものなのか、とジェサイアは改めて思う。


 プレゼントしたときに喜ぶルビーの顔を思い浮かべると、自然と自分が微笑んでいることに気が付いた。


 僕にもこんな感情があったのか。


 ジェサイアは自分の新しい一面に驚き、この感情を呼び起こしたルビーに感謝した。


 そうして婚約者相手の発表をする舞踏会当日を迎えた。ルビーとお揃いの衣装の袖に手を通すと、鏡の前で顔がほころぶ。


 ジェサイアが会場入りするのは一番最後だったので、準備の時間は十分にあった。


 フランツからはちゃんとルビーが会場入りしたとの報告を受けルビーのいる位置も把握すると、ジェサイアは会場入りした。


 周囲がこちらを興味深々で見ているのがわかった。当然だろう、婚約者発表をすると言ったのだから。


 形式的な挨拶をしながら真っ直ぐルビーの下へ行く。ルビーは壁に寄りかかり、うつむき暗い顔をしていた。


 すぐにでも駆け寄り慰めたいのをこらえると、ゆっくり近づいて行く。

 近づくと当然のことながら、ルビーはジェサイアが贈ったドレスを着ているのがわかった。


 ちゃんと着てくれたのだな……。


 ジェサイアはそれだけでも嬉しくなった。ルビーの前に立つと、ルビー見上げてこちらを不思議そうに見つめた。ジェサイアはそんなルビーに手を差し伸べ言った。


「一曲踊っていただけないでしょうか?」


 ルビーは唖然としていたが、気を取り直したようにジェサイアの手を取ると、フロアの中央に出た。


 ジェサイアはルビーに久々に対面する喜びを感じながら腰に手をまわし、グッと引き寄せる。


 そこには二度と離さないという意思が含まれていた。音楽が始まり、ステップを踏み始めるとルビーはジェサイアの耳元で囁いた。


「王太子殿下、揃いのドレスで申し訳ありません」


 ディスケンス公爵には本人に婚約の話をしないで欲しいと頼んでいたので、ドレスを準備したのはジェサイアであることは伝えなかったのだろう。


「なぜ謝る? そのドレスを贈ったのは僕なのに」


 自分の贈ったドレスに身を包んでいるその姿を見たとき、ジェサイアは彼女を自分の手中に入れたように感じ幸福感に包まれた。


 ルビーは自分がすっかり包囲されていることに気づいてもいなかった。ルビーが気づいたとして逃げ場はないのだが。


 そう思いながら、ジェサイアは、愛しいルビーの顔を久しぶりに間近で見ることのできる喜びを感じていた。


 美しい。


 その一言に尽きる。ジェサイアはうっとりとルビーを見つめた。ルビーは、ジェサイアのその眼差しと微笑みに顔を真っ赤にすると言った。


「で、王太子殿下はパシュート公爵令嬢と婚約なさるのでは?」


 ここでリアンの名前が出てくるということは、レッドウィルリバーでの出来事が尾を引いているのだろう。リアンとジェサイアの仲を勘違いしているならその誤解を解かなければと焦りを感じながら答える。


「まさか! なぜそう思ったんだい? とにかく君と僕はちゃんと話をしなければいけないね」


 そう言ってルビーの額にキスをした。


 感情がない、冷酷な王太子殿下と言われ続け、自分でもそう思っていたのに、自然とそんな行動ができたことにジェサイアは自分でも驚いていた。


 だが、ルビーは自分よりもその行動に驚いたようで、力が入らなくなりジェサイアにもたれかかった。


 そんなルビーの可愛らしさに、ジェサイアは何度目かの感動を覚えながらルビーを支えダンスを踊りきる。


 この時ジェサイアの気持ちの高ぶりは最高潮であった。そのまま、愛しいルビーを抱きかかえ、フロアの中央に立つと婚約発表の段取りも忘れ声高らかに発表した。


「皆はもう、気づいていると思うが、私の婚約者を発表しよう。ルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢だ」


 そしてルビーの手の甲にキスをする。ルビーは混乱しながら支離滅裂なことを呟いた。


「王太子殿下、違いますわ、婚約は発表を待って」


 それすらジェサイアは愛しいと感じながら見つめる。


「照れているの? そんな君が愛おしいよ」


 正直に自分の気持ちを伝え唇に軽くキスをする。顔を赤くしているルビーを見て、今日婚約発表をしてよかったと内心安堵する。沸きあがる会場の中に令嬢たちの悲鳴がまじる。だが会場は祝福ムードで溢れた。


 そこに突然、金切り声が響く。


「ジェシー様、酷いですわ! (わたくし)を選んでくれるのではないのですか?」


 その声の主はリアンだった。


 ジェシーと呼ぶなと警告したというのに、この令嬢は言葉を理解できないのか? しかも幸せな時間を邪魔するなど言語道断だ。


 そう思い、ジェサイアはリアンに猛烈な怒りを覚えた。リアンの態度には我慢の限界だった。



 だが、リアンにわからせるにはまたとない機会だと思い直し、この場で注意することにした。


「いつ誰が君を婚約者にすると言った? 私は立場上、婚約者候補の令嬢には平等に接していた。いい機会だから言うが、パシュート公爵令嬢、君は勝手に私の名前を愛称で呼び、勝手につきまとい、勝手に婚約者候補の筆頭であると噂を流した。こちらは大変迷惑だった。本来なら追放を言い渡すところだが、君の父親のパシュート公爵に免じてそれだけは許してやろう。だが、今後一切王室関係の行事への参加は禁止する」


 リアンはその場に座り込む。


「なんで? だって私、主人公なのに……」


 そう呟いたが、慌ててやってきたパシュート公爵に連れられて帰って行った。これで二度とリアンの姿を見ずに済むと思うとジェサイアはすがすがしい気分になった。


 なぜ自分を主人公などと思ってしまったのかはまったくもって謎だと思いながら、ジェサイアはルビーを逃がさないよう抱えたままで言った。


「少しテラスへ行って話をしようか」


 そして、周囲をぐるりと見て大きな声で言った。


「今日、この喜ばしい日を皆も楽しむがよい!」


 会場から拍手と歓声が上がる中、ジェサイアはそのままテラスへ出た。ルビーが顔のほてりを取っているのを見ながらジェサイアは話し始めた。


「実は少し前の舞踏会の時に、パシュート公爵令嬢とダンスを踊ったあと、並んで立っていた順に次に君にダンスを申し込もうとした。ところが君がいつもと違った様子でテラスへ向かうのを見て、追いかけたんだ」


 そう言うと、自分の心を大いに揺るがしたあの魂の叫びを思い出しながら言った。


「そうしたらテラスで君が泣きながら、僕を愛してると……」


 ルビーはその瞬間、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「いやーっっ!!」


 そして、ジェサイアの口を両手でふさいだ。なんと愛らしいことか、とジェサイアは自身の口をふさいだその手を取ると、ディスケンス公爵令嬢に説明を続ける。


「パーフェクトで、完璧だと思っていた君が涙していることにまず僕は驚いた。そしてあの愛の告白は魂の叫びだった。僕は今まで君の何を見ていたのだろう。そう反省した」


 そう言うと、ルビーが顔を伏せたのでその愛らしい手のひらにキスをした。そして話を続ける。


「その時に声をかけようとしたが、パシュート公爵令嬢とフォルトナム公爵令息と男爵令嬢もテラスへ出てきたので、声をかけるタイミングを逸してしまった」


 ルビーは不安そうに顔を上げ、ジェサイアを見つめる。


「では、あの後パシュート公爵令嬢が、その、フォルトナム公爵令息に抱きついたのは……」


 おそらくあの場面を見て僕が傷ついたとでも思ったのだろう。こちらに気を使っているのがうかがえた。ジェサイアはその優しさに心をうたれながら答える。


「見ていたよ。あの堅物フォルトナム公爵令息が、最近年下婚約者の男爵令嬢に夢中で首ったけだという話が社交界で噂されていたから、計算高いパシュート公爵令嬢は焦ったのだろうな」


 そう言うと苦笑し話を続ける。


「だが、パシュート公爵令嬢の目論みは見事に失敗に終わり、フォルトナム公爵令息はパシュート公爵令嬢を邪険に振り払うと、男爵令嬢を追いかけて行った」


 当然のことだ、聡いカールならリアンの計算高さにすぐ気づき、男爵令嬢を追うに決まっていた。だがそこは問題ではない。


「あの二人のことはどうでもいい。大変だったのはその後の僕たちのことだ。僕は君と話がしたくてしょうがなかったが何があったのか、君はなぜか引きこもってしまって話もできなかった。仕方なく君の父上のディスケンス公爵と相談して、レッドウィルリバーの図書室へ招待して、ゆっくり話ができる機会を作ってもらった」


 強引に婚約発表を行う前に、少しでも努力をしたことをルビーには知ってもらいたかった。


「あれはお父様が取り計らってくださったのではなくて?」


 ジェサイアはルビーをだましたような気になりながらも答える。


「取り計らったというか、君と二人きりでちゃんと話をするために君がレッドウィルリバーの図書室へ行くように、ディスケンス公爵と仕組んだんだ」


 それを聞いてルビーは驚いた様子を見せたが、気分を害する様子は見られなかった。ジェサイアはホッとした。だが、ルビーは表情を曇らせる。


「でもあの時、パシュート公爵令嬢が……」


 やはり、ジェサイアとリアンの仲を誤解したようだ。ジェサイアは今ここでしっかりその誤解を解かねばと思った。


「彼女には困ったよ、フォルトナム公爵令息に振られあとがないと悟ったのか、散々僕を追いかけまわしてね。パシュート公爵の力を使ってあの場に現れた」


 それを聞いたルビーはそこで納得した様子になった。自分を素直に信じてくれるルビーに対し、ジェサイアは愛しさがこみ上げるのを感じながら続ける。


「それでも僕にとって収穫はあったよ。まさか君が僕のあげたクローバーを押し花にして持っているとはね。本当に嬉しかった」


 そう言うと微笑み、あの時の感動を思い出した。そしてその後、すぐにルビーが王都に戻ってしまい、一刻の猶予もないことを悟り、ルビーが自分から離れていく辛さを思い出した。


「君が離れていこうとしているのを感じて、あんなにも胸がかきむしられる思いをしたのは初めてだった」


 ジェサイアはそう言って、その時の気持ちを素直にルビーへ伝えた。そして、ルビーの足を地面におろし、両手で彼女の頬を優しく包むとその美しい瞳の奥をじっと見つめる。


「君がいつも完璧なのも、何もかもが僕を思ってのことだとわかったのに、どうして君を愛さずにいられるものか」


 そう言うとルビーを思い切り抱き締めた。ルビーはポロポロと涙を流しながら、ジェサイアを抱きしめ返す。


「王太子殿下はパシュート公爵令嬢を愛しているのだと思っておりました。王太子殿下は(わたくし)にとって全てでしたので、それが辛かったのです」


 なんということだろう、彼女にそんなに辛い思いをさせていたとは。もっと早くに、強引に会ってでも気持ちを伝えるべきだったとジェサイアはひどく後悔した。


「そんな勘違いをさせるようなことをして申し訳なかった。月並みな言い方だが、君は僕に真実の愛を教えてくれた。愛している。君だけだ。本当だ。君しかいないよ。何度でも言うよ、心から愛している」


 そう言うと、恐る恐るルビーに訊いた。


「結婚してくれるね?」


 ジェサイアはルビーをじっと見つめ、返事を待つ。と、ルビーは目を潤ませジェサイアを見つめ返して答える。


「はい」


 その返事にジェサイアは信じられないほどの幸福感に包まれた。テラスから彼女は僕のものだと国中に宣言したい気分だった。


 そしてルビーを見つめると、情熱に身を任せ彼女に深いキスをした。甘美な感触が全身を包む。


「君に永遠の愛を誓おう」






 その後、国を挙げて二人の結婚式が盛大に執り行われた。王族の結婚では珍しく恋愛結婚であり、国民に祝福される要因となった。また結婚してからの熱愛ぶりは隣国でまで噂されるほどであった。


 こうしてジェサイアの物語は幕を閉じた。





誤字脱字報告ありがとうございます。


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