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ルビーside

文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。

 ルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢は昔から、なぜかすべてのことに違和感を感じていた。


 何かが違う。


 そう思いつつも、具体的にそれがなんなのかわからないまま日々過ごしてきた。だがついに、その原因を知る日がやってきた。


 その日は王室主催の舞踏会だった。ジェサイア・フォン・クレケンス・サイデューム王太子殿下の婚約者候補だったルビーは、ジェサイアにアピールするまたとない機会として今日の舞踏会を心待ちにしていた。


 婚約者候補であるルビーにジェサイアはとても優しかった。が、それは他にいる数名の婚約者候補たちにも同じだった。


 ルビーは幼少の頃にジェサイアと顔合わせしてからというもの、ジェサイアの優しさや紳士な振る舞い、そして麗しい微笑みのその全てに魅了された。


 それからというもの、日々自己研鑽に励んだ。ジェサイアの婚約者に選ばれるならなんでも努力は惜しまない。そう思っていたので人一倍努力をしたのである。


 そして、ついたあだ名はミス・パーフェクト。


 こうして血の滲むような努力を怠らず、すべてを完璧にこなし、ジェサイアが好きな花だと聞けばその花をメインに庭を作り招待したり、好きな宝石と聞けば鉱山から一番良い石を買い取り加工しプレゼントしたりと気配りも忘れなかった。


 そんなルビーに対して、ジェサイアは明らかに社交辞令なお礼しかしなかった。だが、それは誰に対しても同じ態度だったので、ルビーは気にしてはいなかった。

 そんな状況なので、今のところジェサイアが誰と婚約するかは全くわからない状況だった。


 今日こそは王太子殿下に振り向いてもらいたい。だから絶対に失敗が許されない。しっかりここでアピールして差をつけなければ!


 ルビーは意気込んでいた。



 会場に到着し、声をかけてくる貴族たちと挨拶を交わすとダンスのお誘いは全て断り、ジェサイアからダンスのお誘いがくるのを待った。


 王太子殿下は今日は誰と一番最初に踊るのだろうか? でもきっと(わたくし)を選んでくれるに違いないけれど。


 そう思っていた。なぜならすべてを完璧にこなしているルビーは、自分が最初に選ばれるという自信があったからだ。


 そうして待っていると、ホールにジェサイアが現れた。期待に胸を踊らせながらも、それを隠して澄まし顔でその時を待つ。


 ところがこちらに向かって歩いてきたジェサイアは、ルビーの面前を通り過ぎると一番端にいたリアン・ディ・パシュート公爵令嬢の手を取りダンスに誘ったのだ。


 まさか、そんな……。


 心の中で呟き、自問する。


 何がいけなかったの? いや、だけど、まだパシュート公爵令嬢が婚約者に選ばれた訳ではないのだから、落ち着かなくては! 


 心を落ち着かせながら、仲睦まじくダンスを踊っている二人を見つめる。と、その時既視感を覚える。


 この光景を、(わたくし)は知っている。見たことがある。でもどこで?


 突然、急な目眩に襲われたルビーは、フラフラとテラスに出た。襲いくる目眩と吐き気の中、ルビーは全てを思い出した。


 この世界が前世で人気だった乙女ゲームの世界だということを。


 その乙女ゲームは人気が出た短編ライトノベルをゲーム化したもので、主人公のリアンがそれぞれの男性キャラクターを狙うライバルで悪役令嬢ポジションの令嬢たちと競い合い、悪役令嬢をざまぁして、お目当てのキャラクターと結ばれるというストーリーだった。


 主人公であるリアンの通常ストーリーは、幼なじみであるカール・ディ・フォルトナム公爵令息とジェサイアの二人の間を揺れ動き、落とした方の相手の悪役令嬢でありライバルである令嬢は“ざまぁ”され退場する。といった展開だったはずだったのを思い出す。


 ルビーは前世でゲームが苦手だったので、妹がやっているのをいつも横から見るのが好きだった。そしてこのゲームを遊んでいる妹に言ったことがある。


「二股なんて良くないから最初からジェサイアとくっつけば良いのに」


 すると妹は笑って答えた。


「ねぇちゃん真面目すぎ。大体カールも同時に落とさないとちゃんとしたジェサイアのエンディングが見れないんだよ? そういうゲームなの」


 そう言われ、そんなものなのか。と思ったものだった。


 全てを思い出したルビーは、リアンがこの世界の主人公なのだとしたら、今までの努力は全て無駄だったのだと気づいた。


 ルビーは悔しくて仕方がなかった。そして誰もいないテラスへ行くと思い切り泣き崩れた。


 ジェサイアのことは諦めなければならない。ジェサイアはきっとリアンを愛するようになるだろう。


 そう思ったが、そうだとしてもルビーはジェサイアを愛していると思った。


「殿下、殿下お慕いしています。愛してます。愛しているのです」


 と、その場でやり場のない気持ちを誰にともなく叫び、咽び泣いた。


 そうして、泣いていると背後から人がやってくる気配があり、慌てて影に隠れる。こんな泣きじゃくった姿を誰かに見られるわけにはいかなかった。


 暗闇の中、目を凝らすとそこにはリアンがいた。ルビーは月明かりに照らされたリアンの横顔を見つめながら思う。


 リアンは主人公らしく可憐でフワフワした感じの、いかにも守ってあげたくなるような線の細い女性だ。それに比べて(わたくし)はどうだろう? 何でも完璧にこなして、一人でも生きていけそうな逞しさで可愛くもなんともない。


 そんな劣等感を感じ、ジェサイアが彼女を選ぶのも当然かもしれないと打ちひしがれた。そこへ、また人がやってきた。カールだった。


 これはイベントに違いない。


 そう思いながら見ていると、カールに抱きつくリアン。二人は何か言葉を交わしたあとカールはリアンを振り払い、走ってその場を去っていった。


 カールが立ち去ったあとも、その場でしばらく呆然と佇んでいたリアンは、程なくしてホールへ戻って行った。


 カールとリアンの様子を見ていて、ルビーはリアンがジェサイアのルートなのではないかと思った。


 そして気分が落ち込んだ。なぜならリアンがジェサイアのルートを選んだ時のライバルであり、“ざまぁ”されるのはルビーに他ならないからだ。


 今、会場に戻ればジェサイアとリアンの二人が、お互いを情熱的に見つめ合う。そんな姿を目にしなければならないかもしれなかった。


 そんな二人をみたらゲームのストーリー通り自分は嫉妬に狂い、醜くもリアンをいじめ抜く悪役令嬢となってしまうかもしれなかった。

 そして、そのまましつこくジェサイアに言い寄り、拒絶された挙げ句にジェサイアの婚約者発表の日に無様に皆の前で“ざまぁ”されてしまうのだろう。


 それだけは避けなければならない。王太子殿下のことはきれいさっぱり忘れなくては!


 ルビーはそう決心した。今日はまだジェサイアとダンスを踊っていないので、このまま帰るのは失礼にあたるかもしれなかったが、このまま会場に戻り、嫉妬にかられた挙げ句に“ざまぁ”される未来を思えば、そんなことは些細なことだ。


 それに今更ジェサイアとダンスをしたとしても焼け石に水で、ジェサイアが振り向くこともないだろう。もう未来は変えられないのだ。


 ルビーはすぐにでもここから離れようと会場を後にすることにした。帰りの馬車の中で泣くのは今日で最後にしよう。そう心に決め誰に憚ることもなく思い切り泣いた。


 そうして屋敷へ戻ると、ボロボロになったルビーを見て何か察するものがあったのか、使用人や両親も何も言わずにそっとしておいてくれた。


 その後は数日、何もする気になれず部屋に引きこもり、ジェサイアが出席しそうな式典やお茶会は全て断った。


 元々勝ち気な性格で、人に弱みを見せないルビーが突然無気力になり、ぼんやりと過ごしているのを見て心配した父親が部屋にやってくると言った。


「新緑の時期で、レッドウィルリバーは療養に最適のようだ。お前は頑張り過ぎたのだから、たまにはゆっくりしてはどうかな?」


 ルビーは気晴らしになるならとそれを了承する。なんと言ってもあの二人から離れ、噂話すら聞こえない遠くへ行きたかった。


 レッドウィルリバーに行く前に、心機一転、髪型も見事だった縦巻きロールをやめ、目立つための濃い化粧もやめた。

 ジェサイアに気に入られるために着ていた華美なドレスも払い下げ、シンプルなドレスを数着だけ残した。そして荷物をまとめるとその少なさに自分でも驚いた。


 ドレスや化粧道具だけではない、以前ならお稽古などの自己研鑚に励むため、ルビーの荷物はもっとおびただしい量になっただろう。

 全てを諦めるとこんなにも身軽になるものなのかと、今までどれだけ色々なことに縛られて生きてきたかをルビーは実感した。


 だが、今残っている数少ない持ち物の中でも、唯一ジェサイアとの想い出の品であり、どうしても手放せない物があった。

 それは幼い頃にジェサイアがくれた四葉のクローバーを押し花にして、栞にしたものだった。


 ジェサイアはこちらがプレゼントすれば、何でも喜んで受け取ったが、公平を期すためと言う名目で誰にもプレゼントをすることがなかった。


 そんな中、たまたまお茶会でジェサイアが見つけたクローバーを『捨てるのは勿体無いから』と言う理由で横に座っていたルビーにくれたことがあったのだ。


 今はまだ見ると辛いが、いつかは想い出の品として眺めることができるだろうか?


 そう思いながらルビーはそれを大切に本に挟んだ。


 数日馬車に揺られ、レッドウィルリバーに到着すると、王都とは違った景色や空気に癒される気がした。


 本を読むルビーのために、父親がレッドウィルリバーにある、王室専用の図書室を開放してくれるように取り計らってくれた。


 王室と聞くとジェサイアを思い出し、少し気後れしたがこんなところにジェサイアが来るはずはない。それに少しずつでも、王室関係のことに傷つかないように慣れなければならない。そう思い散歩がてら行くことにした。


 王室図書室ということもあり、ルビーが今までに読んだことのない本を大量に保有していた。

 本を読むことしかすることがないルビーは、毎日のように図書室へ通っては本を読んで過ごした。


 ある日、読み終わった本を本棚へ戻そうとして、最後のページに挟んでいた栞を取り出そうと本を開くと、そこに挟んでいたはずの栞がなくなっているのに気づいた。

 本を読む前はあったのを覚えているので、図書室のどこかに落としたのに違いなかった。


 殿下との大切な想い出の栞ですのに……。


 ルビーは本棚と椅子の間を行ったり来たり何度も往復して探すが栞は見つからなかった。このまま栞をなくしてしまったら、ジェサイアとの最後の縁が切れてしまうような、ジェサイアに拒絶されているかのようなそんな気持ちになり、不安で胸が締め付けられた。


「どうして見つからないの?」


 呟きながら泣きそうになったとき、下を向いているルビーの視界に誰かからその栞が差し出された。ルビーは慌ててそれをつかむと、胸に抱きしめながら顔を上げた。


「大切なものなのです! ありがとうございます!!」


 すると、そこにジェサイアが立っていた。


 なぜここに王太子殿下が? 


 困惑しながらも、クローバーを大切にとっておいたことがジェサイアに知られてしまったと、恥ずかしくなった。


 ジェサイアは微笑みながら言った。


「その栞、素敵だね」


 クローバーのことについての言及はなく、気づいていない、と言うよりそもそもジェサイアがそんなことを覚えているわけがないのだとルビーはがっかりした。


 ルビーは目を伏せ努めて冷静に答える。


「お褒めいただき、ありがとうございます。王太子殿下がいらしているとは知らず、挨拶も遅れてしまい申し訳ありません」


 ジェサイアは微笑んだ。


「君はここに療養に来たと聞いている。そんなに気を使わなくてもいいよ。それより、君が以前と見た目も雰囲気も違っているので、僕は驚いている」


 そう言うと、ルビーをじっと見つめた。そんないつもと様子が違うジェサイアにルビーが戸惑っていると、ジェサイアの後ろから声がした。


「ジェシー様、こちらにいらしたんですね!」


 見るとリアンが立っていた。ジェシー様とはジェサイアの愛称である。

 ゲームが進み、ジェサイアとの親密度が上がるとその名で呼べるようになるのだ。


 リアンはこちらに駆け寄ると、ジェサイアの腕に抱きつくようにつかまった。そしてジェサイアに見えないように、ルビーに哀れむような視線を送った。


 ルビーは慌てて頭を下げる。


「これは大変失礼しました。お二人でごゆっくりお過ごしください」


 そうして素早く数歩後ろへ下がると、その場から駆け出した。後方からはリアンの甘ったるい声が聞こえた。


「ジェシー様? せっかく見つけたのですから、(わたくし)にお付き合いくださいましね」


 聞きたくない。そう思いながらも疑問に思う。


 あの二人がなぜここに? 


 ルビーは二人の声が届かない場所へ逃れようと必死に走った。せっかくここまで逃れて二人のことを少しずつでも忘れるように努力していたのに、今は先程の二人の姿が脳裏に焼きついてはなれない。


 しかもリアンはジェサイアをジェシー様と呼んでいた。胸の奥がギュッとする。


 なぜ今なの? なぜここでなの?


 泣かないと決めていたのに、自然に涙が溢れる。屋敷に戻るとすぐに執事に言った。


「王都に戻ります! 今、すぐに!!」


 有無を言わさぬルビーの様子に、驚いた執事は一瞬戸惑うもすぐに冷静になると答える。


「かしこまりました」


 そうして、他の使用人へ準備の指示を出し始めた。ルビーは荷物は後でもかまわなかった。


(わたくし)は今すぐに発ちます。馬車を用意して!」


 そう言って急いで馬車を用意させると、すぐにレッドウィルリバーを発った。ルビーは一瞬たりともここにはいられないと思ったからだ。


 馬車に揺られながら、この先、あとどれぐらいあの二人に苦しめられるのだろう。自分はそれに耐えられるのだろうか? いや、耐えられないだろう。それならば、王都に戻ったらすぐにでもどこか遠くへ嫁いでしまわなければと思った。


 王都に戻ると、父親はとても驚いた顔をした。


「なぜ戻ってきた?」


 そう言って、ため息をつくと呟く。


「失敗したのだな」


 ルビーは、せっかく父親が気晴らしにとレッドウィルリバーへ行くように手配してくれたのに、とその気持ちを裏切ってしまったようで悲しかった。


「お父様、ごめんなさい。急に王都に帰りたくなってしまったのです」


 そう言うと、父親は優しくルビーの頭を撫でた。


「大丈夫、お前はなにも気にしなくてよい。心配はいらないんだよ」


 そこでルビーは伝える。


「お父様、(わたくし)の嫁ぎ先を決めてください。(わたくし)はお父様の決めてくださった相手なら幸せになれると信じております。では宜しくお願い致します」


 それを聞くと、ディスケンス公爵は悲しい顔をして頷いた。


「わかっている。大丈夫だ」


 それを見てルビーも頷くと自室へ戻った。


 それからはまたしばらくは引きこもりの日々が続いた。たまに母親が心配して声をかけにきてくれることがあった。


「ルビー、新しいドレスでも作りに行きましょう」


 だが、全くと言っていいほどそんな気分にはなれず、申し訳ないと思いながら答える。


「お母様、ありがとうございます。もう少し時間をください」


 そう答えると、母親は悲しそうに微笑みそれ以上はなにも言わなかった。




 ある日、父親が舞踏会の招待状を手にルビーに言った。


「ルビー、この舞踏会だけは王室の命令で出席せねばならない。おそらく王太子殿下の婚約発表があるのだろう」


 それを聞いてルビーは思う。


 運命は残酷だ。どうやって避けようが、抗おうが、(わたくし)はゲーム通り“ざまぁ”されてしまう運命なのだ。運良く“ざまぁ”されなくとも、幸せなジェサイアとリアンを見せつけられるのに変わりはないのだから“ざまぁ”されるのと差異はないかもしれないが。


 ルビーは絶望しながらその招待状を見つめた。父親は続けて言った。


「それと、その舞踏会でお前の婚約相手を紹介することになっている。だから相手の顔に泥を塗らぬように必ず出席しなさい」


 ルビーは覚悟を決めた。


 舞踏会の当日、以前のルビーならドレスからアクセサリー、小物に至るまで厳しくチェックし、念入りにデザイナーと相談して決めただろう。

 だが、今は当然そんな気力もなく全て両親が準備したものを黙って身に着けた。


 父親にエスコートされ会場入りし、挨拶回りがすむと目立たぬよう壁際に立って下を向いていた。


 いつまでこの苦行を強いられるのだろうか? 今下を向いているこの瞬間も、ジェサイアとリアンがダンスフロアの主役になっているに違いなかった。


 もう二人と(わたくし)は関係ない。(わたくし)は今日から王太子殿下ではなく、違う男性を愛していかなければならないのだから。


 そう自分に言い聞かせていると、周囲がざわついていることに気づいた。


 そこで何事だろうとルビーは顔を上げた。すると会場の人々が道を開け、ジェサイアがルビーに向かってまっすぐ歩いてくる姿が見えた。

 何が起きようとしているのかわからず、ルビーはジェサイアを見つめる。


 ジェサイアはそのまま真っ直ぐルビーの元へやって来ると、目の前で立ち止まり手を差し伸べた。


「一曲踊っていただけないでしょうか?」


 ルビーは驚き、戸惑いながらも自分とジェサイアが揃いの淡い紫色のドレスを着ていることに気づいた。


 どうしてこんなことに? 


 ジェサイアはそうして唖然として混乱し戸惑うルビーの手を取り、強引にフロアの中央まで歩き始めた。そして、立ち止まるとグイっとルビーの腰を引き寄せる。


 音楽が始まり、ステップに合わせダンスを踊りながら我に返ったルビーは、ジェサイアの耳元で囁く。


「王太子殿下、揃いのドレスで申し訳ありません」


 するとジェサイアは微笑む。


「なぜ謝る? そのドレスを贈ったのは僕なのに」


 驚いてジェサイアの顔を見ると、ジェサイアの熱のこもった視線とぶつかる。ルビーは一瞬で顔が赤くなるのを感じながら言った。


「で、王太子殿下はパシュート公爵令嬢と婚約なさるのでは?」


 ジェサイアは驚いた顔をした。


「まさか! なぜそう思ったんだ? とにかく君と僕はちゃんと話をしなければいけないね」


 そして、ルビーの額にキスをした。あまりの恥ずかしさに、力が入らなくなってしまった。そんなルビーをジェサイアは余裕で支えダンスを踊りきった。


 その後、ジェサイアはルビーを抱きかかえフロアの中央に立つと笑顔で発表した。


「皆はもう気づいていると思うが、私の婚約者を発表しよう。ルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢だ」


 そう言うと、ルビーの手の甲にキスをした。ルビーは叫び声が出そうになりながら、それを我慢しジェサイアに呟く。


「王太子殿下、違いますわ、婚約は発表を待って」


 ジェサイアは混乱し恥ずかしがっているルビーを愛おしそうに見つめる。


「照れているの? そんな君が愛おしいよ」


 唇に軽くキスをする。湧きあがる会場の中に令嬢たちの悲鳴がまじる。だが会場は祝福ムードで溢れた。


 そこに突然、金切り声が響いた。リアンだった。リアンは一歩前に出ると叫ぶ。


「ジェシー様、酷いですわ! 私を選んでくれるのではないのですか?」


 ジェサイアは無表情になるとリアンを見つめる。


「いつ誰が君を婚約者にすると言った? 僕は立場上、婚約者候補の令嬢には平等に接していた。いい機会だから言うが、パシュート公爵令嬢、君は勝手に僕の名前を愛称で呼び、勝手につきまとい、勝手に婚約者候補の筆頭であると噂を流した。こちらは大変迷惑だった。本来なら追放を言い渡すところだが、君の父親のパシュート公爵に免じてそれだけは許してやろう。だが、今後一切王室関係の行事への参加は禁止する」


 そう言い放った。リアンは膝から崩れその場に座り込むと呟く。


「なんで? だって私、主人公なのに……」


 しばらくすると、ホールのどこかから駆けつけた父親のパシュート公爵に連れられて帰って行った。ジェサイアはルビーを抱えたまま優しく囁く。


「少しテラスへ行って話をしようか」


 そして、周囲に向かって言った。


「今日、この喜ばしい日を皆も楽しんでくれ」


 会場から拍手と歓声が上がる中、ルビーはジェサイアに抱きかかえられたままテラスへ出た。


 ジェサイアに支えられたまま、ルビーは外の風で赤くなった顔を冷ましているとジェサイアは話し始める。


「実は少し前の舞踏会の時に、パシュート公爵令嬢とダンスを踊ったあと、並んで立っていた順に次に君にダンスを申し込もうとした。ところが君がいつもと違った様子でテラスへ向かうの見て、追いかけたんだ」


 そう言ったあと、ジェサイアは照れ笑いをした。


「そうしたら、テラスで君が泣きながら、僕を愛してると……」


 そこまで王太子殿下が言った瞬間にルビーは叫ぶ。


「いやーっっ!!」


 そして、慌ててジェサイアの口を塞いだ。ジェサイアは嬉しそうに自身の口にあてられたルビーの手をつかむ。


「パーフェクトで、完璧だと思っていた君が涙していることにまず僕は驚いた。そしてあの愛の告白は魂の叫びだった。僕は今まで君の何を見ていたのだろう? そう反省した」


 ルビーは恥ずかしさのあまり顔を伏せた。ジェサイアはそんなルビーを見て微笑み、ルビーの手にキスをすると話を続ける。


「その時に声をかけようとしたが、パシュート公爵令嬢とフォルトナム公爵令息と男爵令嬢もテラスへ出てきたので、声をかけるタイミングを逸してしまった」


 ルビーはジェサイアに訊いた。


「では、あの後パシュート公爵令嬢が、その、フォルトナム公爵令息に抱きついたのは……」


 そう訊くと、ジェサイアは頷く。


「見ていたよ。あの堅物フォルトナム公爵令息が、最近年下婚約者の男爵令嬢に夢中で首ったけだという話が社交界で噂されていたから、計算高いパシュート公爵令嬢は焦ったのだろうな」


 そして苦笑した。


「だが、パシュート公爵令嬢の目論みは見事に失敗に終わり、フォルトナム公爵令息はパシュート公爵令嬢を邪険に振り払うと、男爵令嬢を追いかけて行った」


 あのときルビーからは男爵令嬢も見えず、カールとリアンがどんな会話をしているのかもわからなかったが、そんなことがあったのかと愕然とした。そのままジェサイアは続ける。


「あの二人のことはどうでもいい。大変だったのはその後の僕たちのことだ。僕は君と話がしたくてしょうがなかったが何があったのか、君はなぜか引きこもってしまって話もできなかった。仕方なく君の父上のディスケンス公爵と相談して、レッドウィルリバーの図書室へ招待して、ゆっくり話ができる機会を作ってもらった」


 ルビーは驚く。


「あれはお父様が取り計らってくださったのではなくて?」


 ジェサイアは困ったように笑った。


「取り計らったというか、君と二人きりでちゃんと話をするために君がレッドウィルリバーの図書室へ行くように、ディスケンス公爵と仕組んだんだ」


 ルビーは驚きつつも疑問を口にした。


「でもあの時、パシュート公爵令嬢が……」


 そう言うと、ジェサイアは苦い顔をした。


「彼女には困ったよ、フォルトナム公爵令息に振られあとがないと悟ったのか、散々僕を追いかけまわしてね。父親の力を使ってあの場に現れた」


 ルビーは納得して頷いているのを見ると、ジェサイアは続けて言った。


「それでも僕にとって収穫はあったよ。まさか君が僕のあげたクローバーを押し花にして持っているとはね。本当に嬉しかった」


 そう言って微笑み、そして辛そうな顔をする。


「君が離れていこうとしているのを感じて、あんなにも胸がかきむしられるような思いをしたのは初めてだった」


 そして、ルビーの足を地面におろし、両手でルビーの頬を包むと瞳の奥をじっと見つめた。


「君がいつも完璧なのも、何もかもが僕を思ってのことだとわかったのに、どうして君を愛さずにいられるものか」


 そう言うと、思い切りルビーを抱き締めた。ルビーはボロボロと涙を流しながら、ジェサイアを抱き締め返す。


「王太子殿下はパシュート公爵令嬢を愛しているのだと思っておりました。王太子殿下は(わたくし)にとって全てでしたので、それが辛かったのです」


 ジェサイアはルビーの顔を覗き込み、ルビーの涙を拭った。


「そんな勘違いをさせるようなことをして申し訳なかった。月並みな言い方だが、君は僕に真実の愛を教えてくれた。愛している。君だけだ。本当だ。君しかいないよ。何度でも言うよ、心から愛している」


 そう言うと、もう一度ルビーの瞳を覗き込む。


「結婚してくれるね?」


 ルビーは目を潤ませ王太子殿下を見つめ返す。


「はい」


 ジェサイアはルビーに深くキスをする。そして、言った。


「君に永遠の愛を誓おう」


 その後、国を挙げて二人の結婚式が盛大に執り行われた。王族の結婚では珍しく恋愛結婚であり、国民に祝福される要因となった。また結婚してからの熱愛ぶりは隣国でまで噂されるほどであった。


 リアンはその後どこかの侯爵家へ嫁ぎ、社交界に出てくることは一切なかった。


 こうしてルビーの物語は幕を閉じた。

誤字脱字報告ありがとうございます。


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