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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バースデー入学 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、やっぱり進路的にはあの大学かなあ……。

 ああ、こーちゃん、お疲れ。もうあがりなんだ?

 僕はもうそろそろ進路を決めようってところ。具体的には指定校推薦かそうじゃないかの話。

 高校に通っているうちに、海洋科学に興味が湧いてきちゃってさ。大学でも海洋学を学ぼうと思っているんだ。

 

 しっかし、もう大学生とか実感が全然わかないよ。

 ちょっと前に高校に入学して、ようやく高校生の自覚が出てくるかと思いきや、大学生への道に足を乗せてる。なんか片っ端からはしご外される感覚さ。

 誕生日も同じさ。一日前と今日で、いったい何が変わるっていうんだ。

 背がぐんと伸びるわけでもなく、筋力がぼぼんとつくわけでもなく。ありえる急激な変化はケガして傷をこさえるくらいじゃない?

 ところが、時にはきっちり変化に備えないといけないケースもあるらしい。

 僕の兄さんが体験した話なんだけど、聞いてみない?

 


 兄さんの学生時代はアニメや特撮主人公のモノマネが流行っていたとか。

 教室に行けば男子たちはヒーローのポーズを決めて見得をきり、必殺技を真似ておでぶな子をぼこぼこにする。

 いまでこそ、危ないからマネするなと注意をされるけど、当時はどこ吹く風。むしろ暴れるのが元気な証とされ、生傷は男の勲章だ。泣いたら男らしくなく、いじめられたら軟弱者のレッテルを張られる。

 そりゃもう弱みなんて見せられず、背中で泣くのが美学なわけよ。


 そんなクラスの男子の中で、ひときわ目立つヤツがいた。

 クラスで唯一、その場でとんぼを切ることができる身軽なそいつは、体術系の必殺技をしばしば実演してみせる。

 得意技はドロップキックと、ヘッドシザーズ・ホイップ系各種という飛び技の王者。さすがに後者は危険度が高いので、相手を選んでやったみたいだけど。


 そんな彼の見得は、アニメのキャラが犯人を指さすかのような姿勢を正した、前方への腕伸ばし。そこからラジオ体操に似た、胸をそらせ腕を広げてチャージしたのち、助走からの技を放っていたらしい。

 この手のポーズは受け手へ準備を促す役目も兼ねている。いわば相手に覚悟をさせるためにも、堂々とやることが推奨されていた。ヘボがやる分には失笑ものだが、上手がやると不思議と絵になるものだ。


 兄さんはプロレスもどきメンツの中では、運動神経のいい方。

 以前はお得意の関節技をビシバシ決めていたものの、危うく相手の肩をはずすかどうかのところまでいってしまい、それからは自粛してほとんど受け手に回っていた。

 それでも、あまりにみっともない技を仕掛けてくる手合いには、抗議の意味で逆水平チョップを浴びせることはしたそうだけど。

 そんな兄さんにとって、ヤツは指折りの技の名手。兄さん自身もホイップを仕掛けられる、限られた受け手のひとりになっていた。

 もはや教室のごとき限られたスペースではかえって危ないと、二人のプロレスは運動場の片隅で行われる。

 砂利に凹凸がはびこり、マットの用意のない運動場だって危険度はとても高い。兄さんが受け身になれていなければ、とうてい実現しえないステージだ。

 

 ようやく秋の涼しげな空気が吹きすさぶころ。兄さんとヤツはまたグラウンドへ出ていた。開発したホイップの新必殺技を試したいという。

 双方、距離をとって深呼吸。ほどなく、ヤツがびしっとこちらを指さすポーズをしてくるのを見て、兄さんは身構える。

 けれど続く、腕を広げて胸を張るポーズを見つめながらも、兄さんは不審感を覚えたらしい。

 

 妙に長い。これまでは腕を広げてから動作に移るまで、待たされるのは5秒くらいがせいぜいだったはず。

 それが今回は、10数えても動き出さない。ヤツはというと腕を広げたままで、目を閉じながら静かに肩を上下させるばかり。

 精神統一かな、と思いつつも兄さんは構えを解かない。

 ヤツがこのようなことをするのは初めてのことで、よっぽど凝った技を出すのかと、注意深く動作を見守っていたんだ。


 そのおかげか、気づくことができた。

 いまなおヤツが繰り返す深い呼吸。その息を吸うときに、ほんのわずかだけど顔の先で光るものがよぎるんだ。

 夕陽を照り返す海のきらめきに似ていた。それが人の顔と対するに応じた細かさになって、ヤツが息を吸うに合わせて、鼻へ口へ飛び込んでいく。


 同時に吸い込んだ身体にも、変化が見える。

 ヤツは上下に水色のジャージを身に着けているも、その張った胸が、息とともに盛り上がる。

 空気を吸い込んだための、一時的なものじゃない。だったら吐き出すときに、また元へと張りがしぼんでいくだろう。

 それがない。一回ごとにほんのわずかではあるものの、ヤツの身体の張りは増していくばかり。それも上半身ばかりでなく、下半身まで。

 ついにはジャージの下からも分かる盛り上がりを、筋肉が見せる。

 本来、ビルダーが長い時間をかけ、ようやく築けるだろうバルクが、わずか数秒でヤツの身体にくみ上げられていく……!


「逃げて」


 思わず後ずさり仕掛けた兄さんは、彼がもらすその一言に「え?」とつい足を止めてしまったらしい。


 その自身の言葉に反して。

 腕を下ろした彼は、一気にこちらへ走ってきたんだ。


 ――速い!


 兄さんの想定の3割増しはある。

 筋肉を積んだ巨体が遅いとは限らない。むしろ筋肉をバネとし、十全に身体へ乗せることができたなら、すべてが痩身のそれを凌駕する。

 逃げかけていた兄さんの首を、飛び上がったヤツの両足があやまたず捉える。

 いつもと違う足触りが、兄さんの顔から首にかけてを包みこむ。それはきついゴムを思わせる強さ、しなやかさを帯びていた。

 

 その足に挟まれるまま、兄さんの足も真っすぐ地面を離れる。ヤツはそのままのけぞり、バク転するかのような体勢へ。


 ――ウラカン・ラナ? いや、フランケンシュタイナーか? くっそ、まじであぶねえ技を……!


 どうにか危ないところから落ちないよう、すぐさま角度を思案する兄さん。


 だが、どちらでもなかった。

 ヤツが完全に倒立。兄さんがそれに対し垂直な姿勢になったところで。

 不意に首のおさえが消える。同時に、兄さんの身体は前方へ放り出されたんだ。

 丸め込みでも、叩きつけでもない。ヤツは両足の勢いでもって、弾丸のように兄さんの身体を飛ばしたんだ。


 砲弾、の表現がふさわしい。

 兄さんの身体は足を離れて、真っすぐに跳んだ。

 その勢いたるや、顔に触れる空気を痛さ混じる風かと思うほど。ジェットコースターに乗った時のように、あっという間に背中へ飛んでいく周りの景色に、兄さんは鳥肌が立ったとか。

 兄さんの身体が向かうは、車の通用口にも使われている、学校の西門。そこまでの距離はたっぷり20メートル近くあったはず。

 それがみるみる大きさを増し、また重力はなかなか兄さんの身体を引き寄せてくれない。空気の抵抗も痛いばかりで、この身体を止めるにはまだ足りてない。

 いまは閉じ切っている、鉄製のスライド式門扉。そこを越せば狭い歩道をまたいでのバス通りが待っていた。昼間のこの時間、車通りはなお盛んだ。


 死ぬ、と兄さんは直感した。

 いまの高度はぎりぎり門を越える。もしそれを許したりしたら、車道へ放り出されて確実に死ぬ。

 ブレーキをかけるために、自分ができること。それは頭を下げること。

 自ら頭を下げ、その重さと引力に任せ、高度を下げるんだ。

 生半可な下げ方じゃダメだ。門を越えなかったとしても、この勢いで頭から門扉の格子に直撃すれば、やはり死ぬ。だったら……!


 兄さんは思い切り、頭を下げつつ下を見る。

 みるみる迫るは運動場の土。当然、そのままなら頭へのケガは免れない。

 両腕を伸ばす。ひと足早く地についた腕に、びきりと痛みが走るも、わずかに勢いは削がれた。そのまま腕をばねにして、身体へわずかにブレーキをかけた。

 必要以上に止めては駄目だ。勢いの負荷を受け止めきったら、腕が死ぬ。

 最低限の制止にとどめ、兄さんは勢いを受け流すまま前方へ跳ねとんだ。


 ハンドスプリング。

 マット運動で披露するより、ずっと速く、目まぐるしく回る視界。そして、まともな着地さえ許されなかったんだ。

 その日一番、門扉は長く叫び、長く震えた。

 兄さんの首から尻にかけての背骨が、その打楽器のバチ。ずるりと垂れ下がる、ひっくり返った視界こそが、命を拾ったことを教えてくれたんだ。



 奇跡的に病院送りは逃れるも、兄さんの教室では以降のプロレスごっこは禁止される。

 ヤツ自身にも丁重にお詫びをしてもらったらしいけど、その隆々とした筋肉は、あの時から変わらない。明らかな変化に、いぶかしむクラスメートは多かった。

 昔から、まれに見られる体質みたいなもの、とヤツは話してくれる。

 誕生日の一カ月前後のどこか。不意に身体が一気に育ち、いうことさえ満足に聞いてくれなくなる時間が来る、とのこと。

 後者の不自由は短いが、前者は何日も続く場合がほとんど。その証拠に、脱いで見せてもらったジャージの下には、雑誌の中でしか見たことのない「鬼の顔」さえ見られたとか。


 ヤツはそれを「入学」と考えていたらしい。

 自分の誕生日前後に合わせ、身体を学校として訪れ寄宿し、やがて卒業していく存在がいると。今年もその時が来てしまったのだと。

 そういくら語られ、異状を目にしても命の危機に瀕したのには変わりなく、見苦しい言い訳としか思えない。

 表向き、水に流した風に装いながらも、兄さんはヤツをいまだに許せないと話していたよ。

 


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