琴の気持ち
わたしは白石琴乃。
聖神高校に通う高校一年生。
去年、必死に受験勉強をしてなんとか憧れの高校に入学したのだ。
お隣の気になる男の子―幼馴染とやっと一緒に仲良く登校できるかも、と思ってた。
何を隠そう、この学校を選んだのも、勢いだった。志望校を書いている時に、隣の結衣の志望校をチラリと見た。そこには、聖神高校の名前があった。
ちょっと、ハードル高すぎるよ。クラスで上位をキープしていた結衣くんとは違い、わたしは平凡な順位。
先生の進路指導では、母親と当然に言われた。
「今からで間に合いますかね」
「あなた、大丈夫? 勉強してないでしょ」
あ、ハモった。
だから、頑張った。
中学では知り合いが多すぎて、彼のオタク趣味をバラされてから、ちょっと距離を置かずにはいられなかったけれども、高校に行けば知り合いも減る。
他人の目を気にしなくてもいいのだ。
中学の時に、親友の何人かから言われた。
「ちょっと、あのギャルゲー見たー、あれって琴乃そっくりじゃん」
「絶対やばいよねえ、琴乃のこと想像して、夜毎日何してるんだろ」
「キモいよねえ」
本当は、そんなこと関係ないよ、わたしは気にしないからなどと、言えれば良かったのだろうけれども、そんなこと言って完全に周りから浮いてしまうのも、中学生の自分には荷が重かった。
キモくなんて思わなかったし、あのパッケージ絵を見た時、確かにちょっと引いたけど、わたしをタイプと思ってくれているのは嬉しかった。
だから高校生活には期待していた。
「一緒に学校行くのやめよか」
その時の友人? のせいで言ってしまった言葉だ。
確かに彼女は六年生の時に変なオタクからラブレターをもらって付きまとわれたことを気にして言ってくれたんだと思う。
オタク趣味はやばいよー、と言われながら結果的に後ろから見守られながら言わされた。
言わないなんてできなかった。そんな勇気もなかった。
だから、その日は凹んだ、泣いた。
本当は大好きなのに、周りが忠告してくる。無視しても良かったけれども、中学生のわたしにはそんな度胸なんてなかった。
だから思ってもいない事を言った。
それから三年、長かった。
中学は小学校の隣にあった。小学校から上がってきたグループばかりで殆ど新しい生徒はいなかった。しかもクラスが2クラスしかないから、クラス替えがあっても殆ど入れ替わりはない。
受験の動機は不純だったけれども、聖神に行く生徒なんてあんまりいない。
平凡な中学なので進学校への受験自体少ないのだ。だいたいの生徒は中学の隣にある公立高校に進学する。
聖神なんて年に1人いるかどうかなのだ。
だから、ここさえ乗り切れば他の生徒の目を気にしなくて済む。普段ちゃんとした勉強をしていなかったので、目標が決まって受験勉強をしだすと、成績は伸びていった。
最初は無理だろ、と思っていた先生や両親も、受験直前のA判定を見た時は喜んで応援してくれた。
そして、今年晴れて合格した。
一緒の学校に入れた。
だからすぐにでも一緒に登校したかったのに、自分の巻いたタネだが、距離を置かれた。
3年間も話しかけてなかったから、話しかけるキッカケが見つからず、自分はコミ障ではないものの、コミニケーション能力が高い方でもないので、どうしたら一緒に通えるか悩む毎日だった。
聖神高校から電車に乗って数駅―時間にして30分ほど揺られて、改札を降りて帰ろうとすると、帰宅途中の茜に会った。
塾へ行く途中だった彼女を呼び止めた。
「久しぶりー」
茜とも長い間話していなかった。会うことがあっても、兄のオタク趣味が暴露されてから、なんとなく距離を取っていた。
結果的に久しぶりの言葉はかなりぎこちなかっただろう。茜は塾まで30分くらいあったようなので近くのマクドナルドに入った。飲み物だけ注文して、二人階段を上がる。
「珍しいじゃないですか。お久しぶりですね。兄貴元気にやってますか?」
矢継ぎ早に挨拶と質問が来た。茜は兄と同じ学校を目指していた。全く勉強もしてないのに聖神なんて兄が入ってしまったから、必然的に両親の妹へのプレッシャーが半端なかったらしい。
しかも隣のわたしも同じ学校に行っているため、聖神が基準になってしまっているとか。
「ほんと、最低ですよ、兄貴のせいで」
「たいして勉強もしてなかったから、茜も簡単に入れるだろ」
「そんなわけないじゃないですかー」
すごーく分かる。わたしも凄く勉強した。動機が不純だけれども、勉強は勉強だ。
「大丈夫」
ひしっと両腕を握って覗き込むように見るわたし。
「わたしも、同じでした。無茶苦茶勉強しました」
今日は時間がないから、そして本題の方が大切だから、勉強を教えてあげられないけれど、勉強ならわたしが教えなあげよう。ついでに試験勉強でわたしが編み出したテクニックなんかも。
「勉強ならわたしが教えてあげます。その代わり……」
「ありがとうございます、……でその代わり!?」
目線を逸らしてしまう。結衣くんのことになるとなんでこうなるの? 他の話ならいくらでもできるのに。でも、今言わないと。
時計を見る。時間は5時10分、後10分くらいしか時間がない。手を見ると少し濡れていた。緊張してる?
心臓がドクンドクンと音を立てた。でも言わないと。
「あかねちゃん、お兄さんのことどう思う?」
「どう思うって、さっき言ったようにクソ兄貴だけども」
茜は、話の主旨がわからず、こっちを見てくる。
「いや、そうじゃなくて、……これは絶対にお兄さんには内緒」
「うん、わたしは口は硬い方だから……」
「一緒に登校、……したいなあ、なんて……」
茜は目をパチパチさせて、しっかりと目を見てくる。
きっと顔真っ赤になってるよ、こんな告白本人を目にして言えないからって、なんでこんなことしてるんだろ。少し、後悔しかけてた。
心臓の脈拍は早くなってる。もしかして、病院に行ったら医者から入院を勧められたりして……。
「もしかして、兄貴のこと、……好き?」
何も言わずにコクンとお辞儀をするような格好になってしまった。
耳まで赤くなった顔を隠すために。
「そっかー、アイツにもやっと春が来たんだ!」
茜は、女のわたしだけこれだけ言わせるのもずるいからと言いながら、お兄さんの妹でしか知り得ない情報を提供してくる。
「それでさー、わたしがお母さんに言われて起こそうとした時あいつ何言ったと思う?」
「……なんだろ」
「ことのちゃーん」
って枕を抱きながら。
「正直キモいって……」
「寝る前も隣から声が聞こえてきて、琴乃ちゃーんって」
「それも頻繁に聞こえるのよ」
「後、琴乃ちゃんバロメーター」
「バロメーター?」
「兄貴が琴乃ちゃんといいこと、って言っても本当に些細なことなんだけどね」
「学校から帰ってくる時にわかるのよね、今日はちょっと話せたのかなとか」
「はあ、……だよね」
知らなかった。妹に聞いて正解だったのかも。ちょっとだけ勇気を出して良かった。
「ちょっと、引いたなら、ごめん」
「ううん、そんなこと……、ない!!」
「なら、よかった」
「これは絶対秘密よ、バレたら殺される!!」
「大丈夫、これは私たち女だけの秘密ね」
「うん」
ニッコリと微笑む茜。もう時間がないからとあわてて席を立った。
振り向きざまに。
「がんばれ!!」
走りながら、階段を駆け降りていった。
(もしかして結衣くんも、わたしのことが好き?)
思ってもいなかったことでもないこともないのだけれど、ってなにこれ。
なんとかしたいなぁ、と思った。
放課後、久しぶりに部活も休みだった。スポーツくらいしとこうかと、テニス部に入った。テニス部ならばサッカー部も近いだろうと思っていた。
結衣はサッカー部のはずだった。しかし本当に見ることは稀だった。進学校であるこの学校ではクラブ活動に対する熱意が低いのだ。そのため、クラブに出ない幽霊部員はたくさん出てくる。
結衣もその1人だった。
少し早くに学校を帰宅する琴乃。帰宅部員(仮)の結衣はいつも帰るのが早くて、少し急いで帰らないと間に合わない。
帰りに声でもかけてくれればいいのに、と思いながら峠坂を下った。10メートルくらい後ろには結衣くんの姿が。信号で立ち止まった時に風景を見るフリをしてチラッと見た。
いた!! また、青になって歩き出す、基本的に茜に教えてもらったとは言ってもそれだけで勇気が出て、わたしから告白……、なんてなったりしない。
基本、わたしは臆病なのだ。
改札を抜けてホームに入った。白線の一番前に立つ。いつもの場所だった。
後ろから視線を感じる。中年の変なサングラスの男が背後に立っていた。通い始めてから一度も見たことがない男だった。
声をかけられても困るので、単語帳を鞄から取り出す。単語帳を見ながら、何度と背後を気をつけた。
単語帳の内容より後ろの男のことが気になる。
この男はなんだろう。痴漢、変質者それとも、ただの乗客?
乗客にしては、傷とかもあるし明らかに怪しすぎた。
暫く後ろばかり気になってると隣に結衣くんがいた。
心臓が跳ね上がる。
思いもしなかったわたしは虚を突かれた。
「ちょっと、どうして……」
思わず隣に来るとは思ってもいなかったので、ついこんな言葉が出てしまった。
違う、こんな言葉じゃない。
手を握られた。こんなこと、結衣くんがするわけがない。あっ、もしかして茜に聞いたの。言わないでって言ってたのに。
「ちょっと、どう言うつもり」
思わず出た言葉が止められない。
「ちょっと、触らないで」
やってしまった、本心ではない言葉。しかし、女としてのプライドもあった。
茜ちゃんには言わないって約束してたのに、なんで言うんだろう。
言われてもいいよ、でもあんまりにも酷いよ。
女だけの約束じゃなかったの。
悲しかった、そして、それを聞いて馴れ馴れしくしてくる結衣にも腹が立った。
相手の本心を知っての告白とか、嫌だった。
電車で揺られている間、ずっとどうしようと思っていた。
付き合いたい、でも許せない。
茜に聞けば本当のことがわかるかも知らない。でもうまくはぐらかせてしまうかも分からない。
どうすべきだろう。
頭の中はそのことでぐるぐる回っていた。
だから、言った。
「やっぱり、明日から一緒に登校しよっか?」
そうだ、本人から聞き出すのが一番なのだ。どっちにせよ、好きと言う気持ちはもう抑えられなかった。