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タイムストッパー結衣  作者: 楽園
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時間遡行

 眼前で起こった惨劇を目の当たりにして、結衣は呆然としていた。起こるはずのないことが起きたのだ。確かに琴乃を助け、犯人の男を警察に引き渡したはずだった。この後、結衣は琴乃と手を繋ぎ楽しく帰るはずだった。それなのに、時間が逆行し今琴乃のいるのは恐らく線路の下……。


「嘘、だろ」

 人は本当に好きな人のことであれば、あり得ない可能性も信じてしまう。

 今の結衣も僅かにあるかもしれない生きている理由を探していた。

  

 奇跡的に線路の間に挟まって助かっているかもしれない。あるいは当たりどころが良かったため、事故なんかなかったかのようにホームに出てきてくれるかもしれない。そんな宝くじが当たるよりも遥かに稀有な可能性を信じて、結衣は救急車が来るのを待っていた。時間の流れが今日はやけに遅く感じられる。

 1秒、2秒、時計の針が驚くほどゆっくりと進む。まるで止まっているかのように長く感じた。

 

 しばらくして、自称救世主の声がした。いつもの命令口調ではなく、自分に言い聞かせるように。

「……彼女は即死だったんだ」

「……、ツッ!」

「何を言ってるんだ!!」

「お前にわかるわけないだろ、助かるに決まってんだろ!!」

「わかるんだよ」

「俺が十年前に体験したことだから」


 自称救世主は、十年前の経験の一部始終を語った。

 駅でサングラスの男に突き落とされた話で、今起きていることと、全く同じ内容だった。彼は自分が助けられなかった、その反省を胸に十年間生きてきた。

 そう、自称救世主は十年後の俺自身だった。事件の時に琴乃を失いその想いを胸に、琴乃を助けだすことだけを考えて、生きてきたのだ。


 十年間も俺は琴乃の事だけを考えていたのか。自分ながらに幼馴染との縁の深さを感じる。 

 本当に琴乃のために全てを投げ捨てて生きられるだろうか。未来の自分であれば当然に自分にも当てはまることなのだけれど、まだ現実味が湧かなかった。彼は今、警察に追われる身だそうだ。十年後の未来では過去を変える事は、重罪になる。この罪の発覚を遅らせるために、未来の俺は時間を巻き戻すのではなく、高校生の自分に未来からメガネ型の時間停止装置を渡した。

 これが真相だった。


「過去を変えるぞ」

 未来の俺は、強い語彙で言う。

「変えるって言ったって見ただろ」

「簡単には変えられないことは、知っていた」

 この男はこのようになる可能性に気づいて、言葉を詰まらせてたのか。

「未来を変えるには、これはなくてはならない過程なんだ」

「なんでだよ」


 未来の俺の話としては、こうだった。時間というのは一本の過去から未来まで流れる川のようなものだと。その川の中を先に向かって時間は流れている。

 過去に戻るということは、その川を逆流するようなものだ。もし、その後の流れがが大きく変化して、川の幅をを越えるくらい変わってしまうと世界は何もなかったように修正しようとする。その限界点を理解することが必要だと。


 何度か過去をやり直すことにより、許されるポイントを調べることが重要だ。そういえば一回目の事件の時は修正されることはなかった。もし、時間が一通りしか許さないのであれば、未来を変えた瞬間に元に戻ってしまっただろう。しかし、現実には1週間の間何事もなく琴乃は生きていた。

 時間には一定の許容範囲のようなものがあるのかもしれない。


 しかし、どこまで余裕があるのかわからない。許容範囲を知るために琴乃は幾度となく死なないといけないのか?

 そもそも今ある装置は時間を止める装置だ。過去に行くことも、未来へ行くことも出来ないはずだ。


「この装置って時間を止める装置だよな」

「そうだが」

「琴乃は死んでしまった、……お前がいう事が本当であるならば……」

「心配ない」


 この装置には裏コードが存在する。時間を止めるだけでなく、過去にも一定の範囲で巻き戻すことができる。

その時間の先頭が、惨劇前のあのポイント。これ以上先にはやり直すことはできない。

 回数に関しては現状は何回繰り返せるのか分からないが、数回程度ならば安定して過去にいけるらしい。ただし正式なテストはほぼできていないため、やってみないと分からないとのこと。

 発動条件も同じ。ただ、俺が時間よ戻れといい、未来の俺がその条件に了解を告げれば過去に戻る。


 未来の俺が伝えた指示は、線路で待つ琴乃に話かけろということだった。

 出会って話をしていれば、サングラスの男も手を出すことはできない。場合によってはそのまま事件は起こらずに解決するかもしれない。

「そうとなればすぐに決行だ」

 琴乃が今苦しんでいる事を考えると俺もすぐに助けてやりたいと思った。

「それよりさ、なんで巻き戻った後、俺は喋れなかったんだ?」

「限界値を超えたらお前の意志は受け付けない、それだけだ」

 未来の結衣は何事もない声音でそう言う。


「時間よ戻れ!!」

 周りの色が抜け落ち、昔の白黒映画の映像のようになり、過去に向かって進む。

 その速度は先ほど見た速度よりはゆっくりとしていた。向かってきた電車が後退していき、線路に叩きつけられた琴乃は逆回転でホームに戻ってくる。やがて、喧騒が戻ってきた。

 気づくと数メートル先には電車を待つ琴乃の姿があった。単語帳を鞄から出して、読もうと鞄のファスナーを閉めている。さっき握りしめた指先がファスナーを上げていた。

 生きてる、琴乃が生きてる。

 吹き飛ぶ血飛沫、衝撃音、女性の悲鳴。それら全ては白昼起こった悪夢。現実には何もなかったようにいつもの琴乃がいた。

 良かった、俺はアスファルトの上に座り込んだ。

「勘違いするな。助かったわけではない、これからだ」


 そうだ、時間が戻っただけだ、このままいけば琴乃が死ぬ運命は変えられない。

 そうは言っても緊張する。

 助けてからは仲良く話をしていたが、正直助ける前に話しかけるのは勇気がいる。

 助けたという事を、免罪符に話しかけることができたのだから、何もないのに喋りかけるなんて……。

 しかも、結衣は琴乃とは一緒には帰ってはいけなかった。琴乃が言った言葉。今までずっとそのルールに従ってきたのに。

 いきなりハードルが高すぎる。

 しかも、結構胸あるし、かわいい。琴乃の愛らしい姿を見るとさらにハードルが上がった気がした。

 

 でもこのまま何もしなければ確実に彼女は死ぬ。

(そんなの絶対にいやだ)

 胸の鼓動が聞こえてきそうなほど、心臓は強く脈打っていた。


「よっ、よぉ」

 古典的な少女漫画でも今更使わない台詞で、琴乃に話しかける。ここまで到着するまでロボットのような動きだった結衣は琴乃の表情を見る。


「ちょっと、どうして……」

 馴れ馴れしくしないでという表情がハッキリとそこにはあった。

 ちょっと待って、助けた後の琴乃はいついかなる場面を切り取っても、俺に好意があったはずだ。

(ゆいくんと、手つなぐの嫌いじゃないから)

 手を繋いだら、いいのか?

 とりあえず、ギャルゲーで迷ったらとりあえず上の選択肢から選んでみるというゲームでのお約束を思い出し、結衣は琴乃と手を繋いだ。


「ちょっと、どういうつもり!!」

 強い力で振り解かれる。

「近寄らないで!!」

 状況はさっきより悪くなった。


「お前バカだろ、女の扱い全く分かってないよな」

「うっせえよ」

 あれだけ上手くいっていた後だから、気が緩んだだけだった。このままでは琴乃が……。


 琴乃の方を見る。


「白線の内側まで下がってください」


 後ろには、あれ?


 サングラスの男はなぜか登場しなかった。もしかしたら、琴乃とのあの一件を見たので近づいてこなかったのかもしれない。

「とりあえず琴乃の命は助かったのか?」

「分からないが、今のところは事態はいいように進んでいるのかもしれない」

 

 帰り道は、億劫だった。

 時間が戻る前は、あんなに仲良くしていたのに。電車の中でも他人のフリ。駅から降りても数メートル遅れて歩く、そんな微妙な距離が続いた。

 ちょっと勇気を出せば近づける距離。しかし、その距離は縮まらない。

 やがて自宅の街灯が見えてきた。

 

 家の前まで来た時に、琴乃がくるりと振り返った。


「やっぱり、明日から一緒に登校しよっか?」

 

 呆然とした顔をした結衣を置きざりにして、パタパタと走り去る琴乃。


「じゃあ、またあした!!」

 琴乃の声が、ドアの閉まるのと同時に聞こえた。

 何が起こってるの? 突然記憶が蘇ったとかじゃないよな。そもそも時間が戻っただけだから覚えてるわけがない。

 理由は、わからなかったけれど、琴乃との距離がいきなり近づいた。結衣は、大きくガッツポーズをつけた。

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