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タイムストッパー結衣  作者: 楽園
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惨劇の舞台へもう一度

「本当に、今日また起こるんだよね」

 ゆっくりとした歩調で坂を下る結衣と琴乃。

 その姿には確かな焦燥感が感じられた。

「自然でいろと言われても、やっぱり緊張するよ」

 琴乃は、強く手を握りしめた。

 流石に事件が起こってまだ1週間、しかも本当はあの日死んでたはずだったとなれば緊張するに決まっている。

 力を入れた指先が小刻みに震えていた。

 だから、結衣は琴乃の手の甲に自分の手を被せた。

 琴乃の手が少し手前に移動し、被せた手をほどく。

 そして指先を開けて、結衣の手に摺り寄せた。


 淡いピンクの爪先が小刻みに震えていた。

 緊張をほぐしてあげないと。

 結衣は琴乃の手を見る。

 そして、宙を見上げて、目をつぶる。

「嫌だったら、……離していいから」

 琴乃の手を引き寄せるように握った。

「あっ、……」

「ごっ、ごめん……」

「違う、びっくりしただけ、……大丈夫だよ」

「ゆいちゃんと手繋ぐの、……嫌いじゃない!!」

 琴乃も空を見上げながら、手に力を入れる。

 ゆったり流れる雲の合間から陽光が降り注いでいた。

 暫く何も言わないで、歩く二人。

 赤らめて見えるのは、陽光の光のせいだけじゃないだろう。

 結衣は太陽に照らされた中にっこりと微笑んだ。

 逆光のため、表情まではあまり見えなかったけれども。

「絶対……、俺が……」

「守るから」

 と右手を強く握り、向き直る。

 内心凄く不安だろう、絶対死なない確証はない。それどころか、簡単に死んでしまう可能性すらもありえる。

 そもそも、伝えられているのは、今日琴乃が線路に落とされると言う事実だけで、何が起こるのか、またそのタイミングさえ今は掴めていない。

 結衣の僅かな気の緩みで、全てが終わってしまう。

(絶対、絶対、絶対琴乃を守る!!)

 

 峠坂の右へのカーブを少し歩くと、駅と太陽の陽光を受けてキラキラと輝いた海面が見えてくる。

 何も起こらないのであれば、周りの人からは放課後帰宅途中の彼氏彼女のほのぼのとした光景に見えただろう。

 しかし現実は、危険な場所にあえて覚悟をして向かう二人だった。

 

 結衣は、右側を歩く琴乃の方に向き直る。

「もう後戻りはできない」

「一緒に行こう」

 と指先に力を入れた。

 

 自動改札口を超えてホームに入ると1週間前と同じような光景が広がっていた。

 電車を待つサラリーマンと学生達。

 学生たちは口々に話をしていた。

 内容はよくあるありきたりな話。昨日見たテレビ、好きなタレント、好きな相手の話で惚気ている娘もいた。

 そこには、毎日繰り返されてきた日常があった。

 緊張した面持ちをした者など結衣や琴乃を除いて誰もいなかった。


 現場近くまで来ると、自称救世主の声が聞こえる。

「今日のことを整理しよう。そうだ、今日は外部音声にするわけにもいかないから、琴乃には結衣からフォローしてやれよ」

 ブリーフィングと称した作戦会議が始まる。琴乃を殺そうとした中年の男を結衣は見てはいなかったが、自称救世主はハッキリと特徴を捉えていた。

 年齢は40から50歳くらいの少々小太りの男で、茶色のフチのサングラスが特徴だった。そして、男の左手には大きな切り傷があった。

 学生街のこの駅には、サラリーマンはいても、ヤクザのような風貌の男はいない。

 この男はこの駅ではかなり目立っていたはずだった。

 前回は予想もしてなかったため、起きてはしまったが、今回はすぐに気づくだろう。


 これは割と簡単に終わるかもしれない。

 結衣は少し安堵の表情を浮かべた。自然と琴乃の顔色にも艶が戻ったような気がする。


「残り5分か、琴乃は結衣から離れて1週間前のところ辺りでいるように。そして、結衣はここで待て」

 

 あまり二人が近くにいたら、異変に気づいた犯人が犯行をやめてしまうかもしれないし、結衣に向かってきたら時間を止めることも出来ない。少し距離を取った方が、琴乃の周りの状況がよく分かるし、不測の事態にも備えられる。

 時間が止められるのだから、近くでいる必要はない。

 

「お願いします」

 深々と頭を下げた琴乃は、パタパタと目的のところまで走る。フワリと舞い上がるスカートに電車を待つサラリーマンが何気なく視線を移動する振りをしながら、凝視した。

 結衣は不機嫌になる。

「琴乃は、ガード薄すぎるって。全く……」 

 自分のことは棚に上げて、独占欲が強くなるのは、健全な高校生としては当然のことなのかもしれない。

 二人の関係に一定の進展が見られたのなら、尚更他人の視点が気になるのも当然だった。


「もうすぐ来る!!」

 電車のアナウンスが流れた構内では、ホームに人が並び始める。単語帳に目を落とした琴乃の後ろにサングラスの男が並ぶ。

「……きた!!」

「気をつけろ、ここからは秒単位だ」


 アナウンスが流れて、数十秒後、電車が近づいてきた。タイミングを測りながら、手に傷の男は周りを一瞥したのち手を前に出し、琴乃の腰のあたりを強く押し出した。


「時間よ止まれ!!」

 男の殺人未遂を完全に捉えた結衣はタイミングを見計らって時間を止める。

 犯行を捉えて警察に突き出すことのできる最善のタイミングだ。

「ここからは、前回同じく……」

 落ちそうになっている彼女の腰に手を回し、抱き抱えながら倒れるという前回の光景を思い出しながら、線路に近づく。

 しかし、停止した琴乃は振り向きながら左手をホームに向けていた。

 前回は助けられることを考慮してないために、落下した後に僅かでも生きる可能性がある、落下後の身体を守る姿勢をとっていたが、今回は助けられることが前提なので考えてみれば当然のことだった。

「残念だったな」

「うっせえよ」

 自称救世主に本音を見透かされて、怒った返事を返す。

 さっさと左手を握り、琴乃を助けてしまった。

「終わったか」

 

 時間が動くまで後5分くらい時間があった。


「なぁ、二人で少し話をしよう」

 自称救世主は、真剣な声になる。表情がわからないから、本当のところはわからないが、今までとは違う話をしようとしているのに気づき、結衣は表情を固くする。

 前回の話から思っていたが、恐らく自称救世主は、この事件がこれだけで解決しないと思ってる。

 解決するのであれば、前回も犯人の確保を最優先にしただろう。

 時間を止めておきながら、目の前で逃げられることもなかった。

 重要度からすると自称救世主にとって、恐らく犯人確保はあまり重要ではない。

 事実を仮定から確信に変えようとしてるように見えた。

「今回の事件、これで本当に終わるだろうか」

「何か知ってるのか? 琴乃に話してた時も、一瞬の沈黙があったし」

「……沈黙か、よく気づいたな」

「確証はない。ないが、俺はこれで終わってしまわないような気がしてる」

「……、黒幕が他にもいるのか?」

「いや、黒幕はいないと思う」

「それなら、大丈夫じゃないのか」

「黒幕よりもっと厄介な……」

 そこまで話して、少し話を切る。声のトーンが少し和らいだ。

「まあ、今あれこれ悩んでも仕方ないかもな」


「そろそろ時間が動き出す」

 止まっていた人達が動く。前回とは違い琴乃はホーム目の前に倒れ、傍に結衣がいた。

「警察、警察を呼べ、こいつが彼女を後ろから押したのを俺は見ていた」

 ホームにいた駅員が慌てて近づいてきて、羽交締めにして、任意同行を促す。

 列車が非常ブレーキを鳴らしながら目の前で停車した。ホームは喧騒に包まれた。

 5分くらいして警察官がやってきて、男を確保する。参考人として、結衣と琴乃も事務室に同行した。前回、結衣が1時間程度の任意調査された場所と同じところだ。

 犯人の男は全ての罪状を認め、そのまま逮捕となった。


「終わったね」

「終わってみたら、あっけなかったな」

 結局、自称救世主の杞憂は取り越し苦労で、これで全てが解決した。しかし、何か繋がらないピース。そもそも救世主は、なぜ未来からこんな装置を使って通信をしているのか。時間を停止する装置まで使って。

「帰ろ、っか」

「うん」

 ニッコリと微笑む琴乃。

 結衣は琴乃の手を取った。


「ジッ、…ジジジジジ、……」

 だが、ここで目の前の光景から色が落ちた。

 紺色の制服、青い宣伝看板、黄色い障害者用案内標識、それら全てが灰色に染まった。

 世界から色が抜け落ちた。

 キュルルっと、映写フィルムを巻き戻したような音がする。世界は高速回転で過去に向かって逆回転し出した。

 琴乃と駅を逆向きに出て、学校に戻り、授業。

 だんだんと回転速度が速くなり見てられなくなる。

やがて、昼夜が高速で繰り返し、ちょうど1週間が経った。

「嘘、だろ!」

 気づくと結衣は、琴乃から離れたホームにいた。

 先頭に立つ琴乃、目線の先には単語帳があった。

「電車が参りますので、白線の内側までお下がりください」

 電車が近づいてくる。

 その背後には、サングラスをかけた男。

(なんだ、これ、これって1週間前の……)

 やばい、なんとかしないと。

 あれ、喋れない!!

 ちょっと待って……。

 

 男の手が彼女の腰に……。

 思い切り押した。

 反動で線路に放り出される。


 列車の非常停止音、金切りのブレーキ音、そして、


「いやああああっ……」

 惨劇を見た少女の悲鳴。


 救急車、救急車だ。

 駅員の慌てた声がした。


 やがて、救急車とパトカーのサイレン。


 その日、白石琴乃しらいしことのは死んだ。

読んでくれてありがとうございました。

どんどん更新していきますので、ブックマーク、いいねなどいただければ、とても喜びます。


どうか、皆さまよろしくお願い申し上げます。

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