神様、時間を止めて・・・
「たとえば、手をあげて呪文を唱えるように言うんだ」
「時間よ、止まれ」
「……」
「お前、バカだろ、そんなことして時間が止まったら、世の中えらいことになるぜ」
目の前の悪友の風間有志が少し金色がかった髪を振り、俺をバカにしながら大笑いをしていた。
こいつとは腐れ縁だったが、初期の印象は最悪だった。
「こいつ、こう見えてオタクなんだよ」
「なっ……」
隠していた隠れオタをクラス中聞こえるくらいの大きな声で言ったことにより、俺の華々しい中学生活は、一年目からオタクと言うレッテルで語られることになったという意味で……。
オタクの何が悪いんだよ、とは思ったが、オタクと言う三文字のあだ名で呼ばれ、3年間不遇な学校生活を送ったころの事を思い出すと何が悪いんだよ、とは言いたくはなくなった。
特に最悪だったのは白石琴乃に距離を取られたことだった。
大きな瞳に二重の瞼、あどけない笑顔が眩しくて、小学校の時から恋心を抱いていた。
肩まで伸ばした黒髪がシャンプーの匂いを運んできて、小学校の時から、琴乃と話す時はいつもドキドキしてた。
家もお隣さんで、恋愛ゲームならまさに幼馴染系ヒロインと言ってもいい。
ただし、琴乃はオタクに偏見があった。
小学6年の時にこれぞオタクと言う高校生からラブレターを貰ったことがきっかけだ。
それから1年間、ずっと付き纏われ、最後には警察沙汰にさえなってた。
「わたし、オタクって理解できない。ゆいちゃんがあの人たちとは違うのは分かってる。でも、どーしてもね。怖いの。今まで毎日、一緒に学校行ってたけど、ごめんね。今日からはもう中学生にもなったし、別々に行こうよ……」
狩野結衣の中学3年間は、この時終わったと言って良い。
まあ、それ以外にも有志があることないこと、何倍にも増長させて、クラス中に広めたことも理由としてはあるのだが……。
もちろん、こいつに悪気がないことはわかってる。
何を隠そうこいつこそ、俺をオタクにした張本人だからだ。オタクに偏見のあった小学校の時、これはプレイしないと絶対後悔するとギャルゲーを手渡された。
家庭用ゲームにギャルゲーがあることさえ知らなかった。
パッケージにはとても可愛い女の子の絵が描かれてて、どー考えてもスカートの丈はパンツラインギリギリだった。
リアルでいたら、それはもう動いたら見えるレベルで短かった。
「これ、本当に面白いんか?」
有志には何度も確認した。パッケージの女の子が琴乃に似てとても可愛いく、そしてエッチだった。
親がいない時や夜遅くに音量を下げてドキドキしながらプレイしてこのメインヒロインルートを攻略した。
他のキャラクターには、気にもとめなかった。
このパッケージのヒロイン、見れば見るほど琴乃にそっくりだった。
彼女をモデルに作ったのかと思うくらい。
だから、この幼馴染ルートに自分を重ねて夜プレイした。
そして、泣いた、感動した。
こんなゲームがこの世にあったんだ。
この日を境に俺のオタク人生が始まったと言ってもいい。
俺がプレイを終えた一年くらい後に、琴乃にこのゲームのパッケージを有志が見せ、俺もプレイしてると布教したことにより、俺はさらに距離を置かれることになるんだが……。
どう見ても自分にそっくりなメインヒロインしかプレイしてないとか、お前が好きだと告白しているみたいじゃないか。そりゃあ、ドン引きだろ。
俺の隠していた恋心は、有志が布教するたびにクラス中に知れ渡ることになった。
そんなことはさておき、高校一年の教室には、有志、琴乃もいた。
そういや、6年間一緒で、3年間一緒で高校も1年からずつと同じクラスだった。
こんな偶然ってある?
確率で言ったらどんなレベルなんだろ、と思いながら目の前の有志を見る。
「はあ、だからゲームばっかしてるから、現実とゲームの区別がつかなくなるんだよ」
まるで、母親が息子に言うような呆れた顔をしながら有志が何度目かのため息をついた。
琴乃は、というとさっきまで聞いてたんだろう。
こっちをみていた視線を慌てて外らせて、黒板の方に向き直す。
「だから、止まってねえじゃん」
「おかしいな?」
「おかしくねえよ、そんなんで止まったら、地球の人は全員まとめて宇宙へ落ちていくんだぞ。お前、習っただろ。地球の自転も止まるんだ。そうなったら空気も水も何も無くなって、とにかく大変なんだぞ、分かれよ」
そういや、そうだな。なんでだろ。
会話をしながら昨日のことを思い出していた。
俺が時間よ止まれと言った瞬間、都会の喧騒、自動車の音などさわざまな生活音がピタッと止まった。
窓を開けると空中に飛んでいたスズメが目の前の空中で停止していた。
「なんだ、これ」
何故かは知らないが、俺は特殊な能力を身に付けたらしい。それは元々持っていた力が今発動したのか、それとも今この瞬間手に入れたものなのかはわからなかったけども、
だから、一番理解がありそうな有志の前で実演して見せたんだ。
おかしいな?
なんか発動条件みたいなものがあるのかな。
それとも昨日のことは白昼夢だったのか。
結局、その日何度もやってみたけれども時間が止まることなんてなかった。
「だから、アニメとか見てるとあー言うこと言い出すのよ」
あったのはクラスの女子の冷たい視線だけだった。
結衣は六限の授業が終わるとそのまま、校門を出た。
自称帰宅部の結衣はいつものスケジュールだった。
今日は部活が休みだった制服姿の琴乃も数十メートル先にいた。
少し早歩きで歩けば簡単に追いつく距離だ。
近くに行こうかと迷ったが、自分が避けられていることを思い返し少し速度を緩めた。
学校から、駅までは少しなだらかな傾斜になっていた。
峠坂という名前で呼ばれるこの坂は、朝の遅刻寸前組には地獄坂と呼ばれて恐れられていた。
少し右へのカーブが続き、やがて視界は駅とその向こうの海の姿が見えて来た。
東京からそんなに遠くはないが、海に近い、海岸から波の音が聞こえ、海独特の潮の香がした。
駅に入ると定期券を押し当てる。
ピッという無機質な音とともに構内に入った。
そこには電車を待つ数人のグループと琴乃の姿もあった。
結衣はそのグループからも琴乃からも少し距離を置いて立っていた。
後2分もしない内に電車がプラットホームに入ってくる。
琴乃は数人の列の一番先頭にいて、電車を待っていた。
ガタンゴトンという電車独特の音とともに、電車がプラットホームに入ってくる。
その時、琴乃の後ろの男が両手を前に出した。
何か物を取り出したのか、とも思ったけれど両手には何も持っていなかった。
そして、その両手に力を入れて琴乃を前に線路の方に押し出す。
テレビのワンカット、スローモーションでも見るように琴乃の姿は線路の方に吸い込まれていく。
「嘘だろ!」
目の前の光景は絶対あってはならない光景だった。
琴乃が死ぬなんて、考えられるわけがなかった。
俺は絶対に助けたいと思った。
走馬灯のように琴乃との十六年が思い浮かんだ。
海で一緒に遊んだこと、自転車の練習に付き合ったこと、プールで泳ぎ方を教えたこと。
俺の今までは琴乃との想い出で一杯だった。
目の前の少女が亡くなることは、結衣にとって世界が終わることと道義だった。
「時間よ、止まれぇーっ!!」
だから、あるかわからないけれど奇跡の力に頼ろうとした。
でも、止まらなかった。
時間だけが残酷にも過ぎていく。何で止まんないんだよ昨日は止まったのに。
嫌だよ、琴乃がいなくなるなんて……。
何もしてない、謝ってもいない、もちろん告白もしてない。
こんな状態で、琴乃と永遠にお別れするなんて、絶対嫌だ。
どうすれば、どうすれば、止まるんだ。
何とかしてくれよーっ、神様!!。
こめかみに集中するようにしながら結衣は右手でメガネに触れた。
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