3.散らされた屍体(その1)
屍体の一部……ってよりバラバラの残骸を調べてみたんだが、
「今んとこ確認できたなぁ三人分、うち一人は年配の男で、残り二人は若い――多分こっちも男ですね」
骨盤が一つに、右大腿骨と左上腕骨がそれぞれ一本、下顎の骨が一つに、肋骨が幾つか、腰椎の骨が四個ほどと……あとは指とか踵の骨。正直、これで何か掴めるのかと危ぶんでたんだが……思ったより多くの事が判った。
「……押し付けといて何だが……そこまで判るもんなのか?」
「へぃ。ご説明しやすと……まず、この骨盤は形から男のもんだと判りやすんで」
――妊娠・出産に強く関わる骨盤は、骨の中でも特に性差が強く表れる。女性の骨盤は全体として男性のそれに較べると横長になっているほか、骨盤上口が横長の楕円形である(男性ではハート型)、恥骨下角が男性より広く鈍角(男性では鋭角)、坐骨と恥骨に囲まれた閉鎖孔が横長(男性では縦長)などの相違点がある。
「……で、骨盤のここんとこの結合部……恥骨結合面ってぇんですが……ここの磨り減り具合から、大体四十五歳以上じゃねぇかって思えるんでさぁ」
――骨盤は仙骨と左右一対の寛骨から成っているが、その寛骨はそれぞれ腸骨・恥骨・座骨が融合してできている。恥骨結合面とは骨盤の下端部で左右の恥骨が向かい合っている部分で、生体では軟骨によって結合されている。
若者ではこの部分を横断する形で複数の明瞭な隆起が見られるが、この隆起が年齢と共に消失してゆくなど規則的な変化が見られるため、恥骨結合面の形状はしばしば年齢の推定に用いられる。
「……つまり、その骨は四十五歳以上の男のものだって言うんだな?」
「そういうこって。で、お次はこいつなんですが……こりゃ二の腕の骨、正確には上腕骨っていうんですがね、こりゃもっと若ぇ……二十歳前のもんじゃねぇかと思えるんで」
――骨の成長は骨端部にある軟骨が担っているが、この軟骨の層は骨の成長が完了する頃には硬骨に置き換わる。ただし、化骨完了後も暫くは骨端線として痕跡を留めるのが普通であり、表面的に骨端線が消失(骨端閉鎖)していても、Ⅹ線写真ではなおその存在を確認する事ができる。
骨端線の閉鎖すなわち骨の成長が完了する時期は骨ごとに、或いは部位ごとに異なっている。上腕骨の場合、上腕骨近位すなわち肩側の端は十八~二十一歳、概ね二十歳頃に癒合し、上腕骨小頭すなわち肘側の端は十四~十八歳、概ね十七歳頃に癒合を終える。
「ふぅ……ブーン男爵の一件でも、遺された腕一本から下手人の性別・年齢・身長まで当てて見せたっけな。……この骨からも判んのか?」
「身長を割り出すにゃ、まずこの骨が男のもんか女のもんかを決めなきゃなりませんでね。これだけでそれを割り出すなぁ、ちょいと難しいんですが……」
……結構微妙な差じゃあるんだが、男の上腕骨や大腿骨は、女のそれより太い傾向があるんだよな。それに、発達した筋肉がくっ付いてる骨は、筋肉付着部の表面がゴツゴツしてくるし……この上腕骨の三角筋粗面は結構発達してるし、力仕事をやってたやつの骨じゃねぇかと思うんだが……だとしたら、女の骨って可能性は低いよなぁ……
――筋肉の役割というものは案外に専門分化しているものであるため、特定の動作を習慣的かつ集中的に行なっていると、特定の筋肉だけが発達する事になる。そして必然的に、それらの筋肉が付着する骨の部分も、その筋肉の動きを支えるに相応しく強化される事になる。
一方で、各骨の特定の部分には特定の筋肉が付着するため、特定の筋肉が付着する骨表面がゴツゴツとしている事は、該当する筋肉が発達している事を示唆する。
「……もう一つ。こっちは大腿骨なんですがね、やっぱり二十歳前後の若ぇのの、それも男の骨だと思うんですが……大腿骨の長さから弾き出した身長が、さっきの上腕骨から推定した身長と違うんでさぁ」
「……若ぇ男二人の骨がある……そう言いてぇんだな?」
「少なくとも、骨盤の持ち主たぁ違いまさぁね」
そう言ってやると、検屍役の旦那は難しい顔で考え込んじまった。
「……他に判った事は?」
……あるんだよな、それが……
【参考文献】
・片山一道(一九九〇)「古人骨は語る――骨考古学事始め」同胞社.(一九九九年文庫化.角川ソフィア文庫)