1.偽られた屍体(その1)
死霊術師で斥候職なんてやってると、人死にの現場を調べるなんて仕事が廻ってくる事も珍しかぁねぇ。訳ありの屍体を検める事だってある。
ただ、冒険者ギルドにゃ専任の検屍役がいるもんなんだが……それでも、何かの折に意見を訊かれる事が無ぇわけじゃねぇ。
今から話すのも、そういうケースの一つなわけだな。
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「……冒険者パーティの屍体を検める? そういうなぁ専任の検屍役の仕事じゃねぇんすか?」
ギルマス直々の依頼を断る事なんざできねぇが、だからって検屍役と揉めるような真似は御免だからな。一言云わせてもらったんだが……
「その検屍役からの要請なんだよ。どうもおかしなところがあるから、お前に見てもらいてぇってな」
「はぁ……」
ここアロニーのギルドは、いつだったか片腕だけの検屍なんて無茶を振ってきたからなぁ……。検屍役の旦那たぁ、その時以来の付き合いなんだが……今度はどんな難題を押し付けられるのやら……
半ば諦めて、問題の屍体ってやつを見せてもらったんだが……
「……何です? こりゃ」
「鑑定してもらいたい〝焼屍体〟だ……一応はな」
……とりあえず、遺霊の気配は残ってねぇな。……無理もねぇが……
検屍役の旦那が納得してねぇって話だったが……そりゃそうだろう。まさかこんな茶番を見せられる事になるたぁ、俺だって思ってなかったぜ。
「……だったら言わせてもらいやすがね、こりゃ〝焼屍体〟なんかじゃありませんぜ?」
確かに、焼け焦げた肉の残骸みてぇなのがこびり付いた、半ば灰になりかかった骨が並べてあるけどよ……
「どこがおかしいのか、聞かせてもらってもいいか?」
……その口振りからすると、旦那も疑いを持ってるんだな? 俺の意見を参考にして、疑いが妥当なもんかどうか確かめたい――ってとこか。
んじゃ、まぁ、おかしな点ってやつを挙げてみるか。
「まず焼け方がおかしい。骨に焼きムラがあるなぁお判りでしょうが、そいつが道理に従ってねぇ。極めつけに、こびり付いてる肉の残り方がチャンチャラおかしい」
「ほぉ……と、言うと?」
そう訊かれたんで、俺は一本の骨を取り上げた。
「こいつは脛骨……脛の骨ですがね、焦げた肉片みてぇなのがこびり付いてる。……本来肉なんて付いてねぇ筈の、向こう脛の部分にまで、分厚くね」
そう言ってやると、検屍役の旦那ぁ頷いた。やっぱり旦那もおかしいと思ってたみてぇだな。
「……他には?」
「肋骨ですがね、肺の腑が跡形も残ってねぇのに、肋骨にゃ焦げた肉片みてぇなのがこびり付き、おまけに内側も外側も同じように焼けてやがる。体の外から火に焼かれたんなら、内側はもちっと焼け残っていそうなもんなんですがね」
「ああ、そのとおりだな。……他は?」
「髑髏もおかしゅうござんすね。肉の一片すら残ってねぇなぁともかく……」
俺がひょいと髑髏を持ち上げると、そいつは綺麗に首の骨から外れた。頭蓋底に開いた穴――大後頭孔ってんだが――から中を覗いてみると……
「頭蓋の中にゃ、脳味噌の一片も残ってねぇ。頭ん中は硬ぇ骨に守られてるってのに、それがこうまで綺麗に燃え尽きるってなぁ、どうにも解せねぇ話なわけで」
そう言ってやると、旦那ぁ溜め息を一つ吐いて頷いた。
「やっぱりお前に話を振って正解だったな。ブーン男爵の一件で、手並みの程は判ってたつもりだったが……正直、思ってた以上だったわ」
「そりゃどうも……」
ブーン男爵ってなぁ、いつぞやお宝を奪われたって貴族だな。……あん時ゃ……現場に遺された黒焦げの片腕だけから、下手人の身許を探り出せ――なんて無茶を振られたんだが……
まぁ、それは措いといて、
【参考文献】
・フリーマン,R.A.(一九一三)パーシヴァル・ブランドの替え玉.(大久保康雄 訳,一九八〇.「ソーンダイク博士の事件簿Ⅱ」 創元推理文庫,所収;渕上痩平 訳,二〇二〇.「ソーンダイク博士短編全集Ⅱ 青いスカラベ」 国書刊行会,所収)