しっぽ
暑い……、暑すぎる……。
今日の気温は……まさかの39度、暑いわけだ。
身体中が、燃えるように、熱い。
ギラギラと照り付ける夏の太陽を浴びながら、俺は田舎道を黙々と歩いている。
いつもならば車で5分の道のりを、徒歩20分かけて移動せねばならなくなったのだ。
……車の故障は、思いがけずやってくるってね。
何もこんな真夏の盛りに壊れなくてもいいじゃないか。
己の不運を呪いながら、道を急ぐ。
のんびりしていては、仕事に遅れてしまう。
「ちっ…ちょうど赤信号か。ついてねえ……。」
大通りの信号で引っかかってしまった。
この信号は待ち時間が長いんだ。
額をぬぐいながら日陰を探すが……そんなものはどこにも、ない。
照り付ける太陽の光をよけるように、地面に視線を向ける。
地面に、何やら光るものを…見つけた。
トカゲだ。
太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。
子供の頃は、よくトカゲを捕まえて遊んだな……。
意味もなく捕まえては飼育箱に閉じ込めて、最後は死なせて。
しっぽを切ってはゲラゲラ笑って、何が楽しかったんだろうなあ。
何の気なしに、俺は小さなトカゲを…踏んでみた。
踏んだかなと思ったが、どうやら踏みつぶすには至らなかったらしい。
……はは、しっぽがちぎれて、じたばたしてらあ。
小さなトカゲは、しっぽの切れた身軽な体で、植え込みの下に逃げ込んだ。
まだ子供のトカゲだ、今後は八か月かけて、体の成長とともに新しいしっぽも生やすんだろうよ。
……ふん、ちぎれたしっぽが、力尽きたな。
ピクリとも動かなくなった、小さく丸まったしっぽの残骸が、目に写る。
俺は……、何本のしっぽを、切ってきたのかなあ。
トカゲのしっぽは、切れてもまた生えてくるけれども。
あれはしっぽとしてはずいぶんできの悪いものなんだ。
ちゃんとした骨が形成されなくて、しっぽのふりをした代替え品が生えてくるんだ、確か。
骨のないしっぽってのは、どんなもんなんだろうなあ。
動かせない邪魔なもんって感じなんだろうか。
生えていること自体を誇れるような代物なんだろうか。
何度切ってもまた生えてくるところを見ると、きっとないと恥ずかしい代物なんだろうなあ。
しっぽを切ったことのあるトカゲはずいぶん弱体化すると聞いた事がある。
弱体化してもなお生やさねばならぬほど、重要な部位なのは間違いなさそうだ。
一度切れたら、切れた事が誤魔化せないんだよ、あれは。
どれだけ立派に大きく育っても、しっぽをちぎって逃げ出した過去は消せないんだよな。
敵前逃亡ねぇ……、モテないだろうなあ……。
それとも、そんな過去の傷は気にしないって、モテちゃうのかなあ……。
わかんねぇなあ……。
トカゲの常識は、俺にはわからんよ。
尻をボリボリかきながら、青に変わった信号を渡る。
トカゲのしっぽを見てたらさ、ついつい……尻が痒くなっちまった。
……しっぽを切って、もうずいぶんたつのになあ。
……しっぽが生えなくなって、もうずいぶんたつのになあ。
なかなか、人間には、なりきれないもんだなあ。
ようやく駅のホームにたどり着いた俺は、長い舌をぺろんと出して額をひと舐めし。
「よし、間に合ったぞ……。」
誰もいなくなった、炎天下の田舎町から脱出するべく。
満員電車に、の り こ ん だ 。