HEAVENの小話
次回作の構想は出来ているのですが、手がつけられず。浮かんだ小話だけでもと思いUPです。すみません。
さわり、と、風が揺れる。ひやりとした、心地よい冷たさが頬を撫でた。
目の前には、動物避けの焚き火。
「何してんの?」
ちょっとした森の中で、砂地が開けた場所に、今夜は寝泊りをしようと決めたのが、二時間ほど前。
軽く食事を済ませて、床を作り、キャルが目を瞑ったのは、三十分くらい前だった気がする。
「眠れない?」
眼を瞬かせ、こちらを見上げる小さな少女を、長身の青年が、少し離れた場所に腰を下ろしたまま見下ろした。
「あたしが質問しているのだけど?」
「そうだった。ごめん」
素直に謝る青年に、キャルは一つ溜息をつき、彼が掛けてくれたであろうブランケットの下から体を起こす。
「もうすっかり、星の季節になったなあって、思って」
「セインはそういうの、好きなの?」
「好きっていうか、人並みには綺麗だなあって、思うよ?」
そう言った青年が、ほら、と、天空を指差した。
「・・・・・・・」
一瞬、言葉を失うほどの。
「綺麗でしょう?」
「・・・すごーい!」
満点の星たちはキラキラと、まるで降り注いで来るように、数え切れない小さな輝きを放つ。
「ここまで沢山見えるのは珍しいよね。昨日まで降っていた雨のおかげかな」
雨が降ると、空気中の塵が洗い流されて、空気が透き通るから、星が良く見えるようになる。
「どうして起こしてくれないのよ?」
セインがこの星空を独り占めしていたのかと思えば、キャルはぷう、と、頬を膨らませた。
「えっ、だって、キャル寝てたし?」
そういう答えが返って来るだろう事は百も承知のキャルだ。
「寝ていたからって、こんなに綺麗なんだから見せなさいよ!それとも何?あたしに見せる気は無いって事?」
「そんなことないよ。明日の朝になったら教えてあげようと思っていたし」
「馬鹿ね!教えてもらったって、こんなの見なきゃ分からないじゃない!」
空を指差しながら詰め寄るキャルに、セインはへらりと笑う。
「ああ。百聞は一見に如かず、って、言うものね」
ごいん
鈍い音が響いた。
「痛いよ!」
衝撃でずれた眼鏡をかけなおしつつ、殴られた頭をさするセインの目には涙が滲む。
少々離れているからと、油断したのがいけなかった。普通に地べたに腰を下ろして足を伸ばしていた自分より、寝ていながらも上半身をこちらに向けていたキャルの方が素早かった。
「そんな御託はどうでも良いのよ!っていうかそんな諺を知っているなら尚更起こしなさいよ!」
「はい。ごめんなさい」
セインの襟首を鷲掴みにして、まだ拳を作ったままのキャルに、セインは迫力負けして、再び謝った。
「じゃあ、一緒に星見をしようか?」
ごそごそと、何をしているかと思えば、はい、と、カップを手渡された。
「え?」
思わず受け取って、両手で持っていれば、とぽとぽと紅茶を注がれた。
「ほんとはねー、僕もキャルと一緒に星を見たくて、起こそうかどうしようか悩んでたとこだったんだ」
そう言うと、セインは自分のカップにも紅茶を注ぐ。
セインの影に隠れて見えなかったが、すぐ傍に、紅茶のセットが置いてあった。そして、このタイミングで紅茶が注がれ、キャルが手に持っているカップには、呆然としている間にとっとと角砂糖とミルクが注がれて、ご丁寧にも、くるくるとスプーンでかき混ぜられた。と、いうことは。
「紅茶淹れてみたまでは良かったんだけど。あんまり気持ち良さそうに寝ているから、どうしようかなあって」
「セインって、間抜けは間抜けだけど、時々底抜けに間抜けよねえ」
かき混ぜられて、カップの中でクルクルと回る液体を見詰めて、キャルはしみじみと呟いた。
「酷いな。そこまで言う事ないじゃないか」
「だって、星に気がついて、紅茶飲みながら見ようって思いついて、いそいそ準備して、あたしの分まで用意して、その肝心のあたしを起こそうとしてから起こすべきか悩んだんでしょ。目に見えるようだわ」
一連の自分の行動を言い当てられて、セインはぴしりと固まった。
「な、なんでわかるの?」
「状況証拠が揃っているもの。すぐ出てきた紅茶も、カップが二つあるのも、そういうことでしょう」
セインは時々、キャルは探偵にでもなったら良いのではないかと思う。
「うん。美味しいわね」
一口飲んで、満足そうにキャルが笑う。
「えへへ」
キャルの笑顔につられてセインも笑う。
「キャルとこうして、星が見れるの、嬉しいな」
「はいはい」
いい加減な返事をしつつ、キャルも嬉しく思う。だって星は綺麗で、紅茶が美味しい。
その紅茶が、いつもより甘いのは、きっとセインが角砂糖の量を間違えたからだ。
二人で空を見上げて、のんびりとした時間を過ごす。こんな日が、たまにはあってもいいだろう。
暫くして、星座の講釈を始めたセインの話が長くなり、うんざりしたキャルに殴られるのは、この二人らしい出来事だった。