9話
「ぎゃはははは! ずいぶん勇ましい姿だなぁ!」
キュリアを囲む盗賊たちの笑い声が響き渡る。キュリアが手にしているそれはどこにでもある箒で、武器にするにはあまりにも頼りなかった。
「そんなんで俺たちに太刀打ちできると思ってんのか?」
盗賊の一人が短剣を見せびらかすように近づいてくる。そいつの腕を、キュリアは箒の柄で打ち付けた。
「痛っ! こいつ……!」
武器を取りこぼした盗賊に、キュリアはそのままくるりと回転して強烈な蹴りを食らわせた。
「気をつけろ、こいつ武術の心得があるぞ!」
背後から襲い掛かってきた相手に箒の先を顔面に押し付け、ひるんだところを振り向きざまに殴りつける。
「つ……強いじゃないか」
盗賊たちは意外なキュリアの強さに驚くが、一番驚いていたのはスガルだった。屋敷では武器を持っていなかったとはいえ、彼女はほとんど抵抗しなかったからだ。こんな強さがあったなんて、全く知らなかった。
オーク族は強靭な肉体を持つが、その強さの源はほぼすべての者が武術の心得を持っていることだ。子供の頃からチャンバラじみた遊びで慣れ親しみ、文字の読み書きよりも先に武器の使い方をおぼえるとされている。
女性であるキュリアも例外ではなかった。
次に襲ってきたのはキュリアよりも背の高い大男だ。岩のように屈強な肉体で、細い箒では殴りつけても効きそうにない。
「そんな棒きれ通用しないぞ!」
しかし、キュリアは構えを変えると、大男の脛を思いっきり突いた。
「があああ!!」
流石にここを叩かれてはどんな者でもひとたまりない。脛を抱えて悶える大男の顔面に、軽快な飛び蹴りを食らわせ気絶させる。
「頼りにならない部下どもだねぇ!」
盗賊の頭の短剣が襲い掛かってくるのをとっさに箒で防ぐが、そのせいで真っ二つにされてしまった。
「これで武器はなくなったよ。こんどこそお終いだね!」
素早い動きで迫ってくる盗賊の頭領に、キュリアは折れた箒の柄を投げた。反射的に防いだ頭領に近づき、その腕をつかむと自分の背後に全力でぶん投げる。
「ひゃあああああ!!」
盗賊の頭領は間抜けな悲鳴を上げて、下水道の流れる汚水の中に沈んでいった。盗賊は全滅して、残りはシンキンただ一人だ。
「あわわ……ち、近づくな! こいつがどうなってもいいのか!?」
シンキンはスガルを無理やり引き寄せて、懐から短剣を取り出して彼に突き立てた。苦し紛れの悪あがきだが、人質を取られてはうかつに手を出せない。
「やれやれ、こんな悪あがきなんかして無駄なのに」
「黙ってろ! お前さえいれば計画自体は問題ない……!」
シンキンがさらにスガルを引き寄せると、縛っていた縄がはらりと解ける。体勢を崩したシンキンの顔に、スガルが強烈な回し蹴りを食らわせた。
「ふぎゃっ!」
壁まで吹っ飛んだシンキンはそのまま気絶してしまった。
「大丈夫!? けがはなかった?」
「僕は全然。元からこうするつもりだったし」
どうやらスガルは分かっていて捕まっていたようだ。隠れ家と目的を知った後で隙を見て逃げ出し、それから部下を呼んでシンキンたちを捕まえるつもりだったのだ。
「さすがにお姉さんがいたのは驚いたけど、それより何で屋敷の時は戦わなかったの? こんなに強いなんて知らなかったけど」
「それは……」
少しの思案の後、キュリアはとても恥ずかしそうに答えた。
「そんな乱暴な姿を見せたら、怖がられちゃうと思ったから……」
オーク族とはいえキュリアは女性だ。それなのに武器の扱いに長けている事を見せてしまったら、また他の種族に怖がれるものと思っていた。それを彼女は気にして、今まで人前で見せなかった。
それを聞いたスガルは最初きょとんとしていたが、いきなり吹き出した。
「それが理由? 自分のピンチだったのに!」
でも、そんなキュリアの性格を、スガルはすっかり気に入った。
「そろそろ行こうか。このことを屋敷の部下たちにこの事を伝えに行かないとね」