5話
声を上げたのはじいやと呼ばれた老エルフだった。
「このオークは賊の仲間です! 我々エルフの土地で捕まえたのですから、そんな所まで行かずともこの場で吐かせればいいのです!」
「そんなことしないぞ。彼女には賊を捕まえる手伝いをしてもらう」
スガルがそういうと、今度は周りにどよめきが起きた。捕まえた盗人を無罪と言っているのだから無理もない。もっとも、キュリアは盗人ではないが。
「少なくとも、彼女は盗人ではないことはボクが保証する。賊はヤーニウクで彼女のような者を集めていたなら、聞き込みをすれば情報が手に入る可能性がある」
スガルはキュリアを縛っていたロープを解く。解放されたキュリアは立ち上がることもせず、ぽかんとしている。
「無礼を許してほしい。じいやは100年以上前から生きていて、異種族に対する偏見が強くてね……」
キュリアが頷くと、スガルはにこりと笑いかける。再び真剣な面立ちになると、部下に向かって叫んだ。
「異議があるものはいるか!」
「私は反対です!」
じいやと呼ばれた老エルフが反対したが、その反応を予測していたようにやれやれとスガルはため息をついた。
「まだ文句があるのか?」
「当たり前です。なぜこの者を信用できるのですか! こいつはあの野蛮で凶悪なオーク族なのですよ?」
「ボクはヤーニウクで彼女と話したことがある。少なくとも野蛮で凶悪などというのは間違いだぞ。それに、お前たちが捕まえたときも彼女は何も抵抗してなかったじゃないか」
少し会話をしただけなのに、スガルがオーク族への偏見にとらわれず、自分を信じてくれた事にキュリアは目頭が熱くなって慌てて目元を押さえた。
「ボクはこれから衛兵たちと賊を追って森を調べるが、彼女には部屋を貸してやってくれ。ボクの友人として粗相のないように」
そう言って、スガルは衛兵を連れて外へ出ていく。取り残されたキュリアは召使のエルフたちに案内され、客用の寝室へ通された。流石に主人であるスガルから言われた通り、客の様に扱われたが、とてもぎこちなかった。
部屋は町の宿よりも上等で、ベッドもふかふかで気持ちいい。それでもキュリアは緊張と不安でほとんど寝ることはできなかった。
太陽が昇った頃にスガルは戻ってきたが、盗賊たちは捕まらなかった。そのままスガルはキュリアとヤーニウクへ向かうことになったが、じいやだけはキュリアをじっと睨みつけていた。
「あの、本当によかったの、でしょうか? その、屋敷にいた護衛とかいなくて……」
「そんな堅苦しく話さなくてもいいよ。護衛の兵士たちがいるとかえって目立っちゃうし、彼らはあまり町が好きじゃないんだよね」
山狩りから戻ってきたスガルは少し眠そうにしていたが、そのまま今度はキュリアと一緒に町までやってきた。
「寝てないのに戻ってきてすぐヤーニウクに行って大丈夫なの?」
「これくらいいつものことだから平気だよ。それよりこれからだけど……」
「町の人たちに盗賊の聞き込みをするんでしょ?」
キュリアはヤーニウクで配達の仕事と偽って、盗賊の片棒を担がされた。きっと、自分のように声をかけられた人が他にもいるはずだ。そういう人たちを見つければ、盗賊の居場所がわかるかもしれない。
「もちろん、お姉さんはそっちを頼みたいんだ。僕は町長やギルド長たちに掛け合って情報を集めてこようと思う」
「町長やギルド長って?」
「この町を管理している人たち。盗賊たちがこっちの領地にいるとすると、僕だけの権限では部下を送って調査はできないんだ。他の領主やそういう管理人たちの許可が必要になる」
運営をしてる人たちってかなり偉い人たちなんじゃ……改めて目の前のエルフ族の少年が只者でないことをキュリアは感じた。
「町長はいつもヤーニウクにいるわけじゃないからすぐには会えないけど、ギルド長は商工ギルドか町の住居にいるだろうから、先にそっちから向かおうと思ってる。もし、僕の帰りが遅かったら衛兵の人たちか屋敷のじいや達に連絡して。じゃあ、また後で合流しようねお姉さん」
そう言って、スガルはぱたぱたと走って行ってしまった。スガルを見送った後、キュリアは自分の冤罪を晴らすためにも、逃げた盗賊について聞き込みを始めた。