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ヒスイの姫物語~あるいは女性オークがエルフの少年と結ばれる話~  作者: 八田D子
第一部 出会いあるいは無垢ゆえのトラブル
4/20

4話

ともかく、もし屋敷の住人に会ってしまったら間違いなく怪しまれてしまう。

「ええと、どうしよう……」

 ちらりと部屋の中を見ると、書斎のようでたくさんの本が並んでいた。

「剣の女王、聖母の教え、大陸見聞録……エルフ族はたくさん本を持ってて羨ましいなぁ……」

 エルフ族は様々な知識や技術を持っているが、こうした製本技術もその一つだ。共通語に訳された本は、まだ同族の集落にいた頃のキュリアに外の世界の事をたくさん教えてくれた。

 エルフ族が作った美しい調度品、人間族の多様な料理、獣人族の風変わりな風習……どれもが戦いに明け暮れたオーク族にはないものだった。

「それにしてもたくさんあるわ。こんな時じゃなかったらみんな読みたいのに……」

「あれ、そこにいるのは町にいたオーク族のお姉さん?」

「うひゃあ!?」

 突然声をかけられて情けない声を出してしまった。振り返ると、前に町で見たエルフ族の少年がそこにいた。

「な、なんで君がここに?」

「なんでってここはボクの家だよ。寝る前に本を見ようと思っていたら、お姉さんが突然入って来たんじゃないか」

 まさかこんなところで顔見知りに出会うなんて……ここが家という事は、彼はエルフ貴族の子供だったのか。

「それで、お姉さんはどうしてここに? なんか部屋の外が騒がしいけど」

「ええと色々あって……」

 説明しようとしていたら、部屋の外からこちらに向かってくる足音が聞こえる。多分雇い主の女性が迎えに来てくれたんだ。彼女に説明してもらおう。

 しかし、キュリアの予想は外れ、部屋に入ってきたのは屋敷の住人のエルフたちだった。彼女を見るなり、エルフたちは叫んだ。

「盗人の一味を見つけたぞ! 取り押さえろ!」


 エルフ族は主にテレベン大陸の森林部に住む種族で、他種族に比べて進んだ技術と知識を持っていた。森の生活の中で培われた動植物への深い知識、薬草調合などの薬学、他種族は持ちえない製紙技術、生物の構造に通じさせてきた一方で、その知識や技術はエルフ族だけで使うべきと他種族には頑なに秘密にしてきた。

 そのため、秘密を脅かすような存在が現れた場合、彼らは冷酷で情け容赦ない敵対者となって立ちふさがる。

 エルフ族だけに限ったことではないが、彼らはオーク族を野蛮で堕落した存在だと考えていた。

 しかし、オーク族からしたらエルフ族の方が堕落した存在だった。まやかしを使って他種族を混乱させる。ゴブリンでも10年経てば忘れることを、エルフ族は100年経っても恨み続けると言われる。腹の中では何を考えているか分からない、陰険な種族だと。

 そんな長い敵対関係も昔の事で、今は種族の壁を越えて平和な時代を築こうとしている。だからエルフ族とも話し合えばわかってくれるとキュリアは思っていた。

 なのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。キュリアは町でこのエルフ屋敷へ配達の仕事があるからと引き受けただけなのに、雇い主はいつの間にか消えて、身体を縛られた状態でエルフたちにとり囲まれているのか。

「こいつ、オーク族なのにほとんど抵抗しなかったな。暴れられたらもっと厄介だった」

「盗賊の奴らはこいつを残してみんな逃げてしまったようです。こいつは町の連中に引き渡しましょうか?」

「いや、ここは我々の領地だから引き渡す必要はない。それよりも逃げた連中の事を何か知っているはずだ。締めあげて問いただす方がよかろう」

 目の前で年老いたエルフと衛兵が恐ろしいことを相談している。元々、エルフとオークは古くから対立していた関係だ。それだけでキュリアに対する心証は最悪なことだろう。

「私は何も知りません。ただ仕事で、このエルフの屋敷に葡萄酒の配達をしに……」

「黙れ。こちらが聞いたこと以外に口を開くな!」

 老エルフが大声を張り上げる。こちらの話を聞く気は全くない。これでは何も知らないと言ったところで、信じてもらうのはまず不可能だろう。

「このオーク、如何しますか?」

 老エルフがエルフ少年に耳打ちする。これだけの騒ぎになっているのに屋敷の主人は未だに出てこない。

「スガル君、彼らに私は無実だと言って……それとここの主人にも説明して……!」

 今頼りに出来るのは彼しかいなかった。少年は無言のままだったが、周りのエルフたちの血相が変わったことに気づく。

「貴様、なんと恐れ多い事を!」

「このお方が屋敷の主人、アルブシア・フレィ・スガル様であるぞ!」

 老エルフが怒鳴り声を上げる。この少年が主人だって? それなのに、馴れ馴れしく名前を呼んで助けを求めてしまった。周囲のエルフ族たちの怒りをひしひしと感じた。

「じいや、そんな事は別にどうでもいい。それよりもこれからの処遇だが……」

 スガルは町で会った時とは別人の様に、大人びた態度をしている。主人というのは間違いないようだ。

「まず、じいやは何が盗まれたか他の召使いと共に調べてくれ。衛兵たちは逃げた賊の足取りを追って森へ。そしてこの者には……」

 部下にてきぱきと指示を送り、最後に私の方を見た。一体どんな刑罰を受けなければならないのだろうか。あまり痛くないのがいいけども……。

「僕と一緒にヤーニウクへ行き、逃げた賊の調査を手伝ってもらう」

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