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ヒスイの姫物語~あるいは女性オークがエルフの少年と結ばれる話~  作者: 八田D子
第一部 出会いあるいは無垢ゆえのトラブル
3/20

3話

 協定が結ばれた後、種族間の交流を図るための町が、大陸各地に建てられた。ヤーニウクもその一つで、大陸の最も西方に建てられている。

 ここより西方は城壁山脈を境にビルガルス荒野や砂漠が広がる不毛の地で、かつてはこの山脈を越えてオーク族の襲撃が繰り返されてきた。元々エルフ族の領地にも近いため、幾度となく戦争が行われた防衛線の要地であった。

 交流地が各地にできた後、この地を治めるとあるエルフ族から領地の一部を分譲され、建設されることになった比較的新しい町だ。

 統治しているのは領主ではなく、住民たちから選ばれた市長と種族混合で集まった職人や商人の組合である商工ギルドの代表たちであった。

「残念だけど、よそ者にやれる仕事はないよ」

 商工ギルドの建物の中は多くの人間族でごった返していた。キュリアの横を商人たちがめぐるましく荷物を運び入れては、どこに持っていくか、中身は何なのか声を張り上げて取引をしている。

 キュリアは受付の眉間に深いしわの刻まれた人間族の男に仕事が欲しいと頼んでみたが、その答えが前述の言葉だった。

「どうしても働きたいんです! お願いします!」

「ちゃんとしたギルドの紹介がなければ仕事はやれんよ」

「じゃあどうしたら、その紹介とやらがもらえるの?」

「ギルドに入っていれば貰えるさ」

 これ以上話を続けても、らちが明かないと思ったキュリアは、諦めてギルドから出ることにした。

「こうなったら町中の店を直接回って雇ってもらわなきゃ…」

 きっとどこか一軒くらいは雇ってくれるものと直接交渉をしていった。仕立て屋、雑貨屋、鍛冶屋に自分が借りてる宿屋……けれども、どこも彼女を雇ってくれなかった。

「荷物運びでもいいんです。この通り体力には自信あるんです!」

「オーク族? そんなの雇ったら客が怖がって店に来なくなっちゃうよ。それにギルドの一員でもないやつなんかお断りだね」

「すまんな。勝手な事して商工ギルドに睨まれでもしたら、この町で仕事が出来なくなっちまうんだ……」

 そう言われてどこの店でも断られてしまった。せっかく働くために外の世界に出てきたのに……別の町で仕事を探すべきだろうか、そうするにしても資金が必要だ。

「どうしよう……何をするにもお金が必要なんて……」

「そこのあんた、あんただよオーク族の嬢ちゃん」

 途方に暮れていると、人間族の女性に声をかけられた。鋭い目でこちらを品定めするようにキュリアの全身を眺める。

「仕事を探してるんだって? もしそうなら、頼みたい仕事があるんだけど……」

「本当!? ぜひやらせて下さい!」

 藁にもすがる思いでキュリアは女性に詰め寄った。あまりの必死さに声をかけた女性の方がたじろぐほどだった。

「ええ……ちょいとした荷物の配送を手伝って欲しいのさ」


 人間族はテレベン大陸で最も広く分布している種族だ。海辺や川辺を中心に古くから他種族と関りを持ちながら、その地域に合わせて柔軟に対応してきた種族で、排他的なオーク族とも交流をしている者も少なからずいるという。

 しかし、あまりに数が増え、一時期は他種族を駆逐して大陸全体を人間族だけで支配しようとしていた時期があった。皮肉にもそのおかげで人間族と戦うために他種族は同盟を組むことになり、協定が結ばれた現在は人間族を含めた種族間の垣根を越えて交流するようになった。

 夕暮れ時の町の外。指定された場所に行くと人間族の女性が待っていた。正直な所、キュリアはどんな仕事か少し不安だったが、なんてことはない荷物の配達の仕事だった。

「町から少し離れた森の中に、エルフ族の屋敷がある。そこで夜に宴を行うから、葡萄酒を持ってきてくれと頼まれていてね」

 女性の後ろには酒が入っているであろう大きな樽が、いくつか荷車に乗せられていた。人一人が入れるほどの大きさで、これを運ぶのは例え人間族の男でも骨が折れるだろう。しかし、せっかく受けた仕事なのだからとキュリアは張り切って荷車を引き始める。

「これくらい平気です! もう日が暮れるし急いで持っていきましょう!」

「慌てなくてもいいよ。宴は遅くまでやるそうだから、ゆっくり持っていきましょ」

 エルフ族の屋敷は町から北の森の中。そこまで荷物を運んでいくのが仕事だ。少し距離はあるが、キュリアは自分がオーク族であることに感謝した。

「町の近くにこんな森があるけど、そこはエルフ族の領地だから勝手に伐採したりしちゃいけないんだそうだ。あたし達には関係のない話だけどね」

 薄暗い森の中、雇い主の人間族の女性はそんな事を教えてくれた。町の中では犯罪を起こすと決められた法律で罰せられるが、エルフ族の領地の中で罪を犯した場合は、エルフ族の法律で罰せられるのだ。話を聞きながら歩いているうちにすっかり日も落ちて、明かりがなければ先が見えない程、森の中は真っ暗だ。

「さあ向こうにお屋敷が見えてきたよ」

 暗闇の向こうに壁や屋根に獣の装飾が彫られた大きな屋敷が見えてきた。外観にも気を使って建てられている様は、技術に優れたエルフ族らしい豪華な建物だ。窓からは屋内の明かりが漏れていることから、ちゃんと人が住んでいる事が分かる。しかし、宴をしているという割には少々暗く感じるし、楽しんでいる声も聞こえてこない。

「止まれ、お前たちこの屋敷に何の用だ?」

 屋敷の前には肌の黒いエルフ族が立っていた。どうやら屋敷の見張り番のようだ。こちらに気が付くと、持っていた槍の切っ先をこちらに向ける。

「頼まれた荷物を持ってきたんですが……」

「荷物? 頼んだお覚えはないぞ」

 ちゃんと話が通ってない? どうしようか雇い主に聞こうとしたが、さっきまで隣にいた彼女の姿が消えていた。

「動くんじゃないよ」

 雇い主はいつのまにか見張り番の背後に回って、その首に刃を突き付けていた。

「出てきなお前たち。仕事だよ!」

 見張り番を気絶させて雇い主が声を上げると、葡萄酒が入っていたはずの樽の中から次々と人間族が出てきた。

 何が起きてるのか状況が分からず、キュリアは混乱していた。

「落ち着いて、あたしたちはちょっとお仕事でこの屋敷に用があるの。あなたもこっちにきて」

 そう言って、雇い主の女性はキュリアを屋敷の中につれていく。薄暗くて人の姿は見えないが、にわかに騒々しくなってきている。

「あなたはそうね、そこの部屋にいなさい。後で迎えに来るからそれまで部屋の中にいるのよ」

 はんば押し込む様にキュリアは部屋に入れられるが、何かとんでもないことに巻き込まれてしまった気がした。

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