2話
口から覗く鋭い牙、黒緑色の屈強でたくましい肉体を持つのがオーク族の特徴だ。テレベン大陸西方にあるビルガルス荒野は、水も少なく荒涼とした過酷な土地のため、生きていくためには他所の土地に乗り込んで、食料や資源を奪うしか手段がなかった。
そうやって生き延びてきた歴史から、オーク族は好戦的で野蛮な種族だと、今でも他種族からの偏見は根強かった。
ヤーニウクという名の町はキュリアの想像以上だった。石造りの建物、露店が並び、売られている商品もキュリアの故郷では見ることのできなかった物ばかりだ。
「そこの人、一本どうだい?」
声をかけてきたのはゴブリンの屋台商人だった。ゴブリンはオーク族の中では珍しく友好的な人々で、キュリアの故郷にも行商人をやっている者が外の世界の物を取引しに来ていた。そこで見た様々な物が、唯一外の世界を知る手段で、キュリアは外の世界に憧れるようになった。
愛想よくニヤニヤと笑いながら売り物らしい串焼きを見せびらかしている。
ちょうど町についたら食事をしようと思っていたところだ。同族のよしみで購入することにした。
「一本、銅貨五枚だよ!」
「それじゃあ、一本いただいてもいいかしら?」
「この町ではここが一番安いんだ! 一本と言わず何本でも買ってくれ!」
しかし、串焼き一本でもこれだけ使うとなると、手持ちはあっという間になくなってしまう。どうしようかとキュリアが悩んでいると、小さな影が横からひょこっと割って入った。
「おっさん、嘘つくなよ。いつもはもっと安い値段で売っていただろ」
人間族の子供かと思ったが、鳥の羽の様に大きく伸びた耳からエルフ族のようだ。
「この前もそうやって来たばかりの旅人を騙して高く売りつけていたろ。町の評判が落ちるからやめなって」
「またお前か!がきんちょが余計な事言うんじゃない。商売の邪魔だからとっとと失せろ!」
どうやら、このゴブリン商人は商品を普段より高く売りつけるつもりだったらしい。危うく騙されるところだった。
「いつもは銅貨二枚で売っているじゃん。倍以上も高く売るのは酷いんじゃない?」
「ギルドの連中が材料費を釣り上げたんだ! 今までの値段じゃ店をたたむ事になってしまう!」
ぎゃあぎゃあと口論する二人を後目に、どうしたらいいか分からずキュリアは言い争いを眺めていた。
「とにかく、買わないんだったら帰った帰った! 商売の邪魔だ!」
「ちゃんと買うよ。ほら、銅貨四枚やだから串焼き二本貰うよ」
「おい待て、勝手に決めるな……!」
「行こう、お姉さん」
エルフの少年は串焼きを二本手に取って商人に銅貨を押し付けると、キュリアの手を引いてその場を後にした。
「はい、お姉さん。一本どうぞ」
着いた先は街の中央広場だった。大きな噴水が中央に据えられていて、そこから流れる水の音が心を落ち着かせる。エルフの少年は噴水の縁に腰掛けて、先ほど買った串焼きをキュリアに差し出した。
「ありがとう……」
少し前にオーク族というだけで怖がられたのに、このエルフ族の少年はキュリアの事を少しも怖がらなかった。
後頭部で結わえた銀色の髪、雪のような白い肌はキュリアの種族では見られない。男とは思えない美しさについ見とれてしまう。
「この町は初めて? 共通語も話せるんだね」
「故郷から出てくる前に、自力で勉強してたの。色んな人がいる町に住むのが夢だったから」
故郷にいた頃キュリアは周りに内緒で、行商人からこっそり外の世界の本を手に入れていた。故郷には他に外の世界の本を読む者はほとんどおらず、キュリアのような存在は珍しかったため、商人の方も親身になって言葉を教えてくれた。
「どうしてそんなに頑張ってこの町に来たの?」
「ほら、私の種族って他の種族から怖がられることが多いでしょ? だから、そんなことないってみんなに知ってほしくて…」
長い間続いた争いも終わって平和になり、もっと外の世界を知って他種族と仲良くしたいとキュリアは思っていた。オーク族は怖い種族じゃないと知ってもらいたいのだ。
「そうなんだ。でも気をつけなきゃだめだよ。世の中ってああやって人を騙そうとするやつもいるんだから」
「ありがとう。でも、こうしていい人にも出会えたわ。君みたいな人にも」
「へへ、ちょっとこそばゆいな。まあ、あのゴブリンのおっさんもそんな悪い人じゃないはずなんだけどね。ちょっと金にがめついだけでさ」
エルフ族の少年は照れながらむしゃむしゃと串焼きを頬張る。キュリアが知っている他種族の情報では、エルフ族はずる賢く陰険な種族だというものだった。
もっとも故郷で大人たちから聞かされたもので、実際にこうして話をしているエルフ族の少年を見ると、気さくで聞いていた話とは全く違うものだと思った。
「君、この町の事よく知ってそうだけど、どこかで働ける場所は知ってる?」
「うーん、それなら商工ギルドだと思うけど、飛び入りでも雇ってもらえるかな?」
串焼きを食べ終えると、エルフ族の少年はすくっと立ち上がった。
「ごちそうさま。じゃあボクはこれで」
「あ、串焼きのお礼……」
「それぐらい別にいいさ」
「名前だけでも聞かせてちょうだい」
「スガルって言うよ。じゃあね、お姉さんも頑張って」
そう言って手を振りながらエルフの少年は去って行った。一人残ったキュリアはまだ口をつけてなかった串焼きを頬張った。ただの串焼きでも初めて友好的な他種族と交流できた喜びと達成感で、とても美味しく感じた。