19話
祭りは数日に渡って開催される。この日は外からも行商人が多く来て、珍しい物が市場に並び、町中が活気で溢れる。一方で下心を持った者も出てくるため、衛兵にとっては忙しい期間でもある。
つい最近は商業ギルドのマスターが変わったりと大きな事件もあったため、祭りの開催自体も危ぶまれていたが、無事開催されて町の人々からは安どの声が漏れた。
これもヤーニウクに住む人々を思う市長と、現ギルドマスターたちのおかげである。
そんな町中が浮かれている中、キュリアは一人工房で黙々と作業を行っていた。この日はドワーフの親方は朝から市場で配られる酒を飲みに行き、ジニナはロマンチックな出会いを求めて外に出ている。
外から聞こえてくる喧騒に耳を澄ませると、キュリアも参加したい衝動に駆られるが、そんな邪念を吹き消すように作業に没頭する。
きっとスガルは今頃、町にいたハイエルフ貴族や市長といったヤーニウクのえらい人たちと祭りを楽しんでいる事だろう。
工房のドアが開く音が聞こえた。二人が帰って来たのかと思い、振り向くとそこにはスガルの姿があった。
「やっぱりここにいたんだ」
「スガル、祭りの方はどうしたの?」
「疲れたからちょっと抜け出してきちゃった。ちょっとここで休ませてもらっていい?」
断る理由もなく、隣に座ったスガルを見ながら再び作業を開始する。妙な気まずさを感じながら、しばらく作業を続けているとスガルの方から口を開いた。
「どうしてキュリアは祭りに参加しないの?」
突然の質問にどう返したらいいか分からず、キュリアは悩んだ。
「それは、まだ仕事が残ってて……」
これは嘘だ。ドワーフの親方に自分から頼み込んで仕事を用意してもらっていた。
「本当に?」
「……なんだか不安になっちゃったの。町に出るのが」
観念してキュリアは本当の理由を話した。
「他の人たちを見てたらみんな可愛いんだもの。私は可愛くないのに……」
自分はオーク族だし特別可愛いわけでもない事は自覚していたので、これまであまり気にしてこなかったのに、ヤーニウクで色んな人々を見てきて、急に自分に自信がなくなってしまった。
着飾った他の種族の女の人たちはとてもきれいで、美しくて、同じ女性とは思えないくらい輝いて見えた。
「だから、スガルも他の可愛い子と一緒にいた方が……」
「キュリア」
スガルの翡翠のように美しい碧眼が自分を見つめる。
「僕は君がとても可愛いと思うよ。誰よりも」
思いがけない言葉にキュリアは驚いた。
「そんなこと言われたって、信じられない……だって……!」
「僕もこの町で色んな人を見てきた。だから、自分の知っていた事や考えていた事はこの世界のほんの一部だって事も分かっている」
スガルの小さな手がぎゅっとキュリアの手を握る。
「でも、それは決して嘘や間違いなんかじゃないって思っているんだ。キュリアの事が好きだって」
胸が高鳴る。顔に熱が集まってくるのを感じる。スガルの口から好きだと発せられたことに。
「でも、私は可愛くないしエルフ族じゃないオーク族なのよ…?」
種族も風習も価値観も違う、歴史においてはいがみ合う敵同士だった。そんな二人が一緒になったという話はどんな物語でも聞いたことがない。
「僕は構わないよ。そんなキュリアだから好きになったんだ。それとも、キュリアは僕の事を嫌い?」
意地悪な質問だ。嫌いなわけはなかった。だからこそ、こうして悩んでいるのだから。
「私もあなたの事が好き」
言葉にしてようやく気付いた。自分はスガルの事を好きになっていたのだ。だから、種族の違う自分が彼と一緒にいていいのか悩み始めたのだ。
「ありがとう、僕も嬉しいよ。じゃあ、これからデートしない? 外は祭りをやっているからさ」
不安はなくなったわけではない。それでも二人で初めての祭りを楽しみたいと思った。