12話
今のキュリアはドワーフ工房に住み込みで働いている。この日は工房の方も休みのため、朝の鐘が鳴りだした頃に約束通りヤーニウクの正門前へ向かった。
既にスガルが到着して待っていたが、普段町で見るのとは違う格好をしていた。緑色のマントとフードが一体化したような服を着ていた。
「これは旅人や狩人が着る服。キュリアはちゃんと準備してきた?」
キュリアは故郷を出てこの町にやってきた時のままの格好だった。
「私、これしか持ってないの……」
「そうなの? でも、何かあったら僕が守るから安心して!」
そう言って、スガルは先導して歩き出し、キュリアは疑問に思いながらその後に続いた。
「ねえ、護衛とか連れてこなくて大丈夫だったの?」
ヤーニウクから出て街道を歩きながら、キュリアは前を歩くスガルにそう尋ねた。スガルはエルフ族でもかなり高い身分のようだが、護衛を連れているのをほとんど見たことがない。
「大丈夫だって! 戦争の時代ならともかく、これからは平和になっていくんだから、いちいち護衛なんか連れ歩く必要なんてなくなるよ」
「そうは言っても……」
ちらりと背後を確認する。実は何者かがついてきている気配がするのだ。正体は分からないが、確実に自分たちが狙いだろう。
「分かってるって。エルフ族は森の中でも獣の足音を聞き分けられるくらいには耳がいいんだ。道沿いの茂みに隠れている連中だろ? 他にも隠れてる奴がいないか様子を見てたけど、いるのは3人だけみたい」
スガルはくるりと振り返った。
「そこに隠れているのは分かっているぞ。大人しく出てこい!」
何者かが隠れている方を見ながらスガルが声を上げると、隠れていた連中が姿を現した。フードを深くかぶっていて正体は分からないが、キュリアより少し背の低い者が2人、もう1人はキュリアよりも背が高い。
「ずっと後をついてきたみたいだけど、何が目的なの?」
「そこの女オーク、貴様に用があるんだ」
「え、わたし?」
「クァイド・シンキンの名前を忘れたとは言わせないぞ」
シンキンという名前に聞き覚えがあった。キュリアのいるヤーニウクで商工ギルドのギルドマスターをしていた人間族の男だ。その権利を悪用して他種族を町から追い出そうとしたり、そのために山賊を雇ってスガルの屋敷からエルフ族の技術書を奪おうとしていた。
しかし、そのたくらみに巻き込まれたキュリアとスガルによって阻止されて、雇った山賊たちと一緒に衛兵に引き渡された。
「どうやら、シンキンの元部下かな?」
商工ギルドにはシンキンの企みに関与していた者もおり、シンキンが捕まった後は彼らも全員衛兵に捕まったものと見られたが、まだ逃れた者がいたようだ。
「貴様に台無しにされた恨みを晴らすために、腕の立つやつを雇ったんだ!」
そう言って、一番背の高い者が前に出てきた。フードを脱いだその下からはキュリアと同じオーク族だった。
どうやらオーク族の腕に自信のある者を雇ったようだ。キュリアは警戒する。
「おい、女とガキが相手なんて聞いてないぞ」
オーク族は不慣れな共通語で後ろの2人に文句を言いだした。
「金は出したんだ。文句言わずに言うとおりにしろ」
オーク族は舌打ちをするとキュリアたちを睨みつける。
「女、雇い主の命令だ。大人しく殴られろ」
一方的に告げて、オーク族が向かってくる。ただで殴られるつもりはないが相手は同族だ。その強さは十分知っている。
どうするべきか考えていると、スガルが前に立った。
「ちょっと待った。僕もいるのに勝手に話を進めないでよ」
「危ないわスガル!」
「何だ? このちびは?」
「キュリア、これは君に全部押し付けた僕の責任だ。だから、ここは僕に任せて」
スガルはそう言って、腰に下げていた剣を抜いた。どうやらキュリアを守るためにオーク族と戦うつもりのようだ。