11話
町の一角にあるドワーフの工房から、けたたましい怒鳴り声が響き渡った。
「この枯れた葦め!」
小柄な者が多いエルフ族のドワーフが自分よりも大柄なオーク族を怒鳴りつけていた。種族は違えど、ここの工房の従業員らしい。怒られて身を縮こまらせて項垂れている。
「また失敗したな! これじゃあ木材がいくつあっても足らんわい!」
「ごめんなさい……」
オーク族は素直に謝罪するが、それからも説教が続いた。
彼女はキュリアという名だ。様々な種族が集まるヤーニウクでも珍しいオーク族、しかも女性のだ。
彼女はこのドワーフ工房で働いているが今のように、何度も失敗が続いてこの日も親方のドワーフから大目玉を受けていた。
お昼を告げる鐘が鳴った後も、気持ちを切り替えることができず、一人工房の外で座り込んでいた。
「また怒られちゃった……」
オーク族は野蛮で恐ろしい種族と思われがちだ。実際、何度も他種族へ戦争を仕掛けた歴史があるが、キュリア個人もそうであるわけではない。ある程度戦い方は故郷で習ったけれど、傷つけあうのは好きではない。
故郷を離れてヤーニウクへ来たのも、オーク族の野蛮なイメージを変えたいためであった。彼女が来た時には商工ギルドが人間族以外の種族の商人たちに不当な請求等を行い、他種族に横暴を働いていた。
その商工ギルドの企みに巻き込まれ、危うく片棒を担がれそうになったキュリアだったが、逆に企みを暴いて首謀者であるギルドマスターを捕縛したのだ。
商工ギルドの悪事が明るみになり、ギルドマスターは解任されて数か月が経った。一時は衛兵が駆け回り騒然としていたヤーニウクも、ようやく落ち着きを取り戻したかに見えた。
事件の後、キュリアは町のドワーフの工房で雇って貰え、食器等を作って生活をしているのだが……。
「木を彫るって力加減が難しいな……オーク族には繊細な仕事って無理なのかな……?」
工房でキュリアは木を彫って簡単な装飾を付ける仕事を始めた。少しでも女性らしい仕事をしたいと思って選んだけれど、上手くいかずに失敗続きですっかり落ち込んでしまった。そんなキュリアの下に、見慣れた訪問者がやってきた。
「やぁキュリア! 暗い顔してるけどどうしたの?」
「あら、スガル……様?」
「もう! そんな畏まらなくていいよ!」
このスガルという少年はエルフ族だが、キュリアがヤーニウクで出会った初めての友人だ。
「この格好をしている時は、公務や地位とは無関係だから……キュリアも疲れるでしょ?」
「そうは言っても……」
スガルは見かけは幼い少年の様だが、実際はヤーニウク近隣の地を治めるエルフ族の領主だった。多忙な領主の仕事の合間に、一般市民に扮してヤーニウクを訪れる事を趣味にしていた。その時に町に着いたばかりのキュリアは彼と出会い、後から身分を知ってとても驚いた。
エルフ族とオーク族は古くから敵対していた歴史があるにもかかわらず、スガルは偏見もなくキュリアに接してくれた。
商工ギルドの事件の時、キュリアとともに事件解決へ導いた当事者であるが、本人は顔と名前が知られると町に行きにくくなるという理由で、その手柄をキュリアへ譲っている。今ではヤーニウクにある商工ギルドで臨時のギルドマスターも務めている。
「とにかく、畏まるのは禁止! それよりキュリアは何があったの?」
キュリアは仕事が上手くいかないことを話した。スガルはしばらく考えていたが、何か思いついたのかぱっと表情を変える。
「そうだキュリア、明日時間取れる?」
「多分できると思うけど……親方に相談してみなきゃ」
そう言ったものの、今は仕事で役に立たないからいてもいなくても変わらないと親方に言われそうで内心へこんだ。
「ボクも明日は予定が空いているから、朝の鐘が鳴ったら正門前に来て! ちょっと遠出になるけど、一緒に行きたいところがあるんだ!」
場所と時間を決めるとスガルはすぐに帰っていった。どこに行くのかは最後まで教えられなかった。