1話
エボンマット・キュリアはようやく山を下り、東にあるという街を目指して街道を進んでいた。
外の世界に憧れ、二十歳となった年に自分の一族に外の世界へ出ることを告げた。当然、周りからは猛反対されたが、そんな周囲の反対を押し切って外の世界で生きていくことを選んだ。
気が付くと前方に行商人らしき二人組が見える。なにやらトラブルがあったのか、一人は座り込んで道の真ん中で立ち往生している。
「どうかしました?」
同じ道を行く者同士、困っていたら助け合うもの……そう思いキュリアは声をかける。
「いや邪魔してすまんね、少し足をくじいてしまっただけ……」
彼女を見る二人の顔が見る見るうちに青ざめてゆく。
「追いはぎだぁー!」
「山賊だぁー!」
叫び声を上げながら二人組はものすごい速度で逃げてゆく。足をくじいたと言っていたのに、まるで早馬のような俊足だった。
「えーと、おーい……」
にこやかに話しかけたキュリアだったが、口元から覗く鋭い牙、いかにも山から下りてきた山賊のような格好で、二人組が逃げ出したのも無理はなかった。
彼女は人間ではなく、オークと呼ばれる種族だった。
テレベン大陸はかつて四つの種族が覇権を争っていた。人間族、エルフ族、オーク族、獣人族。
その大陸の西方に住んでいるのが、オーク族と呼ばれる蛮族だった。屈強な肉体に牙の生えた恐ろしい風貌をし、何度も略奪のために他種族へ争いを仕掛ける種族として他種族から恐れられていた。
しかし百年ほど前に種族間で協定が結ばれてからは、そういった悪事からは足を洗い、他種族と交流をするようになっていった。
ただ、一度ついた悪評はなかなか忘れ去られず、今でもオーク族は怖がられている事をキュリアは実感した。
「そんな怖がらなくてもいいのに……傷つくなぁ」
ショックを受けながら再び街道を歩いていると、ようやく町が見えてきた。
石造りの高い塀に囲まれ、その周囲には広大な麦畑が広がっていた。初めて見る景色にキュリアは驚きを隠せず、目を輝かせながら門をくぐる。
「そこのオーク族、止まれ」
門の脇に立っていた衛兵に呼び止められた。彼はキュリアをにらみつけるような目で、全身をじろじろと見定める。
「ふん、見ない顔だな。通ってもいいが問題は起こすなよ」
衛兵の不遜で一方的な物言いに少しむっとしたが、やはりオーク族というだけで警戒されてしまうものらしい。文句を言ったところで始まらないので、忘れて気持ちを切り替えることにした。
この日のためにちゃんと外の世界で使われている貨幣も集めておいた。外の世界で住む場所と仕事を探し、オーク族は悪い種族ではない事を証明しながら、新しい生活を始めていくのだ。