飛ばされた部隊-9
ドラゴンとの戦いが終わり、米独の兵士たちはお互いに勝利したことへの歓声を上げて喜んでいた。
しかし、ドイツ兵の一人が森の広場で叫んだことで、歓声は尻すぼみで終わってしまった。
「こちらに攻撃の意思はない。指揮官は出てきてほしい」
広場の中心に出てきたのは三人いたが、そのうちの一人が白旗を小銃に取りつけて掲げていた。
後方にいるドイツ軍は、中心に居る三人をジッと見つめているが、銃を構えていないことから本当に攻撃する気はないらしい。
モリンズは正式な軍使だと認めて、隠れていたジープの陰から立ち上がった。
「サイラス伍長、白い布か何か持ってないか?」
「民家から拝借したシーツならありますが…」
「それでいい、銃に括り付けて白旗代わりに使うんだ。ついてこい」
「えぇ…また俺ですか」
ぶつくさ文句を言いながら、手にしたシーツをM1小銃に結びつけるサイラス伍長。
それを見た味方の将校が、モリンズについて行こうとしていたのをモリンズは手で制した。
下手に大人数で行くと、こじれた時がややこしいと思ってのことだった。
そしてモリンズとサイラスの二人は、白旗を掲げて広場の中心に居るドイツ兵の一団に向かって行った。
近づくにつれて出てきたドイツ兵の一団をよく確認するモリンズ。
グレーの戦闘服に国防軍の制帽を被っている初老の軍人が直立して自分たちを待っている。
初老の軍人の制帽には、金モールが着けられていることから将官だということが分かる
その横にいるのは中年の将校と、二人の近場に居た兵士なのか、まだ若い顔をした兵隊が緊張した面持ちで白旗を小銃に結び付けて立っていた。
「あなたが指揮官か?」
モリンズたちが目の前に来るやいなや、ドイツ軍の将官が口を開いた。
その青い瞳は、真っすぐとモリンズの両の目を見据えていた。
「アメリカ陸軍大佐のアラスター・モリンズだ。貴殿は?」
モリンズは簡潔明瞭に問いに答えた。
「ドイツ国防軍少将のラルフ・ホルン。この国民擲弾兵師団を指揮している」
「師団ですか…それにしては随分兵が少ないように見えますな」
「痛いところを突いてくるな。察しの通り、我がドイツの人的資源は枯渇気味でな…。師団と言っても一個連隊ぐらいしか残っていない」
ホルンと名乗った将官は、ため息交じりに現状を嘆いていた。モリンズもホルンの肩越しにドイツ軍を観察してみたが、目立つのは老兵や二十歳にも満たない子供ばかりで、若い兵隊が少ないのが見て取れた。
追い込まれたドイツは、国民全員に兵役義務を課したという噂話を後方で聞いたことがあったモリンズだったが、本当のことだったのだなと改めて感じていた。
モリンズがそう考えていると、ホルンは先程の戦闘について語り出した。
「さっきの生物…あれは米軍の新兵器かなにかかな?」
「いや違う。あんな生物は今まで見たことがない。ドイツ軍の兵器でもないのか?」
「お互いに違うとなると…厄介ですな。また攻撃してくるかもしれませんな」
「確かに。その可能性は十二分に考えられる」
二人の指揮官が薄々感じいていたことだが、やはりどちらの軍の兵器でもないことがはっきりした。あんな生物を兵器に仕立て上げられるなら既に前線に投入して、どちらかの軍勢は総崩れになっていてもおかしくはない。
だが、そんな情報はどこからも送られては来ていない。
そもそもあの生物を発見した時点で世界中に流れてもおかしくはない特大ニュースだ。
「昔、本で読んだことがあります。息子に買ってやった御伽噺の本でしたが…」
考え込んでいたモリンズに、思い出したかのようにホルンが口を開いた。
「確かあれは…とある王国の勇者が森の奥に潜むドラゴンを倒して、攫われた姫君を助ける話でした。あの生物は…」
「生物は…?」
そこまで言ったところでホルンは口ごもってしまう。モリンズも既に答えは分かっていたが、やはり直接答えを聞きたかった。
ありえない話だったが、実際に見てしまった以上信じるほかなかった。
「あれは、その話に出てくるドラゴンに似ていたように思える…」
やっぱり…。モリンズは顔を押さえると空を仰いだ。
信じたくはなかった。だが、信じるしかなかった。
そうなると答えは一つしかなかった。
「ホルン少将殿…恐らく私の考えは今、あなたと一致しました。あなたもここへ出てきた時には考えが固まっていたのでしょう?」
その問いに何も言葉を返さず、ただ微笑みを返すホルン。
モリンズも腹をくくるしかなかった。
「だが、それを今ここで決めるのは、少しばかり早いような気がします。まずは部下に話したい」
「構いません。というより私も半ば独断で、ここまで出てきたものでね」
「そうですか。では結論を出してきましょう。十分後に再びここで…」
「分かった。そうしよう」
二人の指揮官は、敬礼を交わすとほぼ同時にニヤリと笑った。
そして、敬礼の手をゆっくり下ろすと、しっかりと握手を交わして互いの部隊へと帰った。
「大佐、いったいどうするつもりですか」
旗持ちとしてモリンズに連れてこられたサイラスが問いかけるが、モリンズは何も答えない。
そして、味方がいる場所へ到着するとサイラスに伝令を頼み、部隊の全将校を招集させた。
「大佐。全員集まりました」
「ご苦労、サイラス伍長。さて、単刀直入に言おう。ドイツ軍と手を組む気はあるか?」
開口一番の衝撃的な言葉に、その場にいた将校のすべてが面食らってしまった。
それに構わずモリンズは更に衝撃的な言葉を発する。
「さっき戦った鳥の化け物だが…あれはドラゴンという奴らしい。さっき向こうの少将と話したときに分かった。少将が自分の子供に買った御伽噺に出てくる存在らしい。つまり空想上の生物が目の前に現れたわけだな…」
「ちょっと待ってください大佐!そんなこと信じられるわけが…」
「信じる信じないはお前らの勝手だが、実際に起きたことだ。……俺は信じようと思う」
荒唐無稽ともいえる話に一部の将校が異を唱えるが、その将校たちも本当は分かっていたのである。
実際にあの生物に対して攻撃して、また生物からの攻撃を受けて味方には負傷者も出ている。
これは紛れもない真実だ。だが途方もない話にほぼ全員が現実逃避をしてしまったのだ。
「十分後に再び向こうの少将と話をする予定だ。諸君らの意見は?」
「…」
「無言は肯定と受け取るぞ」
どの将校も口を開こうとはしなかった。
誰も認めたくはなかったが、現実に起きた出来事である以上受け入れざるを得なかった。
そしてそうなると、戦力は大きい方がいい。たとえそれが敵であってもだ。
「よし、では部下たちに話をしてきてくれ。俺はもう一度少将と話してくる」
そういって再び嫌がるサイラスを無理やり引き連れて、モリンズは広場の中心へと歩いて行った。
その姿を米軍の将校たちは黙って見送った。
見送った後、将校たちは自分たちの部下に説明することになるのだが、表立った混乱は起きなかった。
先程のドラゴンの衝撃が強すぎて、ドイツ軍と協力する方がまだ現実味があったからだ。
モリンズたちが広場の中心についたとき、少し遅れてホルンたちが歩いてきた。
今度は先程の将校は来ておらず、白旗を持った兵卒と自分の二人で出てきていた。
ホルンも満足そうな顔をしていることから、ドイツ軍側の話もまとまったらしい。
「モリンズ大佐殿。そちらの意見はまとまりましたか?」
「ええ少将殿。では、そちらも?」
その問いに笑顔で首を縦に振るホルン。
その表情に安堵したモリンズは、ホルンに向かって手を差し出した。
「ホルン少将。我が戦闘団はそちらと混成部隊の結成を望みます」
「モリンズ大佐。我が第三八五国民擲弾兵師団も貴部隊との混成部隊結成を要請する」
ここにアメリカとドイツ、地球上で敵同士だった部隊が異世界で手を取り合い、混成部隊が結成されることになった。