混沌-8
「アーレント中尉、ここにおられたのですか」
昔の思い出に浸っていると、ふと背後から声を掛けられた。
振り返ると一緒に連れてきていた部下の軍曹が、こちらを見ていた。
「お前か、まぁ座れよ」
「じゃあ失礼します」
空いている席に座るように勧めると、遠慮なく軍曹は俺の対面にある椅子に腰掛けた。
略帽を取って机に置いた軍曹は、胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
「ふーっ……日本人と話していましたね」
軍曹は、煙草の煙を吐き出すと俺に尋ねてきた。
全く、どこから見ていたんだか。
「ああ、話したぞ?」
「中尉は、あの日本人をえらく気に入っているみたいですね」
「サワムラか?そうだな……なにか面白そうでな」
「……相変わらず良い性格していますね、中尉は」
「お前も相変わらず皮肉屋だな」
笑いながら皮肉を言ってくる軍曹をたしなめながら、俺も煙草の火を点けた。
一条の煙がたなびく煙草を指に挟み、俺は軍曹に話しかけた。
「詳しい身の上話を聞いたわけでは無いが、どうもサワムラ中尉と俺は似ているように思えてな」
「あの日本人と中尉がですか?」
「そうだ……目つきが似ている」
「そりゃおっかねえ……気を付けないと」
「おい、それはどういう意味だ」
長年の付き合いがある軍曹なのだが、こうして軽口を叩き合うのも久しぶりだ。
一瞬の事なのかもしれないが、ここでは血生臭い戦争の事を忘れて話せる。
しばらく談笑していると、ふと強い風がテラスに吹き込んできた。
「少し話過ぎたか……軍曹、俺は戻るぞ」
「自分は、もう一本吸ってから戻ります」
「分かった」
テラス席から船内へ戻ろうと俺が席を立ったが、軍曹は胸ポケットから再び煙草の包みを取り出して新しい一本を点けようとしていた。
それを横目に見ながら船内への扉に向かおうとした時だった。
「中尉!」
背後から軍曹に呼び止められた俺は、忘れ物でもしたかと思って振り返った。
「中尉殿、火ぃ無いですか?」
軍曹の顔は、あの時の塹壕で見せた笑顔の様だった。
俺は、その顔を見て鼻で笑うとゆっくりと軍曹に近づいた。
「マイヤー、やっぱりお前は変わらないな」
そう言って、俺はポケットからあの時のようにマッチをマイヤーに投げ渡したのだった。
ハインツ・マイヤー
ドイツ国防陸軍上級軍曹
混沌を深めていた東部戦線でソ連軍と対峙していた時、ドニエプル川の西岸防衛線でアーレント上級曹長(当時)と出会う。
ソ連軍の大規模一斉攻勢により中隊が壊滅的打撃を受け、自身も腹部に刺傷を負ったが辛くも生還。
後方の野戦病院に運ばれた際に、輸送路が叩かれたことで東部戦線に復帰できず西部戦線に配置転換となった。
その後、寄せ集めの国民擲弾兵師団に配置された際に中尉となったアーレントと再会。
以降、行動を共にしている。
連続更新はここまでとなります。
次回更新まで、しばらくお待ちください。
------
ここで一旦、完結扱いにします。
ご了承ください
2025.01.05