混沌-7
その光景は壮観だった。空には味方の急降下爆撃機、そして陸には戦車がいた。
二等兵が頼んだという味方の戦車が楔隊形でこちらに向かってきていた。
三輌の四号戦車のその後方には、同じく三輌の三号突撃砲が見えている。
「おいおい……一体どうしてこんな戦車が……」
思いがけない増援に呆然とその場に立ち尽くしていると、二等兵が再び説明してくれた。
大隊本部に増援を頼んだ後に、補給所で弾薬を受け取っていた時の事だったそうだ。
野戦補給所の横に燃料集積所があり、そこでこの戦車隊が燃料を補給していたらしい。
ダメもとで戦車隊の指揮官らしき人物に、自分たちの置かれた状況を説明すると、燃料補給が終わり次第向かうという快い返事を貰ったのだという。
「どこで死ぬか分からないなら、最後に味方の助けになりたいな……そう言って支援に来てくれたんです」
頼み込んだ戦車隊の指揮官が二等兵に対して、笑いながらそう言っていたらしい。
なんとも虚しい話だが、恐らくこの戦争の終わりを感じている人間なのだろう。
理由はともかく、戦力がこれだけ集まれば押し返すことが出来るかもしれない。
俺とマイヤーは塹壕から飛び出すと、こちらへ向かってくる戦車に手を振って近づいた。
すると、こちらに気づいたのか先頭の四号戦車が俺たちの目の前で止まり、ハッチから戦車長が身を乗り出してきた。
ほかの戦車は、事前の指示があったのか川岸に向けて突撃し続けている。
「支援に感謝します。ピーター・アーレント上級曹長です」
「第四八装甲軍団第十一装甲師団のフォルクマン大尉だ。状況は粗方聞いている!」
「その前に無線を貸してください!」
俺は砲塔の横からよじ登り、支援に駆けつけてくれたフォルクマン大尉と挨拶を交わすと、地図を取り出して説明を始めた。
時折、俺を狙っているのか戦車に弾が当たるカンカンという音がするが危険は承知の上だった。
「恐らく対岸に敵の車載ロケット砲か重砲隊がいます!空軍に連絡が取れれば、今なら叩けます!」
「分かった。我々も重砲には弱いからな……ベッカー!無線を上空の爆撃隊に繋げられるか?」
大尉も砲撃の危険範囲にいることがすぐに理解できたらしく、車内にいる無線手に叫んでいた。
無線は直ぐにつながったらしく、大尉は無線で空軍に支援を依頼していた。
《上空援護中の爆撃隊へ、支援を要請する……下にいる戦車隊が見えるか?そこから要請している。こちらは、第十一装甲師団のフォルクマン大尉だ》
《こちら第二急降下爆撃団第三大隊のルーデル大尉……そちらが見えた。》
《川の対岸に重砲かロケット砲部隊がいる可能性が高い。見つけて潰してくれ》
《了解……急行する》
上空を見上げると、数機のシュトゥーカがこちらに翼を振ると対岸に向かって飛んでいった。
要請を終えたフォルクマン大尉は、レシーバーを外すと何かうわ言のように呟いていた。
「第二急降下爆撃団のルーデル……?どこかで……」
「どうしたんですか?まさか支援が断られたとか……?」
「いや、そうじゃない。噂で聞いた話だが、空軍のどこかの急降下爆撃隊で出撃回数が一〇〇〇回を超えた奴がいると聞いた話を思い出してな……」
「その人が今、上空援護を?」
「分からん。ただ、そいつは大砲を付けたシュトゥーカに乗ってると聞いたことがある」
「大砲?え、さっき艀を攻撃した奴が翼の下にデカい機関砲を積んでましたよ……」
「……歴戦の戦士だったか。よし、重砲は“大砲鳥”に任せよう!俺たちは地上のイワン共を蹴散らすぞ!」
「分かりました!」
俺は砲塔から飛び降りると、戦車の陰に隠れていたマイヤーと一緒に塹壕に駆け込んだ。
弾薬も補給できたし、心強い援軍が一緒に戦ってくれる……これ以上は無かった。
「小隊!突撃―っ!」
「戦車前進!踏み込め!」
俺とフォルクマン大尉が指示を出したのは、ほぼ同時だった。
その声に弾かれるように、一個小隊約四〇名と戦車六両が岸にいるソ連兵たちに向かって吶喊した。
俺たちの思わぬ突撃に驚いたソ連兵たちだったが、それでも猛然と反撃してきた。
しかし、対戦車兵器を持っていなかったらしく戦車には成す術なく蹂躙されていく。
更に上空に居たシュトゥーカまで舞い降りてきて、機銃掃射を始めたからたまらない。
川岸にいたソ連兵たちは瞬く間に機銃や砲撃に倒されていった。
「ゼンハイザー、そこの窪みに機銃を設置しろ!シュルツ、マンハイムは分隊を連れて右に回れ!残りは俺に付いて来い!」
部下たちへ矢継ぎ早に命令を出しながら、岩陰や窪地といった小さな遮蔽物を頼りにソ連兵たちに肉薄していく。
走りざまに短機関銃を一連射しながら、物陰に飛び込む。当てることは目的としていない。
こちらを狙っているだろうソ連兵たちの目くらましが目的だ。
一瞬の確認となるが、ソ連兵たちはまだ川を進んで来ているようだ。
それでも数が大分減ったようにも見える。
シュトゥーカや戦車隊が来たことは、ソ連兵たちにとってよっぽどの悪夢だったらしい。
逆襲を掛け始めて数分、ソ連兵たちの士気はガタ落ちしているように見えた。
その時だった。対岸で大きな爆発が起きた。
爆発が起きた瞬間、一機のシュトゥーカが上空へ昇っていく姿が見えた。
やってくれた……シュトゥーカが重砲かロケット砲を潰してくれた。
俺は近くでソ連兵たちに砲撃していたフォルクマン大尉の戦車に駆け寄った。
フォルクマン大尉は、ハッチから身を出して銃架に取り付けられた機関銃をソ連兵相手に掃射していた。
「大尉!さっきの爆発を見ましたか?!」
「ああ、その後無線が入った。重砲は叩いたそうだ……ついでに砲弾の集積所も叩いたらしい」
「それで、あの爆発が……」
「多分な。でも、これで邪魔をする奴はいなくなった。畳みかけよう」
「了解。援護はお願いします」
「任せろ」
不敵に笑うフォルクマン大尉と敬礼で別れて、俺は再び駆け出した。
その時、俺は近くの茂みに息を殺して潜んでいたソ連兵に気が付かなかった。
「△☆◇〇▽□!」
突然、茂みから雄叫びが聞こえて銃剣を付けたライフルを持った熊のような大男のソ連兵が飛び出してきた。
咄嗟に持っていた短機関銃を向けて引き金を引いたが、カチンという撃針の音がするだけで弾が出てこない。弾切れだ。
一瞬思考停止に陥った俺をソ連兵は見逃さず、ついに目の前で銃剣が振りかざされた。
「小隊長!」
ソ連兵の銃剣が俺の体に刺さろうとした刹那、横から叫び声が聞こえたと同時に誰かに体当たりされて俺はすっ飛んで倒れ込んだ。
次の瞬間、新たな叫び声が聞こえた。
「マイヤー!」
俺を助けたのはマイヤーだった。
しかし、俺に体当たりしたせいでマイヤーの脇腹にはソ連兵が振りかざしていた銃剣が深々と突き刺さっていた。
ソ連兵は直ぐに銃剣を引き抜こうともがくが、マイヤーはソ連兵のライフルをしっかりと握ったまま放そうとしなかった。
「小……隊長……」
マイヤーの弱り切った声が聞こえた時、俺は弾倉を探していたが、いつのまにか全て撃ち尽くしていたようで弾薬嚢は空だった。
俺は覚悟を決めると、短機関銃の銃身を握ってソ連兵に突進した。
「その銃を放せ、くそ野郎―っ!」
未だにマイヤーとライフルを巡って揉み合いをしているソ連兵に肉薄すると、俺はソ連兵の顔面を目掛けて短機関銃で殴りつけた。
手にガツンとした衝撃が来て、ソ連兵はライフルを手放し、苦悶の声をあげながら顔を押さえた。
俺は畳みかけるようにソ連兵へ短機関銃を何度も叩きつけた。
二回、三回、四回……
ハッと気が付けば、ソ連兵は顔から血を流して倒れ込んでいた。
短機関銃もベッタリと血に塗れ、機関部は歪んでいた。
歪んで使えなくなった短機関銃をその場に捨てると、俺はマイヤーに駆け寄った。
マイヤーは、腹からライフルが生えた状態で仰向けに倒れ込んでいたので、慎重にライフルから銃剣を外した。
「マイヤー、しっかりしろ」
「小隊長……無事で……」
「ああ、お前のおかげで助かった。もう喋るな、すぐに衛生兵を――」
衛生兵を呼ぼうとしてその場に立ち上がった俺は、後方から部隊が来ているのが見えた。
それは、大隊の予備中隊だった。守備に就いていたはずの中隊と連絡が取れなくなったことで予備兵力を増援に送ったらしい。
手を振って部隊を呼んでいると、いつの間にか黒い服を来た味方の戦車兵が救急バッグを持ってマイヤーの横で応急処置を施していた。
「さっき大隊と連絡が付いた。もう大丈夫だ」
「フォルクマン大尉……」
「よくやったな上級曹長、終わったぞ」
戦車を降り俺の肩を叩いて労いの言葉を掛けてくれるフォルクマン大尉を見て俺は脱力してしまった。
その場にへたり込んで大きく息をする俺に、フォルクマン大尉は煙草を差し出してきた。
戦死一五、負傷九。
圧倒的なソ連兵たちを前に、俺たちは壊滅的打撃を受けながら辛くも勝利を掴んだのだった。