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混沌-4

 ケイネスから話があった後、俺たちは三々五々解散した。

 それぞれ不安な様子を隠せずにいたが、それも仕方のない事だろう。

 結局、話が複雑になったので歩哨は取りやめとなり俺たちは手持ち無沙汰となっていた。


 というのもケイネスから話があった後、森岡中将とホルン少将、それにモリンズ大佐の三人が話し合った結果、今は必要なしという事になったのだ。

 

 俺たちは思わぬ余暇時間が出来てしまい、暇を持て余してしまった。

 と言っても、何か暇つぶしがあるわけではなく寝ることしか出来なかったが……。

 それでも何人かは、甲板に出て景色を眺めたり、話が通じるようになったのでお互いで交流を深めたりという具合で過ごしているようだった。


 俺は、武器の手入れを済ませて真田に押し付けていた日報を片付けたら暇になった。

 部下に何か持ってきていないかと聞いたら、やはり何もないと言うので仕方なく煙草でも吸いに甲板へ出ようとした時だった。


 俺たちの居る部屋の扉がコンコンとノックされた。

 部下たちならノックはしないはずなので、船員でも来たかと思い扉を開けると廊下に立っていたのは略帽を小脇に抱えた独軍のアーレント中尉だった。


 「中尉、いったいどうされました?」

 「おお、サワムラか……いや、歩哨が無くなって暇をしていると小耳に挟んだからな。ちょっと話でもしないか?」

 「まあ、構いませんが……どうぞ」

 「いや、折角だが甲板……いや後甲板に行こう。あのテラスになっていた所だ」

 「はあ、分かりました。お供します」


 部屋にいた真田に声を掛け、後甲板に行くことを告げて部屋を出た。

 部屋を出て略帽を被っていると、アーレント中尉も独軍の略帽を被って先に歩き始めた。

 アーレント中尉の後ろを歩いていると、アーレント中尉は振り返らずに俺へ話しかけてきた。


 「南部に向かう話だが……サワムラはどう考えている?」

 「どうと言われても……」

 「不思議に思わないか?謁見に向かう一行が乗りこんでいる船を負傷兵輸送に使うなんて……万が一、俺たちの中にケガ人が出て謁見を反故にされたらどうする?そんな危険をわざわざ冒すか?」

 

 確かにアーレント中尉が言う事も最もな意見だ。

 まだ、お互いの状況が固まっていないとはいえ、自国の国王に謁見するという半ば国賓に近い状態の者たちを戦闘が行われている地域に近づけるのは得策とは言えない。

 俺たちが戦況を見たいと言ったならともかく、自発的に動くのは下手を打つと関係にヒビが入りかねない。

 俺が答えあぐねて黙っていると、アーレント中尉は突然振り返った。


 「サワムラ、戦況は思っている以上に酷いのかもしれないぞ……」

 「それは――」

 「お、着いたな……」


 それはどういうことですかと聞こうと思ったが、アーレント中尉ははぐらかすようにテラスへの扉を開けた。

 客は俺たち以外に見当たらず、給仕が一人テーブルを磨いていた。給仕は俺たちに気が付くとすぐに近寄ってきた。


 「ようこそ。お飲み物はいかがですか?」

 「あー、コーヒーを頼む……サワムラもコーヒーでいいか?」

 「あ、ああ。大丈夫だ」

 「かしこまりました。すぐにお持ちします……お好きな席にお掛けください」


 アーレント中尉が給仕にコーヒーを二杯頼むと、給仕は恭しく礼をして俺たちがたった今通ってきた扉を船内へと戻っていった。

 給仕の後ろ姿を見送っていると、アーレント中尉から声が掛かった。アーレント中尉は既に近くのテーブルに座り、略帽をテーブルの上に置いていた。

 俺も促されるままアーレント中尉の対面の席に腰を落ち着けた。すると早速アーレント中尉が口を開いた。

 

 「さて、さっきの話の続きだが……」

 「魔族が押されていると?」

 「そうだ。さっきも言ったが、要人が乗り込む船を負傷兵輸送に送り込むこと自体が不自然だ……負傷兵がどんどん発生している前線に近づけば、それだけで船を危険に曝すことになる。重体の者がいたとしても、あの妙な技を使った女医や似たような事が出来る者が行けば助かるはずだ……」

 「確かに可能なことかもしれないが……」

 

 俺も海軍の負傷兵を助けた女性の話は聞いている。妙な技を使い、腕や足を繋ぎなおしたらしい。

 にわかには信じ難かったが、実際に渋谷大佐と宇那木少佐が確認しているらしく真実として受け入れるほかなかった。

 確かに、その女性のような存在が多数いれば負傷者輸送など必要ないのかもしれない。


 「考えられるのは二つだ……その女医のような存在が希少なのか、他の前線に送り込まれているか……そのどちらかだ」

 「どっちも似たような事だな……結局、負傷兵が出ても対処できる方法が限られているから船でも使って大量に輸送しなければ、負傷兵がそのまま死人になるってことだ」

 「理由はもう一つあるが……」

 「なんだ――」


 三つ目の理由で口ごもったアーレント中尉を問いただそうとした時、背後にある扉が開いた。

 俺が振り返ると、さきほどの給仕がコーヒーを盆に二つ載せてこちらに歩いてきていた。

 そして、俺たちの前にコーヒーを出すと「ごゆっくりどうぞ」と礼をすると再び盆を小脇に抱えてテラスを後にした。

 給仕を見送った後、俺とアーレント中尉は無言でコーヒーを啜った。


 「で、もう一つの理由ってなんだ?」

 「ん……そんなこと言ったか?」

 「言ってただろ」

 「さあな……忘れちまったよ」


 ついさっきの自分の発言をはぐらかすアーレントに白けた目を向けるが、当のアーレント自身はどこ吹く風でコーヒーを啜っていた。

 結局、少しばかりの疑念が残りつつコーヒーを飲み終えた俺たちはその場で解散した。

 一体、アーレントは何が言いたかったのだろうか……。















 サワムラが去ったテラスで、俺は一人空を見上げていた。

 千切れ雲が点々と流れているが、穏やかな空模様だった。

 俺は、そっと左腕にある二本のカフタイトルを撫でた。


 カフタイトルに記された部隊「ブランデンブルク」に思いを馳せて……

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