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混沌-3

 その後、吉永がすぐに来たことで、真田たちの鍛錬は終わった。

 なにか胸やけがする光景を続けてみたせいか、少し船酔い気味になった俺に吉永が声を掛けた。


 「澤村中尉、大丈夫ですか?」


 心配そうに俺を見つめる吉永だが、先ほどの上半身裸の姿を思い出す。

 陸戦隊の被服を着ている上からでは分からなかったが、かなり体を鍛えているようだ。

 その服の下に潜む六つに割れた腹筋を思い出すが、それ以外の陸戦隊の面々も中々に鍛えられた肉体を持っていたようだった。


 「ああ、大丈夫だ……よし、じゃあ説明するぞ」


 気を取り直して俺が机に寄って説明を始めると、真田や部下たち、それに吉永が机に近寄ってきた。

 そのまま、状況の説明と今から二日間の日程を説明した。説明自体は簡単に終わった。

 内容に関して言えば、吉永だけが全員と言葉が通じるようになったという事を疑問に思っているくらいだった。


 「以上が今からの行動計画だ。質問は……ないな。俺は概ね現在地、いない場合は巡回に出ている。以上、かかれ」


 吉永が敬礼して部屋を出ていった。

 それと同時に真田が部下に指示を出して、部下たちは小銃と弾薬だけ持って立哨と巡回に出かけた。

 俺と真田は、一定時間ごとに巡回する手筈になっていた。


 「中尉、しばらく休めますね……」


 説明が終わり、舷窓の傍で煙草を吸おうとしていた俺に真田が近寄ってきた。

 真田も煙草が吸いたいようだ。しかし……


 「そうだな……おい、これ窓開かないぞ」

 「え、本当ですか……うわ、嵌め殺しですね」

 「……外にでるしかないな。真田、お前先にいってこい」

 「しかし……」

 「構わん。どっちかはここにいないとマズいだろうからな」


 そう言って煙草を胸の衣嚢に仕舞う俺に、少しばかり苦笑いを浮かべて真田は部屋を後にした。

 どうせ、報告書を書くついでに煙草を吸おうとしていたから別に問題ない。

 そう理由付けをして、俺は机の上に報告書を広げた。


 報告書と言っても戦闘をしたわけでは無いので、日報という形になる。

 しかし、毎日書くことが定められているので仕方ない仕事だった。

 俺は鉛筆を手に取ると、日報を書き始めた……と言っても現時点までの状況を書き連ねるだけだ。


 しばらく日報を書いては消しという事を繰り返していると、背後の扉が開いた。

 振り返ると、真田が戻ってきていた。


 「お、早かったな。もう吸い終わったのか?」

 「はい。お先にありがとうございました」

 「なに、構わんよ……じゃあ、あとは任せた」

 「はい……って、え?」


 俺は書いている途中だった日報を真田に押し付けると部屋の扉をくぐった。

 背後からは真田の困惑の声が聞こえてきたが、あえて聞こえなかったことにした。

 

 そして階段を昇り、船の後部にある展望台に出ようとした時だった。

 突然、船内中に響き渡るかのように鐘が打ち鳴らされた。

 カンカンカンカンと連続で鳴らされる音に不安を覚えた俺は、煙草を吸わずに駆け足で部屋へと引き返した。

 

 「おい、今の鐘は……って誰もいない」


 真田を残してきたはずの部屋は、すでにもぬけの殻だった。

 反対側に位置する海軍が使っている部屋を覗いてみたが、そこにも誰もいなかった。


 「おかしいな……食堂か、前甲板か?」


 そう考えた俺は、速足で食堂へと向かう。

 そこまでは一本道なので誰か呼びに来るだろうかとも考えたが、誰とも会わずに食堂へと辿り着いた。

 扉の向こうからは話声が聞こえてきたので、恐らくここに集まっているのだろう。

 俺は、食堂への扉を開けた。


 まず目についたのは、着席する我々一行だった。

 突然の事で驚いている者もいれば、森岡中将たちのように落ち着いて着席している者もいた。

 俺は、真田を見つけるとその横に着席した。


 「一体何の騒ぎだ?」

 「分かりません。突然、船員が部屋に来て食堂に集まるようにと……」

 「じゃあ、あの鐘は?」

 「自分たちがここに向かっているときに鳴り始めました」


 俺は真田に尋ねるが、真田もよく分かっていないようだった。

 その時、甲板側の扉から案内人であるケイネスが入ってきた。隣には身なりの整った男が立っている。

 

 「皆様、急にお呼び立てして申し訳ありません……」


 開口一番謝罪から入ったケイネスは深く頭を下げた。

 隣にいた男もケイネスと同じように頭を下げる。

 やがて頭を上げたケイネスは、苦い顔つきで話し始めた。


 「少し問題が発生しました。この船は一度南部にある大要塞へと向かいます……」


 ケイネスの言葉で一行はざわついた。

 問題とは何だ。もしかしたら船の故障かもしれないなどと周りで囁く声が聞こえた。

 俺はチラリと森岡中将を見ると、参謀たちと何か話し合っているようだった。


 「皆様、どうか落ち着いてください。これから向かう大要塞は、現在の最前線ですが、攻撃魔法の射程外に着陸するので安全です」


 ケイネスが俺たちを宥めるが、その情報でどういう風に安心しろと言うのだろうか。

 もし戦闘に参加しろと言われても、混成一個小隊しかいないのだ。多勢に無勢もいいところだろう。

 そう考えていると、森岡中将が立ち上がった。


 「ケイネスさん、もしや我々にも戦闘に参加せよと仰るのではないでしょうな?」

 「いえ、それはありません。ただ、今話したように南部大要塞は最前線です……最近の戦闘で負傷兵が多数出て、要塞内の施設では治療が間に合わないと……そこで、一番近くを移動しているこの船に負傷兵を後送するように連絡を受けたのです」

 「では、あくまでも負傷兵の後送が目的だと」

 「左様です……ただ、皆さまを危険地帯に連れていく前にお知らせする必要がありました。それに……」

 「それに……なんです?」


 ケイネスは、予定の変更は負傷者の後送だと言った。しかし、最後に言い淀んだ。

 森岡中将は、言葉尻を逃がさずケイネスに先を話すように促した。


 「はい……実は南部大要塞で戦闘に参加している八割は獣人たちです。今回、後送する者たちもほとんどが獣人たちと考えられますので、お気を付けください」

 

 ケイネスの言葉に疑問が残った。

 獣人だから気を付けろとは一体どういう事なのだろうか。

 同様の疑問を森岡中将も感じたらしく、ケイネスに聞き直していた。


 「現在戦闘を行っている獣人たちは、六割ほどは正規軍として兵役に就いている者たちですが、残りの四割は民間人に若干の訓練を施しただけの者たちです。その多くは開戦劈頭に南部に暮らしていた者たちです」


 ケイネスが話した内容で、その場にいた将校の全員がゴルトの話を思い出したはずだ。

 連邦軍は、開戦してから獣人たちを処刑したり奴隷にして使役したりしている。

 俺が保護した猫人族のレインも、その惨劇を逃げ延びた中の一人だ。


 今、前線で戦闘を行っている獣人たちも似たような境遇で、その南部大要塞で戦っているのだろう。

 その中に、魔族ではない人間である俺たちが行くのは、あまり快くは思われないだろう。

 もし、過激な者たちがいたら事情などお構いなしに襲い掛かってくるかもしれない。

 ケイネスの危惧するところは、そこだったのだろう。



 「今から船足を上げます……明日には南部大要塞に到着するかと思います」



 ケイネスの言葉を押し黙って聞く、我々一行の空気は重くなり始めていた。

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