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混沌-2

 森岡中将が解散と言った後、全員が三々五々食堂を後にした。

 後に残ったのは、俺とアーレント中尉だけだった。

 

 残った理由は、至って簡単だ。

 森岡中将が「護衛の件は澤村に一任する」とありがたい言葉を投げかけてくれたおかげで、アーレント中尉と段取りの為に残ったのである。

 

 ちなみに、それ以外に護衛として乗組んだ下士官兵たちは、他の将校たちの荷物を客室に運ばせている。


 「さて、サワムラ中尉……どうする?」

 「どうするもなにも、護衛の話では?」

 「まぁ、そうなんだが……」


 テーブルを挟んだ向かいに座るアーレント中尉は、苦笑いしていた。

 

 「とりあえず、人数の把握からしよう。護衛は全部で、二八人いる。こっちが二個分隊の二〇人で、そっちが六人……あれ?八人じゃなかったか?」

 「直前で具合を悪くした兵が二人ほど出たんだ……本当は八人だった」

 「そうか、じゃあ全部で二六人か……陸軍、海軍、米独混成の三班編制で行こう。受け持ちは8時間ずつ……」


 こうして、アーレント中尉と俺で護衛の受け持ちを話し合っていると、不意に背後から誰かが近づいてきた。

 足音に反応して振り返ると、一人の女給が押し車を一台運んできていた。


 「失礼致します……コーヒーです」

 「あ、かたじけない……」

 「ダンケシェン」


 女給は、コーヒーを俺たちの前にそれぞれ置くと、恭しく礼をして下がっていった。

 あまり、こういうのは慣れていない……喫茶店も数えるほどしか行ったことがない。


 すると俺の態度が面白かったのか、アーレントはニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。


 「どうかしたか?」

 「いや、サワムラは女性の免疫が無いようだな……と。日本語が出ていたぞ……」

 「そりゃ、慌てたら……今、なんと言った?」


 不意にアーレントの口から聞こえた言葉に、俺は違和感を覚えた。

 ニヤニヤしていたアーレントも、俺の言葉に困惑している。



 「今、()()()()とか言ったか?」



 テーブルから身を乗り出さんばかりにアーレントに詰め寄ると、流石のアーレントも引いていた。


 「ああ、日本語で『かたじけない』って……あれ?」


 アーレントは、自分が発した言葉の意味を改めて理解したようだ。

 

 そう、俺は突然現れてコーヒーを持ってきてくれた女給に慌てて体面を繕おうとした結果、日本語でお礼をしてしまった。

 当然ながら、アーレントに意味など分かるはずがない。彼はドイツ人で、俺と話す時もお互いドイツ語で話しているくらいだ。


 そんな彼が、俺の話した日本語を理解した。

 これは、一大事件だった。


 「どういう事だ?!私は、さっきまで日本語を理解していなかった……なぜ、急に?!」


 アーレントは慌てふためくが、俺だって分からない。


 「この際、どうでもいいか……元から少しは会話できていた事だし……」

 「どうでもいいって……」

 「ここは地球と違う……それだけで説明がつくさ」

 「確かにそうだが……」

 「まあ、後で全員に確認を取ろう。なんらかの共通点が見つかるかもしれん」


 アーレントは腕を組むが、異世界だからという理由に関しては納得しているようだ。

 なんにせよ言語の壁がなくなったのは僥倖だ。今回の護衛だけじゃなく、これから行うであろう諸々の作戦が取りやすくなる。


 そう考えていると、食堂の扉が勢いよく開かれた。

 二人して見てみると、そこには慌てた様子の真田が立っていた。


 真田は、俺を認めると呼吸を整えながらこちらに近づいてきた。

 そして、真田は俺とアーレントが座る机の横に来ると敬礼して話し始めた。


 「お話し中に失礼します!実はお話があります」

 「どうした?日本語が全員に通用するようになったか?」

 「御存じで?」

 「今しがたな……気づいたのはお前だけか?」

 「いえ、ほぼ全員です。自分は森岡中将の荷物を運んでいたら、森岡中将が気づかれて……すぐに全員の確認をするように命令されたので、確認した後にここへ来ました」

 「そうか、俺が確認する手間が省けたな。軍曹、ご苦労だった……下がっていい」

 

 俺がそういうと、真田は敬礼して食堂を後にした。

 真田は、今一つ分かっていないような表情をしていたが、俺にとっても意味不明な事態なので考えないことにした。

 

 「さて……アーレント中尉。これで事態は大方把握できたな……結局のところ全員が英語、ドイツ語、日本語を理解できるようになったようだ」

 「いや、まだ日本語が分かるようになっただけだろう?」

 「その可能性もあるが、森岡中将はモリンズ大佐とホルン少将の三人部屋だったろ?モリンズ大佐とホルン少将は英語とドイツ語は話せても、日本語は僅かか全く話せなかったはずだ」


 俺の指摘にアーレントは唸るが、とりあえずはその程度の認識でいいだろう。

 それもこれも、魔王城に行けばはっきりするはずだ。

 俺がそう言うと、アーレントも先ほどの真田と同じように不承不承という表情をしていた。


 「とりあえずは予定を詰めてしまおう。襲撃の恐れはゼロに近いが、流石に立哨と巡回ぐらいは向こうも認めるだろう」

 「……そうだな。時間は大方先ほどの通りで問題ない。どこの班が最初にする?」

 「俺たちでいい。そのあとはアーレント中尉たちの班、最後は吉永少尉の海軍班で……班内の割り振りは各長に任せる」

 「了解した。では、ゆっくりと休ませてもらおう……」

 

 哨戒順の話し合いが終わり、俺とアーレントは席を立った。

 そして食堂を後にすると、森岡中将たちがいるであろう船室を通り抜け、舌に向かう階段へと向かった。

 ケイネスの話によれば、下の階には大部屋があるらしい。


 階段を降りると、そこにも廊下があった。

 廊下の両脇には扉が四つあったが、そのうちの一つには真田が立っていた。


 「中尉、話は終わりましたか?」

 「ああ、終わったが……お前、なにしてる?」

 「部屋割りの話でもしようかと……一番手前が自分たちです。その前の部屋を吉永少尉たちが使ってます。米軍と独軍は海軍の左隣で、俺たちの左隣は空き部屋です」


 いつの間にか自分たちで部屋割りが終わっていたようで、俺はアーレントに声を掛けると真田の言ったことを通訳しようとした。

 しかし、苦笑いを浮かべるアーレントに手で制されてしまった。


 「サワムラ、さっきの出来事を忘れたのかな?」

 「あっ!」

 「そこの軍曹の言ったことは理解できたよ……ありがとう軍曹」


 アーレントは手を挙げて真田に礼を言うと、自分が率いてきた者たちがいる部屋に入っていった。

 その様子に俺と真田も苦笑いを浮かべて、肩を竦めた。


 「まあいい……吉永少尉はここか?」

 「そうです。呼びましょうか?」

 「いや、俺が呼ぶ」


 そう言って、俺が吉永少尉たちの部屋の扉に手を掛けて開けた時だった。


 「吉永少……」

 「90、91、92、93……澤村中尉?」

 

 そこには、軍衣と上の襦袢を脱いで、二人一組で腹筋をする海軍人たちがいた。

 そのむさ苦しさに思わず閉口していると、同じように上半身裸で回数を数えて監督をしていた吉永少尉が俺に気づいたようだった。


 「澤村中尉、どうされました?」

 「お、おう……鍛錬中にすまない。今後の予定が決まったから、ちょっと来てくれないか?」

 「わかりました」


 至って平然と上着を羽織りだす吉永少尉に面食らうが、用件を伝え終わったので俺は部屋を後にした。

 真田が言っていたように自分たちの船室に入ると、そこでは……


 「80、81、82……あぁ、澤村中尉。終わりましたか」

 

 部屋の中では、真田が監督しながら上半身裸の部下たちが腕立て伏せをしていた。

 なんでだよ……。

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