戦渦-17
「弾倉を装填して、槓桿を目一杯引いて離します……これが『弾を込め』の状態です。既に安全装置は外れていますので、この状態で引き金を引けば弾は発射されます」
中尉の講義に大佐が聞き入るというのもある意味不思議な光景だが、ロクに銃を触ることも無かった海軍士官なのだから仕方ない。
そう思って、懇切丁寧に俺は講義を続けた。安全装置の掛け方から発射後の点検までだ。
「では、一連の動作をやってみましょう……もちろん実弾は込めません」
俺がそう告げると、心なしか安心したような表情を浮かべる一同。
当然だ。講義五分の学生に実弾を渡すなど恐怖以外の何物でもない。
銃の薬室に弾が入っていないことを確認し、弾倉にも弾が込められていないことを真田と二重確認して、各人に手渡した。
おっかなびっくり拳銃に触っているが、これではかえってケガをする。
「いいですか、拳銃如きに怯えないでください。大佐たちはそれ以上の大砲を扱っているはずですよ?」
俺がそう言うと、渋谷大佐たちは顔を見合わせて笑い出した。
どうやら肩の力は抜けたようだ。
「では、海に向かって立ってください……そうです……弾を込め!」
俺の号令で、拳銃を構えた一同、動きは少々ぎこちないが先ほどの講義通りの動きをしてくれる。
「撃て!」
引き金を引き、撃鉄が落ちるカチンという音がした。
実際なら、これで弾が発射されたというわけだ。
「弾を抜け!……収め!」
やはりぎこちなさは残るが、全員が一連の動作を完了させた。
即席教育でここまで出来れば上等の部類だろう。
そのまま真田軍曹に拳銃を預けさせて、俺は大佐たちの前に立った。
「終了です。皆さんお見事でした。」
「ありがとう。中尉は教官に向いているんじゃないか?」
「過大評価です……一応、拳銃は吉永少尉に預けておきます。事があった場合は吉永少尉の判断で渡してくれるように頼んでおきます」
「承知した」
俺が労いの言葉を掛け、拳銃の預け先を渋谷大佐と話していた時だった。
沖合に停泊する駆逐艦から汽笛が鳴り響いた。
「な、なんだ……?」
俺が駆逐艦の方を見つめると、不意に頭上に大きな影が差した。
例の『どらごん』でも来たのかと思って見上げて、俺は言葉を無くした。
そこには、巨大な帆船が宙に浮いていたのだ。
「船が……あり得ない……」
俺の隣では、渋谷大佐が頭を抱えて今にも倒れそうになっている。
これまで散々常識はずれな事をここで見てきたが、『船が空を飛ぶ』と言うのは、海軍人にとってそれ以上の衝撃だったのだろう。
「大佐!気を確かに……」
「宮崎君……私は夢でも見ているのか?」
「残念ですが現実です……」
宮崎大佐が渋谷大佐に寄り添うが、その宮崎大佐当人も顔色が優れていない。
渋谷大佐と同じように、現実を超えた現実に打ちのめされているようだ。
「中尉は意外と動じませんね?」
「ああ……もう慣れた。お前はどうだ?」
「自分も、もう諦めました」
俺と同じように空を見上げながら、真田は言った。
諦めたのならば、口を閉じろ。開きっぱなしだぞ。
謁見へ向かう一行が空飛ぶ帆船に狼狽える中、帆船は高度を落としてきた。
どうやら砂浜に直接着陸(?) しようとしているようだ。
そして、ズズッと俺たちの目の前の砂浜に着陸した帆船の舷側から道板がスルスルと繰り出されてきた。
俺は森岡中将を見た。中将も驚いているようだったが、努めて平静を保っている。
すると、船から誰かが道板を通って降りてきた。
全員の目がその人物に向く。
見たところ降りてきているのは、年若い人物の様だ。
燕尾服を身に纏い、手には白い手袋……まるで夜会にでも参加するような出で立ちだ。
「皆様、初めまして……ケイネス・グラフと申します。魔王城までの移動責任者としてゴルト様より仰せつかりました。よろしくお願いします」
恭しく礼をして名乗るケイネスという男。
挨拶を聞いた森岡中将が、一向の前に進み出た。
「日本陸軍中将の森岡泰次です。よろしくお願いします」
「はい、御名前はゴルト様から伺っております……ここにおられる方々で全員でしょうか?」
「いや、あと数人来るが……多いかね?」
「いえいえ、とんでもございません。船室は十分にあります……では、皆さまが御揃いになってから船内にご案内いたします」
そう言って再び恭しく礼をするケイネス。
どことなく言動が芝居がかっているが、それでも嫌味を感じない。
実に聡明な人物の様だ。
「モリンズ大佐、すぐに護衛を呼んで来てもらえますか?」
「分かりました……いや、今来たようです」
モリンズの目線の先には、森の中から走って来る一団があった。
あれが米独軍の護衛の様だ。
……そして、俺の見覚えのある人物もその中に混じっていた。
「遅れて申し訳ありません。アーレント中尉以下六名、護衛として着任します」
「着任を認める……なぜ、この時間に?」
「武装の選別に手間取りまして……申し訳ありません」
そう弁明するアーレント中尉の肩には見慣れぬ自動小銃が下がっている。
独軍の三人は、同様の自動小銃を肩から下げている。
米軍の三人は、全員がガランド小銃を持ってきたようだ。
「分かった。モリオカ中将、全員揃いました」
「では、行きましょう……あー、ケイネス殿」
「ケイネスで構いません……では、ご案内致します」
そう言ってケイネスは道板の方へ歩き出した。
俺たち一行は森岡中将を先頭に、船へと足を進めた。
これから、俺たち約四〇名は魔族と呼ばれる者たちの最高指導者……魔王に会いに行く。
それが吉と出るか凶と出るかは分からない。
ただ、俺は心の中でどこか安心に似た感情が湧いているのを感じた。
それが、なぜなのか分からなかったが、ともかく護衛の任務に集中しなくては……。
俺は、略帽を目深に被り直し、未知なる空飛ぶ帆船へと向かった。
連続更新ここまでです!
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