戦渦-14
「艦長、二人をどうするおつもりで?」
「ああ、こちらの女性が助けるそうだ」
事も無げに言う宇那木に、頭の禿げた軍医は頭を傾げた。
この女性は、千切れた手足をどうやって繋げるつもりなのか。いかに設備が整った本土の病院に入院したとしても、一度千切れた手足が元に戻ることはない。
その時、女性はベッドに寝ている二人の包帯を外した。
そして、千切れた手足の布を解くと、患部にあてがった。
「少し離れていてください……」
女性がそう言うと、医務室全体を青白い光が包んだ。
しかし、その光は激しいものではなく、どちらかと言えば淡い光だった。その光は、負傷した二人の全身を包み込んでいる。
日本、いや地球では見たことのない奇天烈な状況に、その場にいた衛生兵と軍医は硬直していた。
すでにこの奇天烈な技を何度か見せつけられていた渋谷や宇那木は、黙って女性の動きを見つめていた。
そして、負傷兵の体を青白い光が包んで、数秒後……異変が起こった。
「「痛ぇ…!」」
ほぼ同時に二人の負傷兵が声を上げたのだ。
顔は苦悶に満ちており、歯を食いしばっている。
「貴様!何をした!」
負傷兵の声にハッと我に返った軍医が女性に問い詰めようとしたが、その動きはゴルトによって制止された。
たまらず、軍医は自分の前にいるゴルトに食って掛かった。
「貴様ら!こいつらを殺すつもりで来たのか!?そうなのか!」
「落ち着いてくだされ……身なりからして医術に携わる方とお見受けしますが、心配ご無用です」
「何を言っている?!あれだけ苦しんでいる……の……に?」
激しい剣幕で詰め寄る軍医に対して、ゴルトは微笑みで制した。
それを押しのけて負傷兵のもとへ近寄ろうとして、軍医は二人の体の異変に気付いた。
千切れていた二人の手と足がつながり始めていたのだ。
青白い光が集中している切断面では、骨が繋がり、筋繊維が繋がり、皮膚までもつながろうとしていた。
「そ、そんな…馬鹿な……!」
まるで映像の逆回しを見ている気になった軍医は、恐怖から思わず後ずさりした。
針も糸も使わない……ましてや触れてすらいない。
それなのに、傷口は塞がり、あまつさえ切断された部位が繋がろうとしている。
これ以上の恐怖は無かった。
ハッとして渋谷と宇那木を見た軍医だが、二人は顔を顰めていたもののしっかりと状況を見定めているようだった。
その時、軍医の肩に手が置かれた。言うまでもないゴルトである。
「彼女は、治癒魔法が得意でしてな。助けになればと連れてきた次第です……」
「ま、魔法……?」
「左様です。まあ、治癒魔法が使えるからと言って誰にでも出来るわけでもありませんし、条件はあります」
「欠損部位が無ければ、再建は不可能の言う事か……だから手足を」
「左様です」
ゴルトと軍医が話していると、部屋に満ちていた青白い光が収まってきた。
数秒ほどでその光は完全に収まり、部屋は元の状態に戻った。
その様子を見て軍医は、ゴルトとの話もそこそこに負傷兵のもとへ駆け寄った。
「吉井、大丈夫か?」
「軍医殿……自分の体は……腕が……?」
「俺も……足が?」
「井田も起きたのか」
左腕を無くした吉井という水兵は、さっきまでの激痛が嘘のように引いたことで驚いていたが、更に無くした左腕の感覚があることに戸惑っていた。
右足を吹き飛ばされた井田水兵も、右足の感覚が戻ったことに驚きを感じているようだ。
二人とも起き上がろうとしていたが、軍医がそれを制した。
「待て待て、急に動いちゃいかん!まずは診察からだ!」
吉井、井田の両水兵は軍医の言う事に素直に従った。
まだ、自分たちの状況がよくわかっていなかったのである。
軍医の他に、自分たちの上官である宇那木少佐、それに長門艦長の渋谷大佐らしき人物、そして何故か自分たちの傍らで微笑みを浮かべている女性、背広を着た初老の男性……特に後半の二名には見覚えが無かったのである。
軍医はそんな二人の診察を手早く行っていった。
繋がった左腕や右足を念入りに調べ、次いで体全体の診察をした。
二人とも、少し頭がふらつく程度でそれ以外に異常は見受けられないというのが軍医の所見だった。
「頭のふらつきは恐らく貧血でしょう……二人とも血を大量に流しましたから。それ以外は問題ありません。腕や足も問題なく動くようです……念のため数日は、ここにいてもらいます……艦長もよろしいですか?」
そういう軍医に宇那木は頷き、二人に「しっかり養生するように」と言葉を掛けて、医務室を後にした。
それに続いて、渋谷や謎の女性、そしてゴルトも軍医たちに一礼すると医務室を出ていった。
「あの女性……治癒魔法とか言ったか?お前、知ってるか?」
「知っていたら、もう少し反応します」
「だよなあ……」
四人が出ていった医務室で、軍医と衛生兵はそう話して二人して天を仰いだ。
見えるのは冷たい鉄板の天井で、ここが艦内だという事を否が応でも告げてくる。
そんな現実と非現実の狭間を味わった二人は、考えるのをやめて負傷者の看病に戻るのであった。
所変わって、竹の士官食堂室。その一角に四人は集まっていた。
本来ならば艦長室でも使えばいいのだが、戦艦である長門に比べたら、駆逐艦の艦長室は手狭である。
そこで、人払いをした上で昼食後の士官食堂を使用することにしたのである。
食堂の舷窓からは、西に沈む夕陽が見え始めていた。
「まずは、部下を救って頂けたことに感謝します」
開口一番、宇那木はゴルトと女性に頭を下げた。
あの医務室での一件の後、女性は他の負傷者も呼び出させて、その奇妙な術で治療してしまっていた。
奇妙な術だったのだが、あの水兵の二人や副長以下数名の負傷が回復したのは事実だ。
ゴルトと女性の二人は、同じように微笑んでいた。
「我々としても人助けになったのならば幸いです。彼女の信条でもありますからな」
「信条……?とても崇高な信条をお持ちのようだ……えーっと……」
そこまで言って宇那木は、女性の名前を聞いていないことを思い出した。
ここまで急かされるように行動してきたので、うっかり名前を聞くのを失念していたのだ。
「そういえばまだ、名前を伺っていませんでしたね。私は宇那木と言います。貴女は……?」
女性の名前を聞こうとした時、当の女性は少し困った表情でゴルトを見た。
ゴルトは女性が見ていることに気が付くと、頷きを持って返した。
「側近様からの御許可が出たので話したいと思います……私の名は、ヒルデガルド。普段は魔王様の主治医をしております」
ヒルデガルドがゆっくりと微笑みながら話したことは宇那木と渋谷を困惑させるに十分だった。
未だ会ったことのない魔王という人物は、恐らくこの世界では雲の上の人物に等しいはずだ。
それが、正体不明の一団……ましてや敵か味方か分からない武器を持った軍人に対して自分の主治医を向かわせるという豪胆さ、相当な胆力の持ち主であろう。
「普段は魔王様の主治医ですが、国の一大事ともなればその場に向かい傷ついた者を癒す……私たちはそういう事をしています」
「そ、そうであれば……今回は『国の一大事』であると?」
渋谷が震える声でヒルデガルドに向かって尋ねる。
ヒルデガルドは、微笑みを持って答えた。これは肯定したという事だろう。
「なんとも清楚な事を……“戦姫”と言われておるくせに」
「ゴルト様?……なにか?」
宇那木と渋谷は、士官食堂全体の空気が氷点下まで下がったような感覚に襲われた。
発生源は間違いなく目の前にいるヒルデガルドだ。
ゴルトに向かって笑って問いかけているが、目は完全に獲物を捉えた猛禽類のそれである。
「何も言っておらんよ……二人が怯えているぞ」
「あっ……これは失礼を」
ヒルデガルドは、ホホホと口に手をあてがって笑うが、宇那木と渋谷は生きた心地がしなかった。
そして、心の中に「要注意人物」としてヒルデガルドの名前をしっかりと刻み込んだのだった。