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戦渦-12

 大打撃を与えたはずの大海蛇が、傷一つ無くその威容をありありと見せつけていた。

 その姿を見た竹の乗組員たちは、絶望に打ちひしがれていた。

 まさに怪物……そう言う他なかった。


 「艦長、如何いたします?」

 「俺にも分からん……突撃するか?」

 「目標は至近です……速度が乗らないかと……」


 宇那木と水雷長が相談していると、一本の通信が 入ってきた。

 相手は、長門の副長だった。

 通信文が宇那木に手渡され、それを読んだ宇那木は号令を発した。


 「両舷、前進強速……主砲で牽制しつつ距離を取れ」

 「艦長?一体……」


 命令に訝しんだ水雷長が宇那木に問おうとしたら、宇那木は黙って通信文を差し出した。

 差し出された通信文を読んだ水雷長は、顔が青くなった。


 「長門以下全艦が砲撃する……追加の艦爆と艦攻も上がったようだ」


 慌てて水雷長が艦橋横の張り出しから、沖合を双眼鏡で確認した。

 そこには、長門以下の艦艇が右の横腹を見せて、ズラリと並んでいた。


 「いつの間に……」

 「大海蛇と接触したときからだ……支援を頼んでいたが、一向に来ないから焦っていたが……」


 水雷長が振り返ると、宇那木は頭を掻きながら艦長席にどっかりと座り込んだ。

 幾分か和らいだ表情で、宇那木は呟いた。


 「これで駄目なら……万策尽きる」


 


 その頃、長門の艦橋では主砲斉射の用意が整いつつあった。

 諸元の入力が完了し、後は竹が退避すれば発射できる。

 問題はそれまで、大海蛇がジッと動かずにいてくれるかどうかだ。


 上空に張り付いている九七艦攻からの報告では、竹の動きに集中しているようで、ほとんど動きはないらしい。

 だが、それもいつまで持つか……。


 「副長、主砲用意よし」

 「分かった……」


 双眼鏡を握り潰さんばかりに持って竹を見守る副長に、砲術長からの報告が入った。

 そして、時は訪れた。


 「竹が着弾範囲から出ました!」

 「主砲撃ち方始め」


 長門全艦に主砲発射を告げるブザーがなり、長門の四一センチ主砲四基八門が一斉射した。

 轟く爆音と共に、砲口から大きな火焔が吐き出され、海面を打った。

 長門の主砲発射から遅れること数秒、利根以下の各艦艇も一斉に砲門を開いた。


 大海蛇までは、わずか数キロの距離しかないので、ほとんど水平射撃に近い。

 竹では、マスト付近を掠めるように飛んでいく砲弾の音が艦橋にまで聞こえた。


 「両舷、最大戦速!」


 宇那木が叫んだ瞬間、大海蛇の周りで激しい水柱が立ち上った。

 一際大きいものは、竹のマストを超えんばかりの勢いだ。恐らく長門の主砲だろう。

 着弾範囲から外れたとはいえ、その余波は竹を襲った。激しく船体がローリングするなか、竹は速力を上げて離脱を図った。


 「GIAAAAAA!!」


 大海蛇は、さながら断末魔のように叫びながら水柱の中で蠢いていた。

 そこに増援として上がっていた九九艦爆が、直上から急降下してきたから、たまらない。

 

 増援の九九艦爆は、先ほどより少ない三機だが、乗っているのはベテランらしく、三機が一本槍となって急降下していた。

 そして、それぞれが腹に抱えた二五番を大海蛇目掛けて投下した。

 投下された二五番は、寸分違わず大海蛇の頭部に命中したらしく、激しい火焔を上げた。

 更に止めと言わんばかりに、長門以下の艦砲射撃が撃ち込まれた。


 数分後、長門の第三斉射が終わり、各艦に『砲撃止め』の信号が出された。

 大海蛇に一番近い竹の艦橋では、宇那木以下の幹部が双眼鏡を手にして、ジッと一点を見つめていた。

 先ほどまで大海蛇が、その巨体を見せていた場所だ。


 宇那木は、着弾の水柱の中で大海蛇が蠢いていたのは確認していた。

 しかし、途中でその影が小さくなったようにも見えていたのだ。

 水柱の中で何が起きていたのか……それは、これから分かる事だ。


 霧のように立ち込めていた海水が、徐々に晴れていく。

 未だに大海蛇の姿は見えない。

 上空では、艦攻と艦戦が旋回しているが、上からだと何か見えるだろうか。


 そう思った宇那木が無線で艦攻へ指示を出そうとした時だった。


 「艦長、見えました……」


 水雷長が震える声で宇那木へと報告してきた。

 宇那木は、すぐに踵を返して艦橋の窓から現場を覗いた。

 

 そこには、赤い血を滾々と傷口から流している大海蛇がいた。

 ただ、一つだけ違うのは……先ほどまで頭のあった位置には、何もなかったという事だろう。

 どうやら、砲弾の直撃を受けた首が吹き飛んだらしい。


 「まさか……あれから動いたりしないよな?」

 「それはあり得ません……奴も生物の端くれですので」

 「誰だ!!」


 宇那木が誰に言うでもなく、自分の考えを呟いた。

 その疑問は、宇那木の直背から聞きなれない声が突如として聞こえてきたことで霧散した。


 「申し遅れました……私は、ゴルトと申します。以後、お見知りおきを……」

 「ゴルト……?」


 宇那木の背後に現れたのは、魔王側近のゴルトだった。

 突然の出現に宇那木以下艦橋にいた者たちは驚くばかりだった。

 そして、宇那木はゴルトの名前に聞き覚えがあった。


 それは、渋谷大佐が(おか)であった会談内容を艦隊に知らせた時の話だ。

 渋谷大佐当人や陸軍の御偉方が、陸で遭遇したという『現地の偉いさん』という人物の名前が『ゴルト』であるという話だった。

 その話を思い出した宇那木は、動揺を隠しつつもゴルトに話しかけた。


 「日本海軍駆逐艦竹の艦長、宇那木(うなぎ)(つよし)少佐です……先ほどの話は本当ですか?奴は死んだのですか?」

 「流石に首を落とされても死なない生物は、そういないでしょう……勿論、例外もありますが、アレ(・・)も生と死の理からは逃れられない……」


 ゴルトの話は、遠回しな表現に聞こえたが、それでもあの大海蛇が死んだという事実は間違いないようだった。

 そこで宇那木は、目標の死亡とゴルトが竹に現れたという通信を艦隊に向けて発信した。


 戦闘が始まり数十分……海中から来た刺客は、打ち倒された。

 そして、その場を離れる指示を出した宇那木に対して、ゴルトが待ったを掛けた。


 「実はあの生物の体は、貴重な資源でして……出来れば回収して頂きたい」

 「資源?」

 「はい。鱗は防具に、肉は食料に……血は薬になります。本来なら頭部も回収したかったのですが……」

 「無くなってしまったら仕方ない……と。分かりました。艦隊に知らせてから回収のために人員を出しましょう」

 「かたじけない」


 その後、艦隊にその旨を知らせた宇那木は、大海蛇の死体回収のため艦に搭載している小発二隻を出して海岸まで死体を曳航することになった。

 しかし、その死体は巨体過ぎて小発二隻では曳航できず、付近にいた大発三隻を呼び寄せて、やっと曳航できたのであった。


 死体がノロノロと海岸へ向けて曳航される中、竹の艦橋では宇那木とゴルトが話していた。

 話の中で、ゴルトは船の仕組みについて熱心に質問していた。


 「ウナギ殿、この船はどういう理屈で動いているのですか?帆や櫂などが見えませんが……それに、あの大きな筒や小さい筒が三つ並んでいる物は、どういった仕組みなのですか?」

 「船は、蒸気タービンで動いています。大きな筒は、簡単に言えば大砲です。小さな筒は機銃ですね」

 「タイホウ……キジュウ……どれも耳慣れない物ばかりですな」

 「まぁ、仕組みについては後ほど専門の者に説明させましょう……ゴルトさん、一つだけ聞いてもよろしいですか?いきなり私の背後に現れたのは、どういった事で?」


 宇那木の質問に、ゴルトは微笑みをもって答えた。

 散々ゴルトの質問に答えてきた宇那木に対して、ゴルトのそれは不誠実な対応ではあったが、それでもまだ話すべき事ではないと判断したのだろう。

 宇那木もそれが分かったのか、軽く笑ってその場を済ませることにした。

連続更新ここまでとなります。

次回更新まで、しばらくお待ちください。

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