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戦渦-9

 「声を荒げて申し訳ない」


 澤村が去り、静まり返った天幕内で森岡がゴルトに頭を下げた。

 

 「いえいえ、お気になさらず……」

 「そう言って貰えるとありがたい。内輪揉めほど見苦しいものはありませんからな」

 「モリオカ殿は、至って冷静なようですな?」

 「指揮官として、常に冷静な判断を下さねば、部下を無用な危険に陥れますので……。

  しかし、連邦とは人間以外に対して、随分と強硬策に出るのですな。相当に禍根があるようだ」

 「返す言葉もありませんな……」


 森岡の言葉に、ゴルトは落ち込んだ表情だ。


 「いや、決してゴルト殿を非難したわけでは……」

 「ええ、分かっております。申し訳ありません。

  全ては、捻じ曲げられた歴史によるものです。それを変えない事には、これからも魔族は排斥されたままでしょう……」

 「その話ですが……我々も腹を決めました」

 「……?」


 森岡は、昨日ゴルトが帰った後の出来事を話した。

 日独米で協力する事になった事。

 魔族に肩入れする前に、魔王と謁見したいという事。

 話せば話すほど、ゴルトの表情は穏やかになっていく。


 「そうですか……その事、早速陛下にお伝えします。今の戦線は、比較的落ち着いた状況ですが、変化がないわけではありませんので……」

 「よろしくお願い致します」

 「それは私が言うべき言葉ですぞ。他の皆様にも感謝を……良き風が吹きますように」


 そう言って、ゴルトは立ち上がり頭を下げると、煙のようにその場から消えてしまった。

 流石に数回同じものを見ると動揺しなくなるようで、今回は誰も驚いたりはせず、ただ森岡だけが頭を下げていた。


 「さて……連絡は終わりましたな。後は謁見する人員の選びましょう。

  まず、私と渋谷大佐にホルン少将、それにモリンズ大佐は決定として……後は参謀数名で良いでしょう。いかがですか?」

 「私は異論ないです。大佐は?」

 「私もです……中将、護衛は?」

 「護衛か……」


 モリンズに指摘されて、森岡は天を仰いだ。

 指揮官が軒並み出発する事を考えると、一個中隊を引き連れて行っても問題は無いはずだ。

 しかし、今回の訪問は友好的に済ませるつもりなので、物々しい護衛は返って相手方に不信を募らせる可能性があった。


 「……各軍から一個分隊出しましょう。ただし指揮官として尉官を付けてください」

 「閣下!それではあまりにも軽微です!せめて一個小隊ずつの一個中隊では……」


 じっくり考えて出した結論だったが、参謀の一人が直ぐさま反論してきた。


 「それは私も考えた……」

 「では……!」

 「だが、今回の訪問の目的を考えると、物々しい中隊編成では、相手方の不信を買う可能性がある。

  それに我々を害するつもりなら、米軍と独軍はとっくに壊滅しておるだろう……。私は、あくまでゴルト殿を信じる」


 森岡の決意を聞いた参謀は、押し黙ってしまった。

 通訳を介して今の話を聞かされたホルンとモリンズも護衛の件を了承し、派遣する人員を選んだ後に会議は終了した。


 ホルンとモリンズたちが天幕を後にし、残ったのは日本軍関係者だけとなった。

 森岡は、海軍代表である渋谷に話しかけた。


 「大佐、お疲れ様でした」

 「いえいえ、森岡中将もお疲れ様でした」

 「話は戻りますが、海軍からの出席は大佐と参謀だけでよろしいです。護衛は、我々が引き受けます」

 「いえ、そこまでお世話になるわけには……。我々の陸戦隊を出します。陸軍には及ばないでしょうが……」


 渋谷が謙遜したように笑うが、森岡は真面目な面持ちで渋谷を見つめている。

 それに気づいた渋谷は、笑うのをやめてバツの悪そうな顔をして森岡を見た。


 「気づいておいでですか……」


 渋谷が恐る恐るといった様子で森岡に尋ねた。

 その場にいた他の陸軍の面々は、何が起きているのかと疑問の表情だ。


 「ええ。あの陸戦隊は、『特別陸戦隊』ですね?」

 「……いつから?」

 「吉永と言いましたか?あの少尉が率いる一個小隊を見た時に薄々と……。

  弱兵だと誤魔化そうとしていた様子ですが、たまに見せる眼光は、精鋭そのものでしたな」


 森岡の突きつける言葉に、渋谷は大きく息を吐くと、深く椅子にもたれ込んだ。

 そして、訥々と話し始めた。


 「呉鎮守府第一〇一特別陸戦隊……通称山岡部隊。それが彼らの原隊です。

  彼らは、潜水艦を利用して米本土に潜入し、重要拠点に対して破壊工作をする為に訓練されていました」

 「米本土?!それは、また……」


 特別陸戦隊は、呉鎮守府以外にも佐世保で二隊編成された日本海軍の特殊部隊である。

 海軍陸戦隊の中から体力気力優秀で、風貌や体格が欧米人風な者を選抜し、編成されたとされている。


 各国の特殊部隊と似たような訓練を行い、その練度はまさに精鋭に等しかったとされる。

 編成が大戦末期であったことから、目立った活躍は無いが、企画された作戦では潜水艦により米本土に上陸し、航空機製造工場の破壊や、果てには大統領の暗殺まで企てられていたとされている。


 「無謀な作戦であるのは、本職も分かっています。実際、軍令部から情報を貰うまでは私も知らなかった……。

  軍令部も、彼らに死に場所を与えたかったのでしょう……」


 嫌気のさした顔で話す渋谷に、陸軍の誰もが口を閉ざしてしまった。

 その時だった。

 天幕の外から、耳をつんざくような爆音が響いてきた。

 その爆音に混じって聞こえてくるのは、大口径機銃の射撃音だ。


 「何事だ!」

 「森岡中将、あの音は爆雷の音です!」

 「爆雷?!潜水艦が!?」


 椅子から立ち上がる森岡と渋谷。

 そこに、外から誰か飛び込んできた。


 「失礼します!」


 飛び込んできたのは澤村だった。


 「中尉、一体何事だ!」

 「詳細は分かりません!突然駆逐艦が爆雷を投下して、沖に出て行きました」

 「なんだと?」


 澤村の話を聞いた全員が天幕から飛び出していった。




 天幕が無人になって、少し後……。

 フッと天幕内が明るくなると、ゴルトが現れた。


 「お待たせしまし……おや?誰もおられない」


 恭しく礼をして現れたゴルトだったが、そこは無人の天幕である。

 転移する場所を間違えたかと考えるゴルトだったが、外から聞こえる喧騒を耳にして、何か騒動が起きたと考えた。


 「ふむ……この気配は……なるほど」


 一人呟くと、ゴルトは天幕を歩いて出て行った。

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