戦渦-8
この話は少し短めです…
どのくらい話していただろうか。
恐らく十分も話してはいないだろうが、やけに二人の会話は長く感じた。
やがて、ゴルトが泣きそうなレインの頭を撫でると、話は終わったようで、レインは既に定位置と化した俺の後ろではなく、俺の横に立って俯いている。
俺が労るように頭を撫でてやると、レインは俺の顔を一瞬だけ見て、再び顔を伏せてしまった。
「……よろしいですかな?」
ゴルトが、その場にいる全員を見渡しながら言葉を掛けた。
レインに集中していた面々だが、その言葉を聞いて、姿勢を正した。
それを見て、ゴルトはゆっくり話し始めた。
「まず、確認ですが……獣人に対しての見識はお有りですかな?」
「いえ、全く……我々のいた世界では、人と呼ばれるのは人間のみでした」
「なるほど。では、少し獣人の説明を……」
ゴルトの確認に対して、その場の最高位である森岡中将が答えた。
その答えを聞いて、ゴルトは『獣人』と呼ばれる存在の説明を始めた。
俺が聞いてもいいものかと思ったが、実質的にレインの保護者なので、今後の為にもそのまま聞く事にした。
「まず、獣人という種族は多岐に渡ります。猫人族、犬人族、牛人族、猪人属、虎人族、龍人族…ざっと挙げられるだけでも、これだけの種族が、この世界には暮らしております。
彼等の特徴は、外見的特徴も去るものながら、高い身体能力で、体力は勿論の事、感覚的な部分も人間より優れている場合が多いです。
しかし、その反面魔力が乏しく、初級魔法は何とか使えても、中級魔法からは全く使えないという者が大多数を占めている……と、粗い説明で申し訳ないが、獣人としての特性は、この様な感じになりますな」
ゴルトの説明に、俺を含めた日本軍の人間は頭を抱えそうになった。
昨日の話でも出てきたが、魔力や魔法など、空想の産物である単語がポンポン出て来たからだ。
こちらの参謀たちは、話の内容を紙に走り書きしていた様だが、後で見返したところで頭を抱えるのがオチだろう。
不思議な事に、米軍や独軍の参加者たちは至って平静だった。やはり、お国が違うと考え方が異なるのだろうか。
童話の多くが生まれる欧州にあるドイツや、それを昇華させてトーキー映画を作らんとするアメリカならではなのだろうか。
「あまり難しく考えなくてもよろしいですぞ。
基本的な事は二つだけ……身体能力の高さと魔法がほとんど使えない。それだけ分かれば、後は我々となんら変わりないのが獣人という存在ですな」
「はぁ……いやあ、ここでは驚かされるばかりですな」
「モリオカ殿、いずれ慣れましょう」
「えぇ、そうなる事を願うばかりです……して、その話が子供とどう繋がるのか、お聞かせ願えますか?」
森岡中将がゴルトに切り出した瞬間、ゴルトの表情に陰が落ちた。
そして、その表情のまま口を開いた。
「レインの家族は、連邦に囚われたようです。
更に、これはレインには話していないのですが、恐らくは、もう……」
その言葉を聞いて、その場の空気が凍りつくのが如実に分かった。
ゴルトは、更に話を続けた。
「レインが住んでいた村は、港町にほど近い場所です。二年前に襲撃を受けた南部の港です。
あの地域にいた者たちは、兵士を含めほとんどの人間が囚われ、奴隷のように穀倉地帯で酷使されているという話です。
しかし、獣人は『極悪なる魔族の一員』として、奴隷以下の扱いか処刑されている……と、生き残りや間諜から報告を受けております」
「そんな……では、レインの両親は!」
「良くて奴隷、悪くて死刑となっている可能性が高いですな……なんとも嫌な話ですが」
俺は、苦虫を噛み潰したような表情で話すゴルトに、思わず横槍を入れてしまった。
しかし、現実は残酷だ。
良くて奴隷とは……しかし、希望は捨てるわけにはいかなかった。
「師団長、我々第八中隊を南部に派遣してください!」
「中尉!貴様、越権行為だぞ!」
「そうだ。一介の中隊長如きが何を言うか!」
「しかし、しかし……」
俺の手順を飛ばした直談判に、参謀たちから次々と野次が飛んでくる。
確かに、一介の中隊長如きが言う台詞では無いのかもしれない。
参謀に言い返そうとした時の事だった。
「落ち着け!子供に大人の争いを見せるな!」
森岡中将の一喝に、その場は水を打ったように静まり返った。
森岡中将は、俺をジッと見つめていた。
「澤村中尉、退室しろ」
「……」
「二度は言わんぞ」
「……失礼しました」
静かに告げる森岡中将に、俺は反論出来なかった。
俺は、敬礼するとレインを連れて司令部天幕を後にした。