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戦渦-6

 日本兵(こちら)米兵(あちら)のいざこざが終わってから数時間後の事、俺とレインは一緒になって仮設状態の師団司令部へと来ていた。

 と言うのも、あの騒動の後で連隊長へ挨拶に行った時に指示を受けたからだ。


 「澤村、師団長から話は聞いた。時間が来たら使いをやるから、それまで子供の面倒を見ていろ」


 どうやら森岡中将が連隊長に子供の事と俺の要請の事を話したらしく、それまでは非番と言う名の子守をしておくようにとのことだった。

 ついでに分隊の事を話すと、その全員も二日間の非番を無事に賜ることが出来た。


 その後、分隊を集合させ二日間の非番を伝えると、喜んだ兵たちは束の間の休息をとるべく別れていった。

 後に残ったのは、俺とレイン、それに真田だけだった。


 「お前は休まんのか?」


 非番を伝えても俺から離れようとしない真田に聞くと、真田は煙草に火を点けながら俺に笑って答えた。


 「将校だけ放っておくわけにはいかんでしょう?休ませては貰いますが、一応伝令として付いておきますよ」

 「そうか……じゃあ、早速レインと遊ぶか?」

 「……髭を剃ってからにしてください」


 そう言って俺に敬礼すると、真田は近くの木陰に座ってから髭剃りの準備を始めていた。

 有言実行とはよく言うが、即断即行だ。

 髭を剃り落とす真田を、レインは不思議そうに眺めていた。


 それから暫くして髭をすっかり剃り落とした真田と俺、そしてレインの三人で遊ぶことになった。

 遊ぶと言っても、手近な遊び場と言えば砂浜しかない。

 そこで俺たちは砂浜で絵を描いたり、砂遊びをしたりと、自分たちが子供の頃やったような記憶を頼りにレインと遊んだ。


 「中尉殿!自分たちもいいですか!」


 レインと一緒に砂に絵を描いていると、後ろから声が掛かった。

 振り返ると、そこには休んだはずの分隊員たちの姿があった。

 悶えた顔をしている奴がチラッと見えた気がするが、見なかったことにする。


 「お前ら休んでたんじゃなかったのか?」


 俺が当然ともいえる疑問を投げかけると、昨晩の歩哨を共にした伍長の春日が一歩進み出てきた。

 

 「どうも米兵たちの中で休むのは気が引けまして……かといって中隊は、まだ上陸していないので、暇を持て余しまして……」

 「なるほどな……じゃあ、一緒に子守でもするか」

 「はい!」


 そうしてレインに近寄ろうとする分隊員たちだったが、俺は俺の横を通り抜けていこうとする兵隊の襟首を掴んだ。

 鶏が絞められたような声を出して、俺に掴まった兵隊は池崎二等兵だ。


 「ちゅ、中尉殿……?」

 「……命令、池崎二等兵は子供の三メートル以内に近づくことを禁ずる」

 「はえ?」

 「復唱は?」


 池崎が心底残念そうな顔をしているが、昨晩の様子を見ていると何か良からぬことを仕出かしそうな気がしたのだ。

 命令を復唱しない池崎に、再度問いかけた。


 「二等兵……復唱は?」

 「はい!池崎二等兵、子供の三メートル以内には近づきません!」

 「よし……行っていいぞ」

 「は!」


 俺への返事は良かったが、池崎の足取りは重そうだった。

 重そうなわけは砂浜を歩いているからだと決めつけ、俺もレインの場所へと歩いて行った。

 それから昼飯までの間、レインと俺たちは砂浜を遊びまわっていた。


 「そろそろ昼飯の時間ですね……中尉、自分はめしあげに行ってきます」

 

昼飯の時間が近づくと、腕時計を確認した真田が数名引き連れて「めしあげ」に行った。

 微かに米の炊ける香りがしていたが、どうやら大隊の炊事班が主力より先に上陸して、後から上陸してくる連中の昼飯の準備に当たっていたらしい。

 

 「レイン、もうすぐ昼飯だぞ」


 俺は、身振り手振りでレインに昼飯であることを伝えた。一応、通じたらしくレインは遊ぶのを止めると、素直に俺についてきた。

 ちなみに分隊員たちも談笑しながら俺についてきていた。


 「可愛いなぁ……」

 「あぁ……故郷(くに)にいる妹の小さい頃を思い出したよ」

 「俺は娘だ……逢いてぇなぁ」


 木陰に座ると、近くに座った分隊員たちの話声が聞こえてくる。

 レインと遊んで早速、郷愁の念に駆られているようだった。

 レインは、彼らの思いなど露知らず、服についていた砂汚れを払っていた。

 

 「レイン、顔が汚れてるぞ?……よし、綺麗になった!」


 レインは、服だけでなく顔の至る所にも砂を付けていた。

俺は、持っていた手拭いを水筒の水で湿らせると、優しくレインの顔を拭ってやった。

 ついでに手も汚れていたので、水筒の水を垂らして手を洗わせた。

 

 「中尉~、飯持ってきました!」

 「おう、ご苦労。お前らも飯にするぞ」

 「はい!」


 俺がレインの身支度を整えていると、抱えた飯盒をガラガラと言わせながら真田たち昼飯の受領者が帰ってきた。

 真田は、飯盒を片手に二個ずつ持って俺の方へと歩いてきた。


 「はい、中尉殿。握飯と薩摩汁です」

 「ほぅ、えらく羽振りがいい飯だな」

 「なんでも師団長から指示があったらしいですよ……それと連隊長から伝言を受領してきました」


 俺に昼飯の入った飯盒を渡しながら、真田が小声で耳打ちしてきた。

 俺は、飯盒からレインの分の握り飯と薩摩汁を分けながら真田に尋ねた。


 「連隊長なら多分例の件だろうが……内容は?」

 「は、“一時間後に師団司令部へ出頭せよ”とのことです。その際、保護した子供を連れてくるようにとも言われておりました」

 「わかった」


 連隊長からの伝言だが、発信者は森岡中将だろう。

 恐らく、あの老人が既に来ているか、その時間に来るのだろう。

 考え事をしながら昼飯を食っていると、不意に袖をレインに引っ張られた。

 レインを見ると、両手で何かを飲む仕草をしてくる。


 「あぁ、悪かった。水が欲しいんだろ」


 俺が水筒の蓋を外して、レインに渡すと中の水を勢いよく飲み干していく。

 薩摩汁が塩辛かったのだろうか?


 「味噌が辛かったんですかね?」


 その様子を見ていた真田も、俺と同じ疑問を持っていたようだ。

 昨日は、ロック少佐から貰った米軍の携帯糧食を食べていたのだが、その時は何も問題はなさそうだったので、不安だ。


 やがて水筒の中身を全部飲み干したレインは、ムフーッと大きく息を吐いた。

 その後、残っていた薩摩汁を元気に食べる様子を見て俺と真田は胸を撫で下ろした。


 「ただ喉が渇いただけらしいな」

 「その様ですね……」


 俺がレインの頭を撫でてやると、頬一杯に握飯を詰め込んだレインが、笑顔で頭を俺の手のひらに擦り付けてくる。

 もし、俺に子供がいれば同じようにしたのだろうか……。


 「中尉、頬が緩んでますよ」

 「うるせぇ……髭達磨」

 「もう髭は無いんで、そのあだ名は意味ないですね」


 自慢げに顎を摩る真田を見て、少しイラっとしたのは、あえて言うまい。

 その後、俺は真田と話しながら自分の分の昼飯をサッと食い終わり、暫し休憩を挟んだ後、俺とレインの分の飯盒を真田に押し付け……引き受けてもらい、二人で師団司令部へと向かうことになった。

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