表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/73

戦渦-4

 「中尉、起きてください…中尉!」


 真田の声がして、俺は目が覚めた。

 辺りは薄明るくなっていて、夜明けになっていることが分かる。

 俺は起きあがろうとしたが、なぜか体が動かない…何が重いものが体の上に乗っているみたいだ。


 俺は目だけを動かして、体の上を見た。

 何か乗っている……よく見てみるとレインが俺の腹の上で丸くなって寝ていた。

 スゥスゥと健康的な寝息を立てているから、まだ熟睡しているのだろう。


 「なんだ…レインか……良かった」

 「一体、なにが良かったのかな?中尉」


 真田の声とは違う声が足元から聞こえて、俺の心臓が跳ねた。

 聞き覚えのある声だ。しかもその声の主はドンドンと近づいてくる。

 やがて俺は、その人物に上から覗き込まれた。


 「お早う中尉…よく眠れたかな?」

 「か、閣下ぁぁ!」


 俺を覗き込んだ人物は、他でも無い森岡中将だった。

 慌てて寝ているレインをどかして、その場に直立不動の姿勢をとる。

 真田も、森岡中将の後ろで『休め』の姿勢をとっている。


 「し、失礼致しました!」

 「いや、構わんよ。この軍曹から話は聞いた」

 「はっ!報告が事後になってしまい申し訳ありません」

 「その点も良しとしよう。だが、な?中尉…」


 森岡中将は、少し改まって且つ少し言いづらそうにこちらを見ている。

 俺は、なにも聞けず直立不動の姿勢のままだ。


 「幾ら懐かれたとはいえ、腹の上で寝かせることもあるまい?貴公…小児性愛者か?」

 「ち、違います!これは…」

 「いや、他人の趣味趣向をどうこう言うつもりでは無い…ただ、それだけはやめておけ」

 「閣下…本当に違います…今から詳しく説明します」


 俺は昨夜の出来事から今までのことを、ありのまま森岡中将に話した。

 半分笑っていたので、先程の会話も冗談だったのだろう。

 俺も寝起きで頭がまわっていなかった。

 ちなみに真田こと“ヒゲ”は、森岡中将の背後で見えないことをいいことに、終始ニヤけていた。

 あいつの休みは中隊長権限で減らしてやることを静かに決意した。


 「なるほど、なるほど…つまり名前しか分かっていないのか」

 「そうであります…つきましては中将閣下にお願いが御座いまして…」


 俺は、昨日の夜ぼんやりと考えていた事を中将に話すことにした。


 「なんだ?」

 「はっ。今日、ゴルト殿が参られるという事なので、ゴルト殿を介して、この子供の事を聞いてみたいと思います……御許可願えますか」

 「分かった。同席を許可しよう…それまでは非番で構わん。連隊長には上陸次第、私から伝えておこう」

 「感謝します」


 俺が敬礼で答えると、森岡中将も敬礼で返した。

 その直後、森岡中将の視線が俺の右下に動いた。

 それと同時に、俺の右足は誰かに掴まれた。

 敬礼を解いて見てみると、レインが俺の後ろに隠れるようにして、ジッと森岡中将を見つめていた。


 「おぉ、可愛らしい顔をしておるではないか……」


 森岡中将は、まるで孫でも見るような優しい目でレインを見つめていた。

 そして上衣の衣嚢に手を入れると、懐から小さな紙の包みを取り出し、レインの目の前に差し出した。


 「ほら、爺さんからの手土産だ…」


 レインは包みに恐る恐る手を出すと、それを受け取って、早速開いていた。

 包みの中には、飴玉や金平糖が何個か入っているようだ。

 しばし随順するレインだったが、甘い匂いがして食べ物だと分かったのか金平糖を口に入れた。


 途端に顔が綻び、レインは中将の足に抱きついた。

 礼でも言っているつもりだろうか。

 慌てて引き剥がそうとする俺を、中将は制した。


 「大丈夫だ。子供というのは、元気すぎるくらいが丁度いい……」


 レインをあやすその顔は、好好爺らしい優しさが滲み出ていた。

 その時、不意に森岡中将は空を見上げた。

 一瞬だったが、微笑みが寂しいものに変わっていた。


 「私にも孫がいたよ。生きていればちょうどこのくらいの年嵩だった……」

 「閣下?」

 「去年の初めだったな…娘夫婦を疎開させていた所に空襲があったのは……」


 足にしがみつくレインの頭を撫でながら、森岡中将は寂しそうに呟いた。

 俺は何も言えず、その様子を見守ることしか出来なかった。

 森岡中将も、この戦争で掛け替えの無い宝物を失っていたのだ。

 そう思うと、戦争の無常さを考えずにはいられなかった。


 ひとしきり森岡中将の足にしがみついて、頭を擦り付けていたレインは、満足したのかスッと離れた。

 そして、再び俺の所に来ると森岡中将を見つめていた。

 それを見て、先ほどと同じように微笑みを浮かべる森岡中将だったが、突然表情を変えて、真剣な眼差しで俺を見つめた。


 「中尉、どうなるか分からんが、その時まではちゃんと面倒を見るように…」

 「はっ。承知しました」

 「師団長命令だぞ?」


 そう言って森岡中将は、レインに小さく手を振ると歩いていった。

 俺は、背中を見せて去っていく森岡中将に深々と頭を下げて、その姿を見送った。

 真田も敬礼で森岡中将を見送ると、俺に話しかけてきた。


 「すいません…中尉とレインちゃんが一緒に寝ていて、起こすに起こせず……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げつつ真田が謝って来るが、先ほどのニヤついた顔が思い出される。

 内心では、どうしてやろうと考えていたが、俺の足にしがみ付くレインを見ていると溜飲が下がってきた。

 やっぱり、俺は危ないのだろうか……?


 「まぁ、いい……結果として中将にも話は出来たわけだからな。ところで今何時だ?」

 「〇六四〇です。先ほど、第一陣が上陸を始めました……」

 「どの連隊からだ?」

 「第二九五連隊(うち)からです。大隊順に上陸しています…あと、揚陸艇も物資の陸揚げを行う予定だそうです」

 「非番になったとはいえ、顔を見せに行かないわけにはいかんな」


 俺はそう言って、連隊が上陸している海岸へと向かおうとした。

 しかし、レインが俺の右足にしっかりと摑まっているので、閉口した。

 ちょいちょいと真田を手招きすると、レインに言った。


 「このヒゲで自由に遊んでいいぞ……」

 「ヒゲー!」

 「ちょっ!中尉!」


 名前は完全に「真田(ヒゲ)」で定着したらしく、俺が真田を指さすと笑顔になって突撃していった。

 馬乗りになられた真田は、俺に助けを求めているが、無視して海岸へと向かった。

 背後では未だに真田が助けを求めていた。


 「中尉!?さっきの仕返しですか?!ちょっ…痛い!レイン、やめてぇぇぇ!」

 「ヒゲーーー!」

 「中尉ぃぃぃぃぃぃ!」


 最後に振り返って、真田の様子を見た。

 真田は顔を押さえていたが、隠しきれない顎鬚がレインの標的になったらしく、小さな両手で無造作に引っ張られている。

 俺は、鼻で笑って海岸へと歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ