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会談-19

 「どうか皆さまの力を貸していただきたい…!」


 そう言って真摯に頭を下げるゴルトに、指揮所内の誰もが口を閉ざした。

 ゴルトの話を聞いて、それが途方もない昔からの出来事だというのを如実に感じたからだ。


 話が全て真実ならば、この戦争の発端となった出来事から軽く一〇〇年は経っている。

 それほど昔から、世代を超え復讐の炎を燃やし続けていた『勇者信奉』というのは危険すぎる。



 「ゴルト殿……だったかな…顔を上げてください」



 誰もが押し黙る中、口を開いたのは森岡中将だった。

 その声にゴルトは、ゆっくりと顔を上げて森岡中将をジッと見つめた。


 「辛い出来事を思い出させてしまったようで申し訳ない……」


 森岡は、椅子から立ち上がりゴルトに向かって頭を下げた。

 その様子を見てゴルトは、慌てて森岡を制止した。


 「貴方が頭を下げる必要などありません…ただ、知っていて欲しかった…!なぜ我々、魔族が人間から恨まれるのか…その原因を……」

 「話を聞いた限りでは、その勇者信奉者たちの完全な逆恨みに思えますが……」

 「我々の視点から見れば、そうなります……しかし話したように彼等には彼等なりの“正義”があるのでしょう……」

 「正義の裏もまた正義……か」


 よく『正義の裏は悪』だと答える人間がいるが、それは違うのではないかと筆者は思っている。

 結局のところ、何が正義で何が悪かは人の主観に依るところが多分にあると思うからで、視点が変われば『正義』とかいう言葉の定義が曖昧なものは意味を成さないと筆者は思うからだ。

 当事者双方の視点で客観的に物事を見るのは非常に難しい事だ。出来るだけ、そうありたいと思うが全くの中立というのは厳しいだろう。

 

 話を戻そう。


 「どうにか…我々魔族を助けて頂けませんか……!」

 

 再びゴルトが全員に向かって懇願する。

 それに対して答えたのは、やはり森岡だった。


 「ゴルト殿、貴方の話はしかと受け止めました……」

 「では……!」

 「しかし、我々にも元の任務があります……そこで我々だけで話し合いたいので…一旦退席して頂きたい」

 「……承知致しました。では明日、再び御目に掛かりましょう」

 「えぇ……それまでには返答も用意しておきましょう」


 森岡の答えに、少々落胆しながらもゴルトは指揮所を後にした。

 いや、正確に言えば煙のように一瞬で消えたのだが……。


 ゴルトが帰った(消えた)指揮所は、再び沈黙に包まれた。

 だが、直ぐに会議が再開した。

 口火を切ったのも、また森岡だった。


 「して、モリンズ大佐とホルン少将。是非、貴官らの考えを聞かせて頂きたい。彼等……魔族と言われる人たちに味方するのか、それともあくまでも我々だけで自活して活路を見出すのかを……」

 「待ってくれ中将…今、“我々”と言ったのか?それは、日本軍も自分たちに協力するという意味なのか?」


 森岡が、発した言葉に米軍のモリンズが待ったを掛けた。

 澤村がモリンズの言葉を通訳すると、森岡は怪訝な顔をして澤村に尋ねた。


 「澤村中尉、俺の言葉をそのまま通訳したのだろう?」

 「はい。そのままに……」

 「であれば問題ない。第九七師団は、貴官らの部隊と協力して事に当たりたいと、もう一度通訳してくれ……渋谷大佐もよろしいですか?」


 森岡は、海軍代表の渋谷に尋ねた。

 渋谷の答えは至ってシンプルだった。


 「現状、陸軍と海軍で仲違いをしている場合では無いですな……軍令部からの命令も受信出来ぬのですから。森岡中将殿に従いましょう」

 「ありがとう大佐……澤村中尉、通訳してくれ」

 「分かりました」


 澤村が森岡の意見をそのまま通訳すると、モリンズとホルンの表情が和らいだ。

 やはり、頭のどこかでは『敵対』の二文字が浮かんでいたのだろう。

 それが杞憂となり、やっと二人も一息つけたのだ。


 「まず、我がドイツ側の方針だが……」


 一息ついたのも束の間、ホルンが答えた。


 「既にやっている事だが、基本的には米軍との協調路線を採るつもりだ。元の世界に帰れる保証がない以上、我々は我々でまとまった動きを取った方が良いでしょうな……」

 「そうですか……モリンズ大佐は?如何様な考えであるのか?」

 「我々としてもホルン少将と同意見です。ただ、人間、魔族のどちらかに肩入れするとなると……」

 「先程のゴルト殿の話を鵜呑みにして、信用するのは些か早計か……」

 

 恐らくゴルトは、嘘は言っていないはずだ。

 しかし、自分たちを誘導して自陣営に引き込み、態勢を盤石なものにしようと利用している可能性がある。

 そして利用される部下の命を考える以上、三人の高官は慎重にならざるを得なかった。

 

 「そういえば……」


 思い出したように発言したのはモリンズだ。


 「ゴルトが言っていたのを今、思い出した」

 「なにをです?」


 森岡が問いかけるが、一瞬モリンズは言い淀んだ。

 そして随順すると、意を決したように言った。


 「魔王に会ってほしい……と」

 

 モリンズの言った言葉を聞いて、指揮所内は水を打ったように静まり返った。

 魔王…およそ地球で耳馴染みのない言葉というのもあるが、この世界……魔族にとっては、完全な最高権力者のはずだ。

 側近であるゴルトの独断専行なのかもしれないが、恐らく自分たちの事は既に魔王の耳に入っていてもおかしくはない。


 「少なくとも、こちらに選択権はなさそうな話ですな……」


 重い口調で森岡が発した。

 その言葉に誰も反応することなく、時間だけが過ぎ去る。

 森岡は、大きくため息を吐いた。

 その様子を驚いた表情で、モリンズとホルンが見つめる。


 「よろしい。会いましょう……」

 「閣下!」

 「参謀長、慎重派な私だが……時には思い切って相手の懐に飛び込む術ぐらい知っとるつもりだよ」

 「ですが……」

 「流石に一人では行かんよ。腕利きを選ばないとな」


 この中間参謀長と森岡の会話は、澤村はあえて通訳しなかった。

 日本語の分からない米軍と独軍の面々だが、言い争いをしているのが分かったのか、少し怪訝な表情だ。

 その様子に気が付いた森岡は、少し微笑んで俺に通訳するように促した。


 「澤村中尉、先方に“同行する”と伝えてくれ」

 「はっ!……それだけで大丈夫ですか?」

 「それだけでよい。……あと、師団を明日の朝に上陸させたいと伝えてくれ」

 「はっ。えー…」


 澤村が、今の会話をモリンズとホルンに伝えると、表情が元に戻った。

 そして、嬉しそうにホルンが一言だけ言った。


「ミスターモリオカ……アリ、アリガトオ」


 つたない日本語だったが、確かに日本語で「ありがとう」と発言したホルンに森岡以下の日本軍一同は目を剝いて驚いた。

 ホルンは笑って、ドイツ語で話し始めた。


 「友好国の挨拶ぐらいなら知っているさ…これでも軍人になる前は教員だった」

 「いやはや驚きましたな……お上手でしたぞ」

 「アリガトオ」


 森岡が、ホルンの日本語を褒めると再び日本語で礼を言ったホルンに森岡が笑い出した。

 それにつられて、他の日本軍幕僚たちも笑い始める。

 訳が分かっていない米軍のモリンズたちだったが、澤村が会話の内容を通訳すると、同じく笑い出した。


 指揮所内が笑い声に包まれ、朗らかな空気が場を包んだ。

 地球で、世界で、大戦が起き破壊と殺戮の限りを尽くしていた彼我の陣営……。

 

 しかし、異世界では世界大戦など遠い世界の話の様だった。

 今だけは……。

連続更新はここまでとなります。

いつもより一話少ないですが、ご了承頂ければ幸いです。



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