会談-13
森岡中将が幕僚会議で、直接会談に向かうことを決定してから、幕僚たちは忙しくなった。
と言っても持っていくような資料は少なく、主に人員選定の面で忙しくなっただけだが……。
護衛には、俺の第八中隊から一個分隊を出すことになっていたので、迷わず真田の分隊を選んだ。
真田は口をへの字にしていたが、真田には黄泉平坂まで付いてきてもらう予定なので、何の問題もなかった。
「問題ないわけないでしょう……」
どうやら口に出ていたようだ。
分隊員にはしっかりと詫びながら、取り急ぎ準備させて大発に乗り込ませた。
俺も救命胴衣を再び着付けると、大発へと向かった。
輸送船の舷側には、縄梯子が接舷した大発に向かって投げおろされていた。
真田の分隊は先に大発に乗り込んで、幕僚たちが乗り込むときの支援に当たる手筈だ。
それを舷側から確認していると、俺の背後から恨めしそうな声で話しかける奴がいた。
「澤村中尉……なんで私まで同行させるんですか……」
「お前、会議から逃げたろ……因果応報だ」
声の主は、海軍陸戦隊の吉永少尉だった。
本来なら幕僚会議に一緒に参加する予定だったのだが、帰って来た時には既に行方をくらましていた。
探そうとも思ったが、すぐに幕僚たちに呼ばれてしまったので、仕方なく一人で会議に参加する羽目になったのだ。
「あれは陸軍の会議でしょう?自分は海軍ですから……」
「こんな時に都合よく海軍を持ち出すな……おまけにお前らの小隊は、まだ俺の指揮下だ」
「……痛いところを」
そう。吉永少尉が第一回上陸の時に連れてきていた一個小隊は、上官からの命令が無い以上、まだ俺の指揮下にある。
つまり、自分の指揮下の部隊の中から誰を連れて行こうが俺の自由なのだ。そう思うことにした。
決して、私怨ではない…決して。
「中尉、分隊の移乗完了しました」
「よし!……師団長殿、準備できました」
「ありがとう……縄梯子など何時ぶりだろうな」
「下で押さえていますが、お気を付けください」
「分かった……君らは?」
「自分は最後に乗り込みます」
「そうか……ではよろしく頼む」
森岡中将は俺たちに軽く敬礼するとそのまま縄梯子で大発へと降りて行った。
続いて幕僚たちがおっかなびっくりという様子で縄梯子を降りていく。
自分も含めた全員が大発に移乗完了して待っていると、海軍の内火艇がこちらの大発に横付けしてきた。
横付けされた内火艇からこちらに移乗してきたのは、海軍の御偉方だった。
「戦艦長門艦長の渋谷大佐です。今回は部下共々よろしくお願いします」
海軍式の敬礼をして大発内にいる師団幕僚に挨拶したのは、他でもない長門艦長の渋谷大佐だった。
渋谷大佐が大発に乗り込んだ後、黒い海軍服を着た数名の佐官が乗り込んできた。
一人は、飾緒を付けていることから参謀であるという事が分かる。
「艦長が直々のお出ましとは……」
「陸軍の最高位が出向かれるというのに、海軍側が代理ではお話にならないかと思いまして……」
「それもそうですな。では、早速ですが向かいましょう……」
渋谷大佐と森岡中将が軽く言葉を交わすと、森岡中将から俺へ手を振って出発の合図をした。
出発に際し、俺は操縦席の後ろに旗を高く掲げた。
本来なら日章旗を掲げるべき場所だが、今回は日章旗ではない。
翩翻と翻る旗は、白一色。そう、白旗だった。
なにも白旗と言うのは降伏するときにだけ掲げるものではない。
正式な軍使を出すときは、こちらに攻撃の意思が無いことを示すため、また相手から攻撃されないように掲げる時もある。
今回の理由は、完全に後者の方だ。
午前中に一度行っているが、本日二回目があるとは伝えてなかった事と師団長直々に軍使をするのではっきりと目立たせることにしたのだ。
一応、師団長に参謀が御伺いを立てたらしいのだが、笑って了承したという。
大発が輸送船から離れて、少ししたところで俺は大発の導板の前まで進み出た。
「ここから約二〇分で海岸に到着します。今回は正式な軍使という事で白旗を立てていますが、一応最初は私と吉永少尉が白旗を持って最初に出ます……師団長閣下や渋谷大佐殿は、我々が合図したら大発から降りていただくようお願いします」
俺の説明に、森岡中将も渋谷大佐もこちらを真剣に見つめて黙って頷いていた。
それからしばらく大発の中は沈黙が続いた。
朝と同じように、波は穏やかで大発が揺れることも少なく、ただ発動機の音と大発が波を切る音だけが聞こえていた。
やがて、海岸まであと数百メートルになった時に、大発後方の操縦席から声が掛かった。
「あと三、四分で着岸しますが……誰か海岸に立っています!」
「何人だ!」
「二人です!米軍と独軍一人ずつの様です」
「よし、その真正面に着けてくれ!多分向こうの現地指揮官の二人だ」
俺の声に反応して、大発が僅かに針路を変えた。
そして数分後、大発が徐々に速度を落とすと、そこからズシンと衝撃が来て大発は止まった。
本来なら、ここで勢いよく導板が繰り出されてドッと飛び出すのだが、今回は導板は開かなかった。
「吉永少尉!白旗を持って前に!」
「はい。少し待ってください」
操縦席付近にいた吉永少尉が、大発後方の白旗を取るとそれを持って前の方に歩いてきた。
「じゃあ、旗持ちは任せたぞ」
「はい」
「……導板降ろせ!」
「降ろします」
操縦席から操作され、導板が前に繰り出された。
二段階式の導板が完全に展開すると、その目の前一〇メートルほどに二人が立っていた。
俺と吉永少尉は、ゆっくりとかつ安心して二人の前に進み出た。
「再びお会いしましたね…ロック少佐、アーレント中尉」
「戻って来るとは思っていたが、まさか今日中に戻って来るとはな…」
海岸で待っていたのは、やはり米軍のロック少佐と独軍のアーレント中尉だった。
二人は俺と吉永少尉を見て、苦笑いを浮かべていた。
俺は話を続けた。
「実は、我々の師団長閣下や海軍の指揮官殿が、そちらの最上級指揮官と直接話されたいと言われまして…」
「あの舟艇に乗っている二人か?」
ロック少佐の視線が後方の大発に流れた。
それを見て俺が振り返ると、森岡中将と渋谷大佐が合図も出していないのにこちらへ歩き出そうとしていた。
「そうです…」
「分かった。無線で本部に連絡してみよう……とりあえずは我々が話しても良いのかな?」
「よろしいと思います。今お呼びします」
「分かった」
森岡中将と渋谷大佐の振る舞いを見て苦笑いを浮かべる俺に、生暖かい視線を浮かべるロック少佐とアーレント中尉。
色好い返事がもらえたことで、大発に向かって手を振った。
それを見て、まずは護衛である真田軍曹の分隊が大発から降りた。
続いて、森岡中将と渋谷大佐がゆっくりと導板を下り、そのあとを師団幕僚の面々と海軍の幕僚たちが続いた。
森岡中将と渋谷大佐は、こちらから目線を逸らさずにまっすぐに歩いてきた。
ロック少佐とアーレント中尉は、気を付けのまま二人が目の前に来るのを待っている。
お互いの距離が後一歩と言うところで、森岡中将と渋谷大佐が停まった。
俺と吉永少尉は、邪魔にならないように横に退いて通訳を始めた。
「大日本帝國陸軍第九七師団長の森岡泰次中将だ」
「大日本帝國海軍戦艦長門艦長の渋谷清美大佐です」
二人は、それぞれ敬礼をして自己紹介をした。
それを見て、ロック少佐とアーレント中尉も答礼して自己紹介をする。
「米陸軍少佐、コリン・ロックです。ここの現地指揮官をしてます」
「独国防軍中尉、ピーター・アーレントです」
お互いの自己紹介が終わり、敬礼を解くと森岡中将が切り出した。
「早速で悪いが、貴公らの指揮官と話がしたい…友好的関係を望むというのは本意かどうか知りたいのだ」
「すぐに本部と連絡を取りますが、本部がここより内陸にあります…移動に約六時間は掛かると思いますが……明日にされては?」
「構わない。出来るだけ早い方がいいだろう」
「分かりました。では、準備が出来るまで指揮所の近くの天幕でお待ちください……ご案内します」
森岡中将の要請に、ロック少佐は渋ることなく了承した。
そして二人を連れて、指揮所の傍に立てた天幕まで案内を始めた。
俺は、大発付近に固まっていた護衛の分隊に合図を送った。
真田が頷くと、幕僚たちの周りに立って護衛しながら俺たちの後に続くようにして歩き出した。
海岸から森に入ると、朝までの景色から一変しているのに驚いた。
塹壕や陣地はそのままだが、朝の警戒時と違ってゆっくりとした時間が流れていた。
ある者は食事の準備をし、またある者は塹壕の淵に腰掛けて仲間たちと談笑している。
こちらが近づくと、将官がいたのが珍しいのか奇妙なモノを見るような目つきでこちらを見ていた。
しかし、すぐに自分の時間へと戻っていく。
その様子を見て、俺はこっちの幕僚たちをチラリと振り返って見た。
幕僚たちも初めて外国人を見るのか、奇妙奇天烈な目をして辺りを見回していた。
思わず笑いそうになるが、師団長が近くにいるので必死に我慢して真面目な顔をするしかなかった。