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会談-8

 ロックの後を追って、アーレントが指揮所の外に出た。

 指揮所の外では、先ほどの話を聞いた中隊長たちが部下の小隊長たちに状況を説明していた。

 一方のロックは、指揮所の横で海を眺めながら煙草を吹かしていた。

 アーレントは静かに近寄ると、ロックに声を掛けた。


 「ロック少佐」

 「うわっ!驚いた…どうしたアーレント中尉?何か問題でも」

 「いえ、ただ…」

 「ただ、なんだ?」


 不安そうな表情をしておられたので…という言葉を飲み込んだアーレント。

 いついかなる時代でも指揮官の不安を部下に気取られては、戦う前から負けが決まったようなものだ。

 アーレントは十分に言葉を選んでから発言した。


 「少佐の顔に重々しい雰囲気を感じたもので…」


 アーレントは素直な男だった。

 それを聞いて、ロック本人は噴き出していた。


 「くっくっく…中尉は素直な人間だな…はっきり言えよ。不安な顔つきをしていたとな」

 「面目ありません」

 「いい、謝るな。部下の事を考えていた」


 遥か遠くを見つめながら煙草を吹かすロックの顔は真剣だった。

 

 「どう少なく見積もっても、日本軍は一万人以上…おおよそ二個連隊か一個師団ぐらいだろう。それが一斉に上陸してきたらと考えると何人死人が出るのか…いや、もしかしたら全滅するかもな」

 「それだけは防がないといけません」

 「そうだ。だが、敵は強大だ…中尉は、戦艦の艦砲射撃を見たことがあるか?」

 「いえ、東部戦線は陸軍同士の戦いでしたので…」

 「俺はノルマンディーで見た。…凄まじいモノ(・・)だぞ、あれは」


 そう言って、吸っていた煙草を投げ捨てたロック。

 横では、いまいちピンと来ていないのかアーレントが疑問に満ちた顔をしていた。


 

 近代の戦争史にその名を遺す「ノルマンディー上陸作戦」は、正式名称を「ネプチューン作戦」と呼称し、フランスのパリ解放までの作戦である「オーヴァーロード作戦」の最初の作戦として実行された。

 一九四四年六月六日、ドイツ占領下フランスのコタンタン半島にあるノルマンディー海岸をユタ・オマハ・ゴールド・ジュノー・ソードと五つの区域に分類して、英米仏加の四ヶ国の兵士約一〇万人が一斉上陸を敢行した。


 これを支援する海軍艦艇約一三〇隻の中に米英の戦艦が五隻あった。

 陣容は、米戦艦三隻…アーカンソー・ネヴァダ・テキサス…と英戦艦二隻…ウォースパイト・ラミリーズ…である。

 これらは、それぞれが巡洋艦や駆逐艦を伴った小部隊を編制して、激しく戦闘を繰り広げる各上陸地点への砲撃支援を行った。


 中でもオマハビーチ西岸を担当していた米戦艦テキサスは、上陸して街まで進撃していたものの苦戦する味方部隊の突破口を開くために、海岸まで僅か三キロ足らずの位置まで接近して、主砲の水平射撃を行っている。

 その後、部隊がテキサスの主砲の射程限界まで進撃したため、最後の火力支援としてバルジに注水し船体を傾けて射程を伸ばして砲撃を行っている。


 ちなみにテキサスはその後、太平洋戦線にも参加して硫黄島と沖縄本島への艦砲射撃も実施している。

 二〇二〇年現在は、テキサス州ヒューストンで「二つの大戦を生き延びた誇りある戦艦」として修繕を待ちながら保存されている。


 

 話を戻そう。



 アーレントはその当時東部戦線で任務に就いていたため、西部戦線で起きた出来事を断片的にしか知らない。

 そのため、話の内容がいまいち分からなかったのだ。


 そして、アーレントはロックが見つめる海を見た。

 晴れ渡る空に穏やかな海、この景色なら探せば欧州に似たような地形が見つかるかもしれない。


 だが、ここは自分の知る土地とはどこにもつながっていない海なのだ。

 この土地は、全ての理が自分の知っている場所とは異なる場所…そう思うとアーレントは言いようのない不安に襲われた。

 アーレントの感情を知ってか知らずか、ロックは再び煙草を吸いだすと話し始めた。


 「とにかく今は生き残ることを考えなくてはな…」

 「そうですね…敵が歩兵だけなら機関銃だけでなんとかなるかもしれません」


 そう言って振り返るアーレントの背後では増援として来たドイツ軍歩兵分隊が自分たちの塹壕に偽装を施していた。

 どうやら念入りに偽装しているのは機銃座らしく、そこには一挺の黒光りする機関銃(MG42)が据えてあった。


 「”電動のこぎり”か…」

 「電動のこぎり?そちらではこいつの事をそう呼んでいるのですか?」

 「銃声が連続して聞こえるからな…何回か前線でやりあったが、こいつが撃ってるときは頭なんか上げられやしねぇ」

 「今は味方で良かったですね」


 アーレントが皮肉交じりでそう言うと、ロックは顔を背けてしまった。

 よっぽど煮え湯を飲まされたのだろうとアーレントは思った。



 世界の傑作機関銃としても高名なMG42は、当然ドイツ国防軍の主力汎用機関銃として運用されていた。

 先の主力機関銃であったMG34は、優秀な機関銃ではあったが、熟練した職人の手作りの部品が多く生産性が悪かった。

 そこで第二次大戦開戦後の一九四二年、ドイツのグロスフス社がプレス加工を用いた本銃を開発した。


 口径や作動方式などの中身はほとんどMG34と変化していないが、新機軸を採用したお陰で汚れにも強く、過熱した銃身も素早く交換できるという今日の汎用機関銃のルーツに近いモノが完成した。

 反面、発射速度が高まりすぎて(毎分一二〇〇発強)命中速度が落ちたといわれているが、それはその高速の発射速度の弾数で補った。

 現在でも設計をほとんど変えずに、口径をNATO弾仕様に変更したMG3がドイツ連邦軍で制式採用されている。



 何はともあれ、準備は整った。

 後は、日本軍がどういう手を打ってくるのか待つのみとなった。


 「では、私はこれで…部下に指示を出してきます」

 「あぁ…頼んだぞ」

 

 そう言って、アーレントは部下のもとに歩いて行った。

 あとに残されたのは、未だ海を眺めるロックだけだった。

 吸い終わった二本目の煙草を投げ捨てたロックは、指揮所へ戻ろうとした。

 その時、不意に海からの視線を感じて振り返った。


 一点を見つめるロックの目には、ブロンドの髪の長い女が海岸から少し離れた海面から顔だけ出してこちらを眺めているのが見えた。

 ロックが慌てて自分の両目を擦って、再びそこを見つめたとき、女は跡形もなく消えていた。


 「…俺も疲れてるのかな。そうだなきっとそうだ…」


 敵の襲来という恐怖よりも別な恐怖で背筋に寒気が走ったロックは、ぶつぶつと自分に言い聞かせるように独り言を喋りながら指揮所へと足早に戻った。

 そしてこのことを誰に言うでもなく、寝台で横になった。

 ちなみに、その時の噂によればロックは青い顔をしたまま、ブランケットを頭までしっかり被って寝ていたようである。

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