会談-6
機関銃と対戦車兵器を増援として送ったとの情報を受けて、ロック少佐率いる食料大隊は安堵した。
日本軍がどういう攻撃をしてくるのか分からないがこれで戦闘が始まっても、いきなり壊滅するという事は防げるだろう。
あとは日本軍を待つ間、海岸に向けて大急ぎで塹壕と機銃座を掘るだけだ。
食料大隊の兵士たちは、艦載機を確認してから増援が到着するまでの丸一日を陣地設営に費やしていた。
そして増援が出発した日の夜遅く、日を跨がないうちにアーレント中尉率いる歩兵が海岸に到着した。
すでに休んでいたロック少佐は当番兵に起こされて、あわてて増援部隊のもとに走っていった。
「アーレント中尉以下一個中隊、ただいま到着しました」
「おぉ!待ちわびたぞ……機関銃は?持っていないようだが?」
「重量のある兵器はジープで運んでいます。ただ、不整地なのでもうしばらく時間が掛かりそうです」
「そうか…とりあえず今夜は休んでくれ。場所は用意してある。起床は〇六〇〇だ」
「感謝します、少佐」
そう言ってアーレント中尉は敬礼すると後ろに控えている兵隊のもとへ行き、装備を外すように命じた。
増援としてやってきた各々がタコツボに入って休み始めると神経を擦り減らしながら来たのか、五分も経つと寝息が聞こえてきた。
ほどなくして装備を積んだジープも三台やってきたが、荷下ろしだけさせて運転兵と助手兵にも休むように命令し、その日は終わった。
道中の様子が気になったロック少佐は、運転兵を呼び止めて話をしてみた。
「運転ご苦労様…道中どうだった?」
「少佐……それが…」
運転をしてきた兵士は、ロック少佐の問いに少し言い淀んだ。
まさか、あのアーレント中尉は問題のある将校なのかもしれない。
そう思ったロック少佐はズバリ聞いた。
「あのアーレントとかいうドイツ人に問題があったのか?」
「いえ、そうではありません。むしろ通訳を立てて、こっちの将校たちと積極的に俺たちとコミュニケーションを取っていました」
どうやら違ったらしい。さらに運転兵は話を続けた。
「問題…というより不思議なことです。道中、暗くなってからは灯火管制をして俺たちのジープ以外は明かりをつけていなかったのですが、ゆらゆらとしたランタンみたいな光が俺たちのすぐ周りを回っていたんです。しかも、岩だったり倒木だったりの危険な箇所では俺たちにそれを教えるかのように集まってくれて…お陰で無事に到着できました」
「それは、蛍みたいな生物だったのか?」
「いえ、そんな小さなものじゃなく…だいたい一〇センチくらいですか…そんな大きさでした」
「うーん…まぁ訳が分からない土地だからな……。そんな生き物がいてもおかしくないか。こちらに敵意を持ってなかったのが幸いだな」
「そうですね」
ロック少佐も運転兵も頭を捻ったが、ここは異世界だという事で話を落ち着けた。
そして翌朝、増援部隊が起きてきたので作業が始まった。
アーレント中尉とロック少佐の二人は、配置を確認するために海岸まで歩いてきた。
部隊が展開していた場所から、だいたい五〇メートルほど歩くと海岸の際に出た。
二人はちょうど海岸の中心付近に立っていて、正確に測っていないが海岸の幅はだいたい左右に五〇〇メートルほど広がっている。
「どう思う中尉?」
「どうと言われましても…上陸阻止は経験してません」
「嘘はいかんよ?中尉」
「……」
「君の経歴は本部で目にしたよ…ドニエプル川のソ連軍大規模渡河を迎え撃ったと」
「…二年前の事です。自分は辛くも脱出できましたが、部下は大半が命を落としました」
そう言って目を伏せるアーレント中尉を見て、ロック少佐はいつの間にか煙草を吸っていた。
そしてアーレント中尉にも煙草を勧めた。
「ほら、吸うか?」
「ありがとうございます」
素直に煙草を受け取ったアーレント中尉は、火を点けてもらうと深々と吸った。
無言の時間が幾分か流れたが、当人のアーレント中尉が口を開いた。
「感傷に浸っている時間はありませんね…配置を考えましょう」
「そうだな…」
二人は、海岸に出たり森に入ったりを繰り返しながら部隊の配置分けを考えた。
途中、食料大隊から中隊長の三人を呼んできて配置を指示しながら、時間は流れていった。
そして夕方には、配置が決まった。
配置予定は、重機関銃を海岸の両端に各一丁、そして中央に一〇〇メートル間隔で配置してどの地点に来ても十字砲火が出来るように対処する。
対戦車兵器は、各機銃座に点々と配置してから敵が機銃座を踏みつぶしに来た時に至近距離からかます予定となった。
その他の歩兵は、機銃座に隣接するように掘った塹壕やタコツボに分散して配置という事になった。
最後に残った問題は、日本側への通信方法だった。
だが、意外にもあっけなく問題は片付いた。
というよりも選ばれた方法は、完全な消去法だった。
無線は使えない。手旗信号なんか分からない。という事は、光による明滅でしかモールスは使えない。
太陽光は、日中でないと使えない。懐中電灯やランタンの類は光が弱すぎる…車両のライトなら光量としては申し分なく、日中でも遠くから見ることが出来る。
そういう話し合いもあって、ジープを一台使ってヘッドライトによる信号が行われることになった。
ただ、モールスを担当する兵士が慣れ親しんだ電鍵からヘッドライトの操作に悪戦苦闘する事態があったが、何とか予定する信号が打てるようになった。
それと並行して、機銃座や塹壕、タコツボといった陣地も大急ぎで作られたが、どの陣地も出来る限り入念な偽装を施した。
そして、陣地構築に必要な丸太を確保すべく工兵隊は森の木々の伐開作業に取り掛かったが、問題が発生した。
生えている木々は、ほとんどが巨木と呼んで差し支えない大きさであり、持参していたノコギリや斧では歯が立たなかったのだ。
やむなく工兵隊は伐採を諦め、土嚢と落ちていた枝葉だけで陣地の構築を終えた。
一日半掛けて塹壕も粗方掘り終えて、各壕を繋ぐ連絡路も八割方が完成した。
昼食が済み、一段落したところでロック少佐から中隊長に対して指揮所に召集が掛かった。
地面を掘り下げて、半地下式となった指揮所では大隊長のロック少佐、それに各中隊長、増援部隊の指揮官であるアーレント中尉が集まって会議が開かれた。
「少佐、拠点は粗方整いました。あとは細かいところだけです」
「ありがとう。工兵にはこれからも苦労を掛けると思うが、頼んだぞ」
「分っています。これが工兵の仕事ですから」
会議は、工兵中隊を指揮する中尉から陣地構築の進捗状況が説明された。
おおむね作業が完了したらしく、ロック少佐も安堵した。
その次に歩兵中隊長の大尉から部隊の状況について説明がなされた。
「部隊の状況ですが、今のところ交代で海岸を見張っている状態です…あと事故で五名を本隊へ送り返しました」
「あぁ、報告は聞いている。護衛も付けたんだろ?」
「はい。余裕があると思ったので、一個分隊とジープ一両を護衛に付けました」
「まったく……慣れない作業とはいえ、五人もケガ人を出すとはな」
「監督不行き届きです。申し訳ありません」
「大尉が謝らなくてもいい…いつ何が起きるか分からないのだ。死人じゃなくて幸いだよ」
「ありがとうございます」
事故の五人はいずれも、この二日間で発生した。
そのほとんどが、陣地構築をしている最中に丸太に指や手を挟んでの骨折、夜警中に塹壕に転落しての顔面裂傷と足の骨折など、十分に気を付けていれば防げた事故ばかりだった。
しかし、緊張した状況では致し方ない事態なのだとロックもやかましくは言わなかった。
ただ、ここでは応急処置しかできないので止む無く後送したのだった。
「そのほかに報告がある者はいないか?」
ロックが会議に参加する者を見回していったとき、一人が指揮所の隅で手を挙げた。
それを見たとき、ロックは思わず驚きのあまり叫んでしまった。
皆がそれに釣られて、その方向を見てさらに驚いた。
「驚かれてしまったかな?魔王側近のゴルトです」
一体どこから現れたのか、そこで手を挙げていたのは、魔王の側近と言っていたゴルトだった。
彼の後ろには、ブラックスーツに黒い手袋という格好で二人の若い男も立っていた。