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吶喊した先-12

少し長めです…

 中隊本部が会議をしていた山頂までは、四〇〇メートルほど離れている。

 緩やかな上り坂だが、森の中にある道は夜になると月明かりでさえ疎らにしか届かない。

 かと言って、無暗に灯りをともせば自分たちの位置が丸見えになってしまう。


 俺を先頭に一列縦隊になって、慎重に急いで数分後には山頂に着いた。

 山頂に到着した俺たちを待っていたのは、中隊長の北島大尉たちだった。

 北島大尉は額から血が流しているにも関わらず、中隊の指揮を執っていた。


 「北島大尉!大丈夫ですか?」

 「澤村か…俺は大丈夫だ。くそ…奴ら俺たちを狙ったのか?」

 「かもしれません…下から見た時、弾着はまとまって見えました」 

 「そうなのか…どこかに観測地点でも作ってるのか?」

 「大尉、それよりも傷の手当てをしないと…」

 「傷?俺は負傷しているのか?」


 俺が持っていた手拭いを北島大尉に手渡そうとすると、大尉が驚いていた。

 どうやら砲撃の動揺が激しく、自分が怪我をしていることに気づいていなかったらしい。

 途端に大尉の体の力が抜けて、その場に倒れこんでしまった。


 「大尉、しっかりしてください!衛生兵ーっ!」

 「中隊を…中隊を…」

 

 急に具合が悪くなった大尉を見て、おかしいと思った俺は大尉の体を探った。

 頭から順に下に降りていくと、ヌルっとした感触の場所があった。そこは左足の付け根付近だった。

 ちょうどその時、携帯電灯を持った衛生兵が来たので、その場所を照らさせた。

 

 「これは…」

 「少尉殿、向こうに臨時の救護所を設けてます。とりあえずそこまで大尉を運びましょう」

 「そうだな…よし、お前は足を持て。俺が頭の方を持つ」

 「はい。行きましょう」


 衛生兵の持つ電灯の仄かな灯りに照らされた大尉の左足は、軍袴の一面がどす黒い血で染まっていた。

 軍袴(ぐんこ)の左足の部分数ヶ所が破れていて、一番大きく破けているところから出血しているようだ。

 おそらく砲弾の破片を喰らっていたが、混乱から気が動転して痛みを感じなかったのだろう。


 余談だが、混乱した戦場に置かれた兵士たちでは、時折こうした現象が起きる。

 人間は興奮状態に置かれると、体内でアドレナリン(エピネフリン)が分泌されて、一時的にだが身体能力が上がる。

 そして、その状態では痛覚の麻痺といった現象も起こることから、戦場ではこういった現象が起こりやすいと言われている。


 衛生兵と二人で、大尉を救護所に運ぶとそこには数人の将校と兵が寝かされていた。

 大尉と同じような重傷者も複数いるが、衛生兵の数は足りていないので兵隊たちが看護に当たっていた。

 救護所の隅に大尉を寝かせると、その横にいた人物を見て目を疑った。


 そこに横たわっていたのは、第二小隊長の三条光男少尉その人だった。

 少尉は既に瀕死の状態といった様子で、頭の近くに置かれたカンテラに照らされた顔色は蒼白だった。

 俺は、少尉の顔の近くに膝をつくと話しかけた。


 「少尉!」

 「おぉ…澤村…か?無事だったか…」

 「自分たちは無傷です。中隊本部がやられたと聞きましたが…」

 「あぁ…ゴホッゴホッ……水を、水をくれ」


 少尉が咽るのを見て、慌てて腰の水筒に手を伸ばす。

 その時、ゆらゆらと揺れるカンテラの光が少尉の体を一瞬だが照らした。

 俺は、その一瞬で見えた光景に驚いて、カンテラに手を伸ばすと少尉の体に近づけた。


 そこには、あるべきはずの少尉の下半身がなかった。

 厳密に言えば、少尉の両足が根元から吹き飛ばされていてズタズタになっていた。

 傷口を紐で縛って止血処置はしてあったが、後送しない限り…いや後送しても厳しいだろう。


 俺は、無言でカンテラを少尉の枕元に戻すと水筒を腰から外して、少尉に水を飲ませた。

 少尉は口に含んだわずかな水を嚥下すると、再び浅く荒い呼吸を始めた。

 そしてうわ言のように、俺に話しかけた。 


 「澤村…敵の……砲陣地を、潰せ。敵の…」

 「少尉、分かってます。もう、喋らないでください…」


 少尉の肩を押さえて落ち着かせようとしたときに、突然少尉が腕を伸ばして、俺の襟首をつかんだ。

 体勢を崩した俺に、少尉が微かな声で語りかけた。


 「澤村…兵を…無駄死にさせるな………」

 「三条少尉?…少尉!衛生兵っ!」


 三条少尉は一言だけ呟くと、俺の襟をつかんでいた腕の力が抜けて地面へと投げ出した。

 俺は少尉の体を揺さぶるが、すでに反応は無い。慌てて衛生兵を呼んだが、時間の無駄だった。

 俺が呼ぶ声で飛んできた衛生兵が、少尉の首に指を当てて脈を確認したが、俺に向けて首を横に振った。

 

 そして、少尉の死亡確認をした衛生兵は、自分を呼ぶ兵隊の声でその場から離れた。

 俺は少尉の亡骸を眺めながら、ただ茫然と座り込んでしまっていた。

 三条少尉が戦死した事で、小隊の指揮は次席である俺が執ることになった。


 今まで必要最小限の損害しか出していなかった第二小隊だったが、自分にそれが引き継げるか不安になった。

 もしかしたら、ただ一度の攻撃で部下を全滅させてしまうかもしれない。

 そう思うと、途端に責任の重さで体が押しつぶされそうになった。


 「澤村少尉!三条少尉は?!」


 不安に苛まれていると、背後から野太い声がした。

 そこには、手に三角巾を持って立っている真田伍長がいた。

 ここには衛生兵が足りないので、小隊の他の者たちは負傷者の応急処置を手伝っている。


 「少尉は靖国だ…」

 「……」

 「真田、分隊長を集めろ…。三条少尉の敵討ちだ」

 「分かりました…」


 俺は振り返りもせずに真田に指示を出すと、真田は何も言わずに了解して分隊長を探しに走り去った。

 真田が走り去った後、第二分隊の他の兵が俺のところへやってきた。

 兵たちは戦死した少尉に合掌すると、別の場所へ運んで行った。


 ここは臨時だが救護所であって、遺体を置いておくところではない。

 おおかた軍医か衛生兵から亡骸は早く遺体置き場に運ぶように言われたのだろう。

 少尉は、二人の兵に抱えられて運ばれて行ってしまった。


 「澤村少尉、分隊長をお連れしました」

 「…ご苦労」

 「では、自分は救護の手伝いに戻ります」

 「待て、真田。お前も聞け」


 数分後、分隊長たち真田に連れられて俺のところへやってきた。

 俺は手伝いに戻ろうとする真田を引き留めた。


 「真田から聞いたかもしれんが…小隊長が死んだ」


 改めて三条少尉戦死を分隊長たちに伝えると、皆の表情が曇った。

 優秀な小隊長を失ってしまい、士気が下がっているのは分かっていた。

 だが、それでも言わざるを得なかった。


 「少尉が戦死したので、以後は次席の俺が指揮を執る。異論はないな?」

 「「「了解」」」

 「真田。お前は俺が抜ける代わりに、第二分隊長として分隊の指揮を執れ」

 「分かりました」


 俺が次席だと三条少尉が依然言っていたので、それに従い小隊長を引き継いだ。

 それに伴って、第二分隊は真田に預けることにした。

 小隊長と分隊長の兼任は、どうしても無理があるからだ。

 

 「いつ、また敵の砲撃があるかもしれん…。その前に敵の砲撃陣地を潰さないといけないが…誰か発射地点が分かるか?」

 

 付近に聞こえるような声でした俺の問いかけに、その場にいたほぼ全員が頭を振った。

 あたりを見回しても、兵たちのほとんどが見ていない様子だった。

 

 「やはり駄目か…。」


 そう思って、別の作戦を考えようとしていた時遠くからカンテラを持った一人の兵が走ってきた。

 仲間でも探しているのかと思ったが、俺を目掛けて一直線に駆けてくるから、多分俺が目的なのだろう。

 息を切らしながら走ってきた兵は、敬礼もそこそこに俺に話しかけてきた。


 「今の…今の呼びかけは少尉殿ですか?」

 「発射地点が分かるかと言った事か?だとしたら俺だ。貴様はどこの隊だ?」

 「機関銃中隊、上等兵の山田です。今の話ですが、自分の相方が発射炎らしきものを見たと言っておりました」

 「本当か?!それで、貴様の相方はどこにおる」

 「……逝きました。ですが、おおよその場所は聞いております」

 「分かった。場所を教えてくれ」


 俺は、作戦前に受領していた地図を広げて発射炎が見えたという場所を聞いた。

 その場所は、山を下って数百メートルほどの場所だった。

 俺たちからは見えなかったが、さっきまで警戒のためにいた場所から一キロほど下った場所のようだ。


 「よし、助かった。小隊を集めろ…敵の砲撃陣地を攻撃するぞ」

 「しかし、一個小隊で間に合いますか?中隊長殿に進言して、他の小隊も連れていかれては?」

 「大勢で行けば、動きを悟られてまた砲撃を喰らう可能性がある。第二小隊だけで動く必要がある」

 「敵の規模は?大規模な砲兵だったら返り討ちにされる可能性も…」

 「おそらく砲兵一個中隊と護衛の一個小隊といったところだ…人数にしてだいたい五〇から六〇名といったところだろうな」

 「…やはり応援を含めてもう少し人数を確保したいですね」


 俺の言に対して、真田を含めた分隊長たちから矢継ぎ早に質問が浴びせられる。

 確かに応援として、もう一個小隊ほど欲しいが要塞攻略にも人手は必要だ。

 考えていると、一人の将校が俺のもとへ歩み寄ってきた。


 「澤村、三条が死んだと聞いたが…」

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