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吶喊した先-11

 道路に戻ると、トラックは既に出発しており徒歩行軍する兵しかいなかった。

 腕時計を見ると、通過予定を二〇分程超過している。

 さっきの戦闘で負傷した二名の兵を、後方にいるはずの衛生隊へ向かわせると、俺は駈足の号令を掛けた。


 今回の行軍は、いかに素早く敵要塞に辿り着くかを目的としている「急行軍」のため、大隊のほとんどが早足で進んでいる。

 陸軍には「行軍軍紀」と言われる規定が存在していて、これには中隊単位で行軍する将兵の速度と時間を厳密に規定してある。

 一時間に四キロを基準の行軍速度と規定し行軍するのだが、今回は一時間に五キロから六キロの速さで進んでいる。


 おまけに一部はトラックによる移動なので、今回の行軍はさらに速度が上がっている。

 早くしないと中隊に置き去りにされてしまう。

 俺が率いる二個分隊の十数名は、徒歩行軍する兵たちの横をすり抜けるようにして中隊を追いかけていった。


 駈足行軍でひたすら中隊を目指していると、三〇分ほどで流石に兵たちが疲れてきた。

 急行軍の重荷になるため、背嚢を外してはいたがそれでも小銃や弾薬、背負袋といった荷物で十五キロほど背負っている。

 おまけに平坦な都市部と違って山道を進んでいるので、その点から言っても疲れやすかった。


 「頑張れ!もう少しで中隊に追いつくぞ」


 最後尾にいた俺が檄を飛ばすも、兵たちの荒い息遣いが聞こえるだけで返事は帰ってこない。

 その時、先頭にいた真田が急に足を止めた。

 後ろの兵も慌てて足を止めたので、危うく玉突きになるところだった。


 「少尉、トラックです」


 俺が先頭に進み出ると、真田が前方に停車しているトラックを指さしていた。

 よく見ると、先に行ったはずのトラックの車列がすべて停止していた。

 俺は「歩調取れ」の号令を掛けて、通常の行軍に戻すと真田に分隊を任せて先を急いだ。


 トラックには運転兵しか乗っておらず、荷台は空だった。

 一番先頭では、将兵たちが集まっているのが見えた。

 集まっている兵たちの中に、三条少尉の後ろ姿が見えたので駆け寄った。


 「三条少尉、澤村少尉以下一四名ただいま到着しました。遅れて申し訳ありません」

 「ずいぶん早かったな、駈足で来たのか?」

 「はい。三、四十分ほどでした」

 「そうか…。見てみろ、敵さんが木を倒して行きやがってな…確認に手間取っているところだ」


 前方を見ると、道を塞ぐようにして両側の木が倒されている。

 切り口がズタズタなのは爆薬でまとめて吹き飛ばしたからだろう。

 これではトラックはとても進めそうにはなかった。


 「結局、ここからは徒歩ですか」

 「走って来て早々悪いがな。倒木の除去は後続に任せて進撃しろとの命令だ…隊の尖兵は俺たちだ。行くぞ」

 「了解」


 いつの間にか後ろに来ていた真田たちに声を掛けると、警戒しながら倒木を越えた。

 これまでもそうだったように、ここから先はどこから敵襲があるか分からない。

 十分に警戒しながら、そして本隊の進撃速度を落とさないように素早く進まなければいけない。


 だが、夕方に至るまで敵が襲撃を掛けてくることはなかった。

 道中で出会った現地人は、日本軍に対して友好的で敵である蘭印軍の情報を教えてくれたのも助かった。

 その情報は、伝令によって本隊まですぐに伝達されて、ほとんど進撃速度を落とすことなく進むことができた。


 敵による反撃があったのが、バンドンの北に位置する町であるレンバン付近に到達したときからだった。

 レンバンは既にバンドン要塞の外郭部であり、敵の守備隊が詰めていたのだ。

 道を進んでいると、突然トーチカからの銃撃が加えられた。


 味方の兵が蜘蛛の子を散らすように遮蔽物に隠れると、猛然と撃ち返す。

 トーチカと撃ちあっていると、上空から爆音が聞こえた。

 空を見上げると、翼に赤い日の丸をつけた陸軍航空隊の軽爆が地上目掛けて降下して、敵のトーチカに爆弾を命中させる。

 それに泡を食ってトーチカから飛び出してきた敵兵を、俺たちが始末する。


 そんなことを何回か繰り返して、やっとレンバンの市街地を見下ろせる山頂へと到達した。

 ここから十数キロで、蘭印軍が立て籠もって防備を固めているバンドンへと突入することができる。

 直ぐに中隊が到着して、山頂の安全を確保していると小隊長たちに招集がかかった。


 「澤村、小隊を任せる」

 「了解。……三条少尉、今朝は申し訳ありませんでした」

 「もういい…。澤村、教えておくぞ。敵にも敬意を持て…敵も一人の人間だ……俺たちと同じように友がいて、家族がいる。それを護るために敵だって戦っている。そこに俺たちとの違いはない」

 「…はい」

 「だから俺たちも敬意を払って、敵を討つんだ。それを忘れたら、畜生と変わらんぞ…」


 俺は三条少尉の言葉を黙って聞いていた。

 今まで敵の事など考えたことは無かった。もちろん、敵の思考を読んだりや兵法を考えたことはある。しかし、敵兵一人一人の事までは考えていなかった。

 長い軍隊生活で、いつの間にか敵の事を「人間」としてではなく「人間以下の鬼畜」という風に扱っていたのかもしれない。


 「いいか、澤村…もう一つ教えておくぞ……」

 「三条少尉、どこにいる!早く中隊本部に!」

 「北島大尉、今行きます!…もう一つは帰って来てから話そう。小隊を任せた」

 「はい。預かります!」


 三条少尉が二つ目を話そうとしたときに、中隊長の北島大尉が三条少尉を呼ぶ声が聞こえて、少尉は走って行ってしまった。

 小隊を任された俺は、周辺の警戒に当たる分隊を見回るついでに人員の把握をしていく。

 二個軽機分隊と二個擲弾筒分隊から成る我が第二小隊は、軽機分隊が攻撃の前面に立っていたので人員の損耗が激しかった。

 反対に後方からの火力支援が主な任務であった擲弾筒分隊は、人員の損耗はほどんどない。


 しかし、損耗があるといっても中隊の中では軽微な損耗だったので人員の補充はされていない。

 そこでほとんど無傷だった擲弾筒分隊から数名を軽機分隊へと臨時で異動させた。

 エレッタン湾上陸時に小隊長以下四五名いた小隊も、今では三四名となっていた。


 カリジャチ飛行場を巡る戦闘で軽機分隊の指揮を執っていた古参の分隊長一名と、擲弾筒の熟練射手一名が戦死した。

 他にも腕や脚に被弾して、戦闘が不可能になった兵が軽機分隊を中心に九名ほど野戦病院行きとなっていた。

 戦死した分隊長はカリジャチ飛行場の戦いで被弾した俺の前任の第二分隊長で、右肩の被弾で肺をやられて野戦病院に担ぎ込まれたときには手遅れだった。


 そんな考えをしながら歩いていると、第二小隊が警戒している地点に着いた。

 小隊は、山頂から少し下って進路上の障害物の有無を調べていた。

 俺が地面を調べている兵に声を掛けようとしたとき、不意に頭の上を何かが音を立てながら通過した。

 振り返った瞬間、山頂付近が明るく照らされていた。


 「照明弾だ!森の中に入れ!」


 道路上で調べていた兵たちに指示を出すと、俺も森の中に飛び込んだ。

 山頂では照明弾に続いて撃ち込まれた砲弾の炸裂が続いていた。

 敵は撤退する兵から情報を聞いて、俺たちの進路を割り出し砲撃を加えたのだ。 


 俺が叫んだのと同時に、砲弾が着弾したのが見えた。

 そして十数発撃ち込まれた後、砲撃はパタリと止んだ。

 山頂からは、きな臭く土塊が混じった風が吹き降ろしていた。


 「小隊集まれ!山頂に戻るぞ!全員、駈足。もたもたするな!」

 

 山頂でどれだけの負傷者が出ているのか分からないが、山頂には中隊本部があった。

 弾着がまとまっていたところを見ると、どこかに観測所があるのかもしれない。

 とりあえず、本部に戻って状況を確認しなければいけない。


 

 俺は小隊を引き連れて、山頂へもどるために走り出した。

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