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吶喊した先-10

 「澤村、貴様の譴責は後だ…。逃げようにも敵に背中を見せるわけにはいかん。狙撃兵を始末するぞ…真田、状況!」

 「はい。敵は一〇〇メートルほど先の木の上に陣取っているようです。今もいるかは分かりませんが…」

 「どのみち確認しないと動けん。よし、第三分隊を右側面から、第一分隊を左側面から回り込ませる。第二と第四分隊はこの場で牽制射撃だ」

 「了解」


 三条少尉が、いつの間にか集まって来ていた各分隊に指示を下すのを見ていた俺は、再び平手打ちを喰らった。

 打たれた頬がジンジンと痛むが、さらに胸ぐらを掴まれた。


 「澤村、何をボサッとしとる!お前は第二と第四分隊の指揮を執れ。今度は失望させるな」

 「…はい。澤村少尉、第二と第四分隊の指揮を執ります」


 俺の力ない返事を聞いた三条少尉は、不満そうな顔をしつつ第一分隊とともに狙撃兵が潜んでいるであろう木に向かっていった。

 俺は、それを確認して指揮下の分隊に命令を出した。


 「全員横に展開しろ。真田伍長、軽機は使えるか」

 「……使えます」

 「よし、さっき発射炎が見えたあたりに一連射喰らわせろ。それと……さっきは悪かった」

 「…詫びなら撃たれた奴にお願いします。俺はただの補佐役です」


 真田がぶっきらぼうに返事を返す。

 俺の評価は完全に地の底に落ちてしまったようだ。無理もない。無謀ともいえる指揮をしてしまったのだから。

 

 「他の兵は隠れながら射撃しろ。擲弾筒は発射しなくてよい」


 第四分隊も配置についたことで、戦闘準備は整った。

 擲弾筒を下げた理由は、榴弾の信管が着発式の信管だからだ。

 頭上に障害物が多い森の中では、発射された榴弾が枝に当たったりすると自分の真上で炸裂する可能性がある。

 自爆する可能性は少しでも払拭しておきたかった。


 「少尉、第四分隊も準備よし」

 「よし…軽機の発砲と同時に小銃も射撃開始。……撃て!」


 俺が号令を掛けて、まず初めに真田の軽機が火を噴いた。

 それを合図に他の兵も三八式小銃で、軽機の着弾点の辺りに撃ち掛けた。

 双眼鏡で見ていると、命中するたびに枝や木の葉がバラバラと地面に落ちていくのが確認できた。


 ある程度撃ち込んだところで、軽機の音が止んだ。一弾倉分を撃ち切ったらしい。

 真田の横で伏せていた助手兵が、新しい弾倉を装填しようと軽機に手を伸ばした時、助手兵が悲鳴を上げた。

 助手兵は、右手の(てのひら)に風穴を一つ拵えて、そこから激しく出血していた。


 「くそったれ、まだ狙ってやがるのか…。さっさと逃げればいいものを」


 敵の狙撃兵は、まだあの木の上に潜んでいたらしい。

 しかも、脅威となる機関銃を的確に狙ってきてる。

 助手兵の掌に当たらなければ、位置的に真田の眉間が撃ち抜かれていただろう。


 「少尉、北見はどうします?」

 

 当の真田は、顔を血で染め上げながら撃たれた北見の応急処置をしていた。

 傷はないようだが、北見の返り血をもろに浴びてしまったらしい。

 その様子を見て、他の兵たちも一旦遮蔽物に隠れていた。


 「真田、顔を拭け。血がついてるぞ。もう少しで左右から挟み撃ちできるはずだが…」

 「木の上にいて回り込むのが見えなかったんですかね…。奴さんほとんど動いてないです」

 「単に腕のいい素人か、それとも自棄を起こしているのかは分からんがな」


 その直後、数発の銃声とともに大きな悲鳴が前方から聞こえた。

 そして静寂が訪れた。生温い風が木立を抜けて吹いてきている。

 掌で額の汗を拭うと、再び前方から声が聞こえた。三条少尉の声だ。


 「澤村ーっ!狙撃兵は片づけた。こっちへ来い」

 「了解!第二分隊、前進。第四分隊はここへ残れ」

 「了解」


 俺は指揮する第二分隊を引き連れて、三条少尉の居る方へ向かった。

 狙撃兵が潜んでいた木の根元に来ると、第一分隊と第三分隊の兵が集まって地面の一点をジッと見ていた。

 俺が兵をかき分けて中心に出ると、そこには両足を撃たれた敵兵が仰向けで倒れていた。


 「こいつが狙撃兵だ。オランダ軍だと思っていたが、イギリス軍のようだな」


 倒れている敵兵の傍らで、三条少尉がそう言った。

 特徴的な皿型の鉄帽には偽装網や枝葉が取り付けてある。それに顔や服は墨か何かで(まだら)模様を描き加えてある。

 この格好ならば、確かに一〇〇メートルも離れれば普通に観察した限りでは認識し辛いだろう。


 「澤村、お前どうしたい?」

 「え?」

 「この狙撃兵の処遇は、お前に任せる。今回の譴責はそれで終わりだ」


 三条少尉はそれだけ言うと、第二分隊以外の分隊を率いて行ってしまった。

 あとには、第二分隊の数名が残された。


 「少尉、どうしますか?」


 真田が俺と倒れている敵兵を交互に見ながら問いかけてくる。

 「どうするか」とは、つまるところ息の根を止めるか、それとも置き去りにして獣の餌にするかということだ。

 どちらにしても、この敵兵の未来は「死」しか待っていない。

 簡単に言い換えるなら、今楽にしてやるか、苦しみながら悶えて死んでいくかの違いしかない。


 俺は、敵兵の側にしゃがみ込むと尋ねた。


 「Are you a sniper who was around the airfield a few days ago?」(お前は数日前に飛行場の近くにいた狙撃兵か?)


 敵兵は足の出血で大分弱っているらしく、微かに頷くのが精一杯といった様子だ。

 こいつが俺の親友を屠った狙撃兵ならば、やることは一つだった。


 「誰かこいつを座らせろ。首を前に出した状態でだ」


 自分が言った言葉ながら、冷たい言葉だったと思う。

 その言葉に反応して、二人の兵が敵兵の脇を持って座らせると肩を掴んで首を前に押し出すようにして、上体を倒した。

 俺は、腰の九五式軍刀をスラリと引き抜いた。


 「No...No...」(やめろ、やめてくれ)

 「手の位置に気をつけろ。出しすぎると斬りつけるぞ」


 俺は座らせた敵兵の右横に立つと、軍刀を大きく振りかぶった。

 敵兵が最後の力を振り絞って体を揺らして抵抗するが、押さえつけていた兵から脇腹を強く蹴られていた。

 俺は、軍刀を振り上げたまま、敵兵の体の動揺が治まるのを待っていた。


 「いくぞ…はっ!」

 「Noooooooooooooooo!」(やめろーーーーーっ!)


 勢いよく振り下ろした軍刀は、敵兵の延髄に寸分狂わず命中した。

 首の肉を切り裂く感触が刀身から伝わってくる間もなく、敵兵の首は地面に転がっていた。

 体を押さえていた兵の手も離れて、首を無くした胴体も前へ突っ伏した。


 首を切り落とした当人の俺も、周りにいた分隊の兵も誰も何も喋ることはなかった。

 ただ、全員が敵兵の首から流れ出る赤黒い血が地面に広がるのを無言で見つめていた。


 「中村、仇は取ったぞ…。全員、行くぞ」


 俺は敵兵の服で、軍刀に付いた血を拭ってから鞘に納めた。

 これ以上ここにいても何も起きない。それよりも本隊に合流して進軍を再開しないといけない。

 そして分隊を引き連れていこうとしたとき、真田伍長が待ったを掛けた。 


 「少尉、敵の死体はそのままにするんですか?」

 「構わん。腐らせろ…奴に似合いの最期だ」

 「しかし…」

 「放っておけ!俺たちは任務がある」


 熱帯特有の気候のせいなのか、死体にはすでに(ハエ)が纏わりつき始めていた。

 俺はまたしても真田の言葉を聞かずに歩きだした。


 俺たちが去った後には、物言わぬ死体が転がるだけだった。

連続更新はここまでとなります。

次回更新までお待ちください。

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