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吶喊した先-9

 「澤村、少尉任官おめでとう」

 「ありがとうございます。三条少尉」

 「まぁ座れ」


 将校食堂は、蘭印軍も食堂として使用していた建物をそのまま接収して使っている。

 窓の外には飛行場の滑走路が見えていて、滑走路脇には一式戦や九九式双軽が並んで整備を受けている。


 三条少尉は、食堂の隅の席に座ると窓を開けて煙草に火を点けた。

 俺も腰の衣嚢から「桜」を一本取り出して咥えた。

 マッチで火を点けようとすると、三条少尉が火が点いたままのマッチを差し出してきた。


 「ありがとうございます、少尉」

 「早くしろ。指が焼けちまう」


 俺が差し出されたマッチの火で咥えた煙草に火を点けると、三条少尉が話し始めた。


 「澤村、さっきの話の続きだが…。お前は分隊長として第二分隊に加わってくれ」

 「第二分隊ですか」

 「今は真田に任せっきりだが、あいつは兵の中にいてほしい人間だ。指揮は別な人間が執った方がいい」

 「そこで自分ですか」

 「なんだ?自分の小隊が持てると思ったのか?」


 三条少尉が吸い終わった煙草を消しながら、鋭い眼光でこちらを見つめてくる。

 俺は思わず口ごもってしまった。


 「今は作戦中だ。作戦が一段落したら自分の小隊が持てるだろうよ。だが、それまでは俺の子飼いだ。しっかり着いてこい」

 「はっ。わかりました」

 「澤村が少尉に上がったことだから、次席はお前に任せる。俺が死んだら、お前が小隊を引き継げ」

 「はい」


 これが、俺が機甲部隊撃退からバンドン要塞突入までにあったことだ。

 少尉に昇任して晴れやかな気持ちはなかった。いや、無かったといえば嘘になるが、そこまで喜びというものはなかった。

 俺の心の中では、敵兵を憎悪する気持ちがほとんどを占めており、復讐の念に燃えていた。



 二日後の午前、俺たちはバンドン要塞を攻撃すべく陸軍航空部隊の援護のもと飛行場を出発した。

 既に戦闘機が飛行場の上空にあって警戒を行っている。今また地上支援の爆撃機が発動機を轟々と鳴り響かせて飛び立とうとしていた。

 飛行場の周りの残敵掃討は終わり、飛行場警備の兵も駆り出されての強行軍である。


 「第二小隊、分隊長集まれ」


 早朝、中隊長から全員に向けて命令が伝達され出発の準備をしていると、三条少尉から集合がかかった。

 昇任が決まって言われた通り、俺は第二分隊長として今回の攻略に参加している。


 三条少尉のもとに集まると、バンドンへ向けての工程が説明された。

 今回は徒歩行軍ではなく、トラックに分乗して移動することが決まっている。

 敵である蘭印軍は未だ数万の敵兵力を保有しており、時間をかければかけるほど、立ち直る時間を与えてしまう。

 そこで迅速にバンドンまで移動する必要があったのだ。


 「行程の説明は以上だ。それと知っているとは思うが、澤村が少尉に昇任した。以後は、小隊の次席は澤村となる。俺が殺られたら澤村が指揮を引き継ぐことになる。何か質問は?……よろしい、では出発」


 第一、第三、第四分隊長の軍曹たちから敬礼を受けて、俺たちも答礼する。

 その後、要塞攻略部隊の約七〇〇名はトラックや徒歩で飛行場を出発した。

 午前十時、三月だというのに生暖かい南洋の風が辺りを吹き抜けていた。


 「澤村少尉、今回からよろしくおねがいします」


 二個分隊が分乗するトラックに揺られて、森の中の道をしばらく走っていると、横にいた伍長の真田が話しかけてきた。

 真田は、負傷した第二分隊長の代わりに飛行場攻略から数日間、分隊長として任を全うしてきた。

 小隊でも古参であり、俺が士官学校に入る時は既に上等兵となって初年兵たちの指導に当たっていた。


 「なんかお前に言われると、首がかゆくなるな」

 「酷いですね。これでも祝ってるつもりですよ」

 「悪かったよ。それで?分隊の様子はどうだ」

 「特に報告するような変化はありません。ただ少しばかり人数が減って寂しいくらいです」

 「そうか…」


 飛行場を占拠した後でも、その外周で小規模な戦闘は続いていた。

 主にゲリラ化した蘭印軍の敗残兵や足の長い爆撃機が、不意に襲撃を繰り返してきていたからだ。

 そのため各分隊の先頭に立って指揮を執っていた古参の下士官が、三途の川を渡ってしまっていた。


 五〇名近くいた第二小隊も、下士官兵合わせて十五名が戦死や負傷などで戦線離脱して、総員は三五名になってしまっていた。

 そこで補充兵が来るまでの間に合わせで数名の下士官が分隊長へと昇格したが、経験不足は否めず戦力としては不足していた。

 

 真田と話していると、俺と真田の顔の間を風を切る音が通り過ぎて行った。

 音が通り過ぎた方を見ると、目の前にいた兵の胸から一筋の赤い血が流れ落ちていた。


 「敵襲ーっ!トラックを止めろ!」


 俺は叫びながら、運転席の屋根を拳骨で何度も叩いて運転の兵に知らせる。

 それと同時に運転席の窓ガラスが飛び散って、破片が俺へも飛んできた。

 運転席横の鏡でちらりと見えたそこは、血で染まっていた。


 「全員掴まれ!」


 トラックは激しく蛇行を繰り返し、徒歩行軍している味方の兵を跳ね飛ばさんばかりの勢いで進んでいく。

 しかし、大きく右に曲がるとそのまま森へ突っ込んでやっと停止した。

 荷台にいた俺たちは、運よく撃たれた者以外の怪我人はおらず次々と荷台から降り立った。


 「衛生兵ーっ!衛生兵!」


 俺と真田は、撃たれた兵を荷台から地面に引きずり下ろして衛生兵を呼びながら辺りを見渡した。

 降りてきた兵たちは、トラックの陰に隠れつつ周りの森へ向けて銃口を構えている。

 他のトラックも停止して、荷台に乗り込んでいた兵たちが続々と展開していた。


 「遮蔽物に隠れろ!撃たれるぞ」

 「敵はどこだ!」

 「三時方向から撃たれた。狙撃か?」

 「軽機をそこの藪に置け!」


 周辺にいた兵たちは、突然の狙撃に混乱していた。

 出発前に一個小隊が先行して、道路の安全を確認していたからだ。

 それなのに襲撃を受けたということは、先行小隊の怠慢か敵の偽装が余程うまかったということだ。


 だが、俺はそんな事はどうでもよかった。

 心の中に渦巻く黒い怨嗟の炎が、狙撃兵と聞いて激しく燃え上がったからだ。


 「第二分隊、俺に続け!狙撃兵を燻り出すぞ」

 「澤村少尉!?三条少尉の指示を待ったほうが…」

 「やかましい!上官命令だ!」


 俺は、真田が制止する声も聴かずに走り出していた。

 親友を殺された恨みの一心で、俺は猪突猛進に進んだ。


 (中村を殺した奴なら…俺が、この手で…!)


 後ろから追いかけてくる分隊の声を聞きながら遮二無二進んでいると、真横の木に一発着弾した。

 俺が伏せると、追いついた分隊の兵たちも異変を感じ取ったのか、その場に伏せた。

 敵兵がいることは分かっているので、全員が這い進んで身を隠した後、真田が俺に近づいてきた。


 「少尉、危険です。何を考えているんですか!」

 「うるさい。いいか、俺が囮になる。相手の発射炎が見えたら軽機で一連射しろ」

 「澤村少尉!」


 俺は真田の言葉に耳を貸そうともせず、その場に立ち上がった。

 その瞬間に、一発の銃声が周辺に響いた。

 だが、俺は撃たれなかった。俺の代わりに撃たれたのは、横の藪で準備をしていた軽機の射手だった。


 一瞬撃たれなかったことに戸惑った俺の背後から怒号が聞こえたかと思うと、背中を蹴り飛ばされた。

 その衝撃に耐えきれず倒れこんだ俺の視界に入ったのは、俺の上に座り込む三条少尉だった。

 そして、そのまま俺を三条少尉と真田が木の陰まで引きずっていった。


 「三条少尉…何をするんですか…!」


 遮蔽物代わりの木の陰で三条少尉に恨み言を吐いたとき、三条少尉は俺を睨みつけると鉄拳を浴びせてきた。

 二度三度と両頬を殴られ続けて、ようやく真田が止めに入った。

 口の中に血の味が広がる。殴られて口の中が切れたらしい。


 「澤村ぁ…貴様、何をしとるか!」

 「……」

 「分隊長が命令も聞かずに独断で動きやがって…英雄気取りか!軍の命令系統を何だと思っとる!」


 俺は三条少尉に正論を言われて、どうすることもできず黙ったままだった。

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