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吶喊した先-8

 三月一日に飛行場を奪取した俺たちは、六日の深夜にジャワ島の蘭印軍一大拠点バンドン要塞の外郭に位置するレンバン市街地に突入した。

 

 数万人がいるであろう蘭印軍の一大拠点に、その一〇分の一にも満たない東海林(しょうじ)支隊の一部が攻撃を掛けたのには理由があった。

 飛行場を奪取した二日後、三月三日に蘭印軍の逆襲があったのだ。


 カリジャチ飛行場を奪回せんとバンドン要塞を出発した蘭印軍は、戦車や装甲車一〇〇輌以上を動員して攻撃してきた。

 その知らせを聞いたとき、飛行場にいた全員が慌てて戦闘配置に就いた。

 歩兵対戦車なら、圧倒的に戦車の方に分がある。しかし、今回はつくづく此方の運が良かったらしい。


 実は、飛行場を占領した日の夕刻には陸軍航空隊の爆撃機や戦闘機が進出してきていたのだ。

 到着して息をつく暇もなく、陸鷲たちは周辺にバンドン周辺に点在する敵の飛行場めがけて攻撃を仕掛けていた。

 帰ってくると、待機していた次の隊が間髪入れず空へと舞い上がっていく。


 一緒に連れてきた整備兵だけでは人員が足りなかったので、俺や他の兵隊たちも一緒に地上整備を手伝っていた。

 それでも敵の戦闘機や爆撃機は間隙を突いて、こちらに機銃掃射や空爆を掛けてきたが一日もすると、それも止んだ。

 やっと一息つけるかと思った矢先に、敵の機甲部隊の急襲である。


 待機中だった機体全てに発進の号令が掛けられ、大急ぎで爆装を施していく。

 中には格納庫に転がっていたイギリス製の爆弾を無理やり搭載した機体も見受けられた。

 それでも陸鷲たちはあるものを使って、狼の如き勢いで機甲部隊に襲い掛かった。


 「敵戦車来ます!約一キロ!」


 誰が叫んだかわからないが、そんな声が俺の耳に聞こえたと同時に頭の上を爆音が掠めた。

 見上げると、腹に爆弾を抱えた陸鷲たちが次々と飛び上がっていくのが見えた。


 「頼んだぞーっ!」

 「やっちまえーっ」


 そばにいる兵隊たちが、千切れんばかりの勢いで腕を振って陸鷲たちに声援を送っていた。

 飛び立った機体は、徐々に高度を上げたかと思うと突然に頭を下げて、敵戦車隊に向けて爆弾を投下した。

 爆発と同時に、地震のような地響きが腹の底に響いてきた。


 次々と投下される爆弾の火柱が、敵戦車隊を包み込み薙ぎ払っていく。

 着陸する余裕はないので、爆弾を投下し終えた機体は、戦車隊の後方にいる歩兵たちに機銃掃射を浴びせかけていた。

 右往左往する敵兵に対して、味方の歩兵からも激しい銃砲撃が加えられる。


 時間にしてみれば三〇分足らずの戦闘だったのかもしれないが、逆襲の蘭印軍は全滅の憂き目にあった。

 ほとんど完勝と言っても良いほどの戦闘だったが、隊長たちの表情は険しかった。


 敵に残存の機甲部隊はないと思うが、飛行場というのは周囲が開けた平坦な土地に造成されている。

 攻めどころが多すぎる飛行場に留まっていたら寡兵な我々は、いつか押し破られてしまう。

 そこで、攻撃は最大の防御という考えをもって、敵のバンドン要塞に一挙攻め込もうと考えたのだ。


 陸軍航空隊を率いてきていた隊長も二つ返事で、上空支援を約束してくれた。

 ここに、東海林支隊の一個大隊はバンドン要塞への突入をすることになったのだ。

 そして、そこが俺の運命の地でもあった。


 「中村が…死んだ?」


 陸士で一緒だった戦友が死んだと俺が聞いたのは、四日の夜だった。

 夜間の巡回に出ようとしたときに三条少尉に呼び止められ、中村の部下と一緒に話を聞かされた。


 「今朝の残敵掃討中だ。敵の狙撃兵にやられたらしい…味方が助けようにも助けられん場所で撃たれたそうだ」

 「澤村曹長、敵は中村少尉を…射的の的にしやがったんです…!左足の後は右腕…手足を一本ずつ撃ち抜かれました」

 「あいつらは、俺たちを誘い出すために中村少尉をワザと苦しめたんです!」

 

 三日の夜、機甲部隊を撃退したことで二人で笑いながら話した。

 あいつだけ一足先に少尉になったと言って、俺に真新しい少尉の階級章を見せびらかしてきたのだ。

 それなのに、なぜか俺は中村の顔が思い出せなかった。あれだけ仲が良かったのにだ。

 

 「それで敵の狙撃兵は?殺ったのか?」

 「いいえ…。いつの間にか逃げていました…」

 「そうか…。悪いが少し一人にしてくれ」

 「はい。失礼します…」


 兵と一緒に来ていた三条少尉に断って、その日は夜間巡回を外してもらった。本来なら懲罰ものだが、三条少尉は何も言わずに交代してくれた。

 香港戦以来、数人の兵の最期を見てきたが、親友と呼べる者が居なくなったのは初めての事だった。

 俺は飛行場の外れにある掘立小屋の近くにトボトボと歩いてきた。


 「馬鹿野郎が…!一人だけ先に逝っちまいやがって!」


 俺はそう言うと、小屋を背にして座り込んだ。

 親友が死んだと聞かされて悲しくなるかと思ったが、それ以上に俺の心にはある感情が芽生えていた。


 「狙撃兵…貴様だけは許さん……!この手で(はらわた)を抉り出してやる」


 その感情は怒りだった。だが、火山の噴火のような激しい怒りではない。

 水が湯に変わるように、沸々とした怒りが胸の底から湧いてきていた。

 どす黒い怨嗟の念を込めて、俺の心は怒りに染まりつつあった。



 翌朝、三条少尉に詫びをしに行くと中隊本部まで一緒に来いとの命令を受けた。

 昨晩のことが中隊長に露見したのかと思いながら歩いていると、本部に直ぐ着いてしまった。

 中隊本部には、中隊長の北島大尉や各小隊の小隊長たちが集まっていた。


 「澤村曹長、ただいま参りました」

 「よく来た。悪い話じゃないから、そう畏まらなくてもいいぞ」 

 「はっ。では、なぜ自分が?」

 「小隊長の三条から活躍は聞いている。頑張っているそうじゃないか」

 「ありがとうございます。ですが少尉の指揮の賜物です」


 ちらりと横を見ると、三条少尉が俺を見てニヤニヤしていた。

 小隊を率いるのは、小隊長のはずなので間違ったことは言っていないはずだ。

 下の者を率いるのが上に位置する者の役割であり、その上の者を盛り立てるのが下の者の役目だからだ。


 「そう謙遜するな…。人員不足で中隊附ではなく、小隊に回してしまって悪かったな」

 「大尉殿が謝られることではありません。今は戦時なのですから…それに実戦に勝る訓練などありません」

 「そうか…。よし、世間話はこれぐらいにして本題に入ろう」


 本題と聞いて、俺は姿勢を正した。それを見た北島大尉は、一つ咳払いをして俺を見た。

 大尉の横にいた中隊本部勤務の吉岡中尉が、一通の封筒を大尉に手渡すと、大尉が中身を読み上げた。


 「陸軍曹長澤村充、陸軍少尉を任ず。昭和十七年三月五日」

 「はっ!ありがとうございます」

 「これからは将校として兵の模範となるように、活躍するように」

 「与えられた職責を全うします」

 

 予想に反して蓋を開けてみれば、滞っていた俺の昇任がやっと通ったらしい。

 任命書と真新しい少尉の階級章を大尉に貰い、俺は本部を去ろうとした。

 そこを北島大尉に呼び止められた。


 「あぁ、澤村。悪いが、部隊はそのまま三条少尉の小隊に加わっていてほしい」

 「大尉がおっしゃるなら…」

 「大尉、そこからは自分が説明しておきます」

 「分かった、三条に任せる。では、任命式は終わりとする。解散」

 「失礼します」


 本部での任命式が終わり俺は、三条少尉に連れられて将校用に宛がわれていた食堂へと向かった。

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