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吶喊した先-5

 翌早朝、輸送船の上甲板に澤村の指揮する第八中隊が勢ぞろいしていた。

 澤村と並んで立っていた中隊附き軍曹の真田が一歩前に出て号令を掛けると、部隊の点呼が行われる。

 点呼が終わると、真田が澤村にの方へ振り返った。


 「中隊長、中隊集合終わりました。総員一四二名。事故、欠員なし」

 「よろしい。これより師団命令を伝達する。その前に現在の状況についてだ」


 師団命令と聞いて、気を付けの姿勢をとっていた兵たちの表情が強張る。

 それに現在の情報がやっと将校の口から語られる。

 あの噴火から早二日、何もわからないまま噂だけが兵たちの間で飛び交っていたが、これでハッキリとする。


 「皆も噂は聞いていたかもしれないが、ここは地球ではない。我々は、どこか異なる世界へと漂流してしまったようだ」


 澤村が告げる真実に、ほとんどの兵たちが言葉にしにくいような複雑な表情を浮かべた。

 ある者は目が点になり、またある者はだらしなく口が開いていた。

 それを予想していたのか、澤村は話を続けた。


 「荒唐無稽なことだというのは分かってる。ただお前たちの中にも見た奴がいるだろう…あの不思議な生き物を」


 そう言うと数人が顔を顰めるのが澤村の目に入った。

 輸送船は、輸送する人員に対して炊事場や厠が絶対的に足りない。そこで甲板に炊事場や厠を増設して対応している。

 また、敵航空機に対応するために対空見張り員も甲板にいた。そこにいた者たちが事件を目撃しているのは明白だった。


 「我々は、硫黄島へ行くことは叶わないだろう。しかし、軍人たるもの常に指揮官の命令に従い活路を見出すものだ。よって師団長より、昨日行われた海軍の航空偵察で発見した海岸への上陸が決定された。我々は、第一陣として上陸を敢行せよとの直接命令を受けた。各小隊は小隊長指示のもと、敵前上陸の準備を行うこと。遺書を書いていない者は、上陸までに書いてから大隊の担当へ渡しておくように。詳細は各小隊長に伝えるので、小隊長はここに残れ。以上、終わり」

 「頭ーっ、中!」


 中隊への命令伝達が終わり、兵たちは船倉へと戻っていった。

 今伝えたように、これから武器装備の点検準備をして休むことになるが、おそらく今日は休むのは難しいだろう。

 澤村も自分が作戦に参加することになった前日の夜をよく覚えている。


 あの時は、不安から一睡も出来ずに一緒にいた同期の連中と朝まで話をしていた。

 翌日、死への恐怖を丸一日味わって後方へ戻って、同期が数人戦死したことを聞かされてからは、なぜか不安がなくなった。

 代わりに、敵への憎悪の念からか目の前にいる全ての敵を殺したいという衝動に駆られたことも覚えている。

 当時は、士官学校を卒業した見習士官だったが、その考えを見抜かれたのか小隊長の少尉に咎められた。


 「貴様のやっていることは悪餓鬼がやる駄々っ子に過ぎん。敵には敬意をもって接し、敬意をもって殺せ。それが敵に対する礼儀だ」


 少尉に言われた言葉は、未だに心の中にあって戦闘後に自問自答する言葉でもある。

 あの少尉は、敵も同じように人間なのだと自分に諭してくれた。

 自分たちと同じように、銃後には愛する妻や子供、恋人がいるんだと切々と説かれたときは、澤村は頭では分かっていたつもりだったが改めて理解しようと努めて今日に至っている。


 「中隊長、各小隊長が集まりました」


 昔のことを思い出していた澤村は、真田から呼びかけられてハッと我に返った。

 澤村の目の前には三人の小隊長が集まっていて、先程伝えると言っていた詳細を聞かされるのを待っていた。

 

 「あぁ、すまん…少し昔のことを思い出していた。よし、これから伝達する。まず上陸予定だが…」


 地図も何もない、敵の兵力すらわからない場所への上陸なので大まかな指示しか出来なかった。

 しかし、各戦線を生き抜いてきた歴戦の小隊長たちが、この中隊には偶然にも集まっている。

 彼らが鍛えた兵たちならば、たとえ招集兵でも何とか戦っていけるだろう。


 その日の夜、澤村は上陸するための装備(私物)を整え将校行李に詰めて連隊の輜重兵に届けた後、船室に戻って軍刀と拳銃の手入れを始めた。

 澤村の使う拳銃は、陸軍制式採用の十四年式拳銃だ。本来なら他の将校が買っていたようにブローニング拳銃(M1910)を買いたかったのだが、人気があって販売している店に在庫がなかった。なので仕方なく大型の十四年式拳銃を購入した。

 軍刀は、下士官兵用の制式軍刀である九五式軍刀を使っている。これは見習士官時代から使用している軍刀で、本来なら新しく(こしら)えた軍刀を自弁購入するのだが、後に購入と佩用(はいよう)が認められたので引き続き使用している。


 ちなみにではあるが、支給品の軍服に体を合わせていた下士官兵と異なり、陸軍将校は軍服や軍装品は支給されずにオーダーメイドした物を自費で賄うこととなっていた。

 このため新任の少尉などは金策に走り回って、無い金をどうにか遣り繰りして月賦購入する者も多かったといわれている。

 一応、少尉になると任官手当がついたのだが、基本的に足りずに、家計を遣り繰りして備品を調達していた。

 少尉でそれだから、中尉や大尉も似たようなものであり、それを兵隊たちは「貧乏少尉、遣繰り中尉、やっとこ大尉」という風に揶揄していたという。


 澤村もほかの将校と同じように自弁購入していたのだが、少ない資金で出来るだけ実用に耐えうるような物だけを選んで購入していた。

 九五式軍刀も、陸軍の半ば伝統化してきていた夜戦で使用することを考慮して、試験的に刀身を黒染めした堅牢なものを選んでいる。

 そのほか、双眼鏡に時計など海外製品が手に入りづらかった国内で、探せる範囲を探して実用的な物を入手している。


 十四年式拳銃を完全分解して清掃、そして可動部の点検をしてから注油を行っていく。

 点検が終わり、分解していた部品を組み上げると弾を一発だけ込めた弾倉を装填して、槓桿を操作し薬室に装弾を確認してからもう一度槓桿を引いて排莢した。

 拳銃から弾倉を引き抜いて、これで拳銃の整備は終わった。


 次に軍刀を鞘から抜いて、刀身を確認する。

 将校の持つ軍刀は指揮刀の意味合いが強いが、それでも近距離で乱戦の白兵戦に持ち込めるならば軍刀が大いに役に立つ。

 九五式軍刀は工業製品として製造された軍刀だが、数度の改修を経て「頑丈で切れ味が良い」との評価を受けて採用され、現場では好評だった。


 澤村は、輸送船に乗り込む前日に半日かけてしっかりと刃を研いでいた。

 改めて研ぐ必要はないが、油を引き直して打粉をすれば終わりだ。

 手入れ道具を使って、手早く終わらせると寝台の横に立てかけた。


 上衣と下衣を脱いで襦袢だけになると、自分の寝台に横になり、手帳を手に取った。

 澤村の居る船室は本来四人が収容できる船室だったのだが、明日の事もあり他の将校は気を使ってか全員がほかの部屋に移っていた。

 よって船室に今いるのは澤村ただ一人であり、壁にある時計の秒針の音まで聞こえるほどの静けさに包まれていた。


 「明日の朝には予定地点に着く。改めて命令あり次第、大発に移乗して海岸線に上陸…交戦の際は中隊長に任せるか」


 澤村の覗く手帳には、上陸についての注意点が幾つか走り書きされていた。

 師団長から話を受けた帰りに参謀たちがいた部屋に引き込まれて、注意事項をいくつか申し渡されたときに急いで書いたものだ。

 扉の前を通りかかったときに急に部屋の中に腕を引かれて連れ込まれたときは、良くない想像をしてしまったが、杞憂に終わって船室に戻ってから胸を撫で下ろしたのは秘密だ。


 「なにも分からないまま上陸か…嫌な戦争だ、まったく」


 寝転がったまま現状に悪態をつくと、手帳を脇に放ってそのまま眠りについた。




 その日、澤村は昔の夢を見ることになった。数年前の戦いの夢を…。

連続更新ここまでです!

次回投稿まで、お待ちください。

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