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吶喊した先-3

少し長いです。

 索敵機が帰還して、偵察結果を持ち帰ってきた数枚の写真が幹部たちの興味を引いた。

 その索敵機は隼鷹から発艦した九七艦攻で、船団から西に向かって飛び立った一機だった。

 そして何もない海上を西に飛行して、限界半径ギリギリの地点で長大な海岸線を発見した。


 九七艦攻は、海岸線を発見した時に母艦に連絡しようとしたが、アンテナに不具合があったらしく連絡が取れなかった。

 その為、持参していたカメラで海岸線の写真を数枚撮影してから母艦に帰投した。

 その時点では偵察員は気づかなかったが、そこには()()()()が写りこんでいた。


 海岸線は、砂浜から続いて鬱蒼(うっそう)とした森になっていたが、そこには何かが掲げられていた。

 写真を引き伸ばして出来得る限り拡大した結果、それは二枚の旗だということが分かった。

 ここが地球でもあり得ない二枚の組み合わせに、隼鷹の自見仁一艦長も頭を悩ませた。


 一枚は同盟国の赤地に白丸、そして鉤十字の組み合わせである「ナチス・ドイツ」の国旗。

 そしてもう一枚は、紅白の縞柄と左上の青地…「アメリカ合衆国」の国旗であった。

 お互い敵同士の国旗が、仲良く並んでいる写真を受け取ったことで様々な議論が交わされた。


 「やっぱり、ここは太平洋のどこかではないのか?」

 「いや、時間がずれている。海流も水深も海図と一致しない」

 「しかし、現にアメリカ軍が居るのだ!敵は攻撃せねばならん」

 「海岸線と言ったが、どこか合致するような場所があるのでは?」

 「アメリカ軍とドイツ軍が一緒にいること自体が不明だ。ここは欧州か?」


 などなど、参謀たちが喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を交わしていた。

 しかし、結局のところ纏まった答えは「行ってみなければ分からない」というものだった。

 すぐに偵察機の針路と写真を撮った地点の算出が行われ、その地点に向かって船団は針路を向けた。


 その地点までは西に向かって約三〇〇海里、飛行機で飛ぶならば二時間程で到達できる。

 しかし鈍足の輸送船を引き連れての移動なので、到達は四〇時間後の予定であった。


 夕刻、発見された海岸線に向けて航行を始めた輸送船団の、とある一隻で陸軍の会議が開かれた。

 第九七師団の師団長である森岡中将以下、師団司令部と各連隊長を交えての作戦会議だ。

 作戦会議と銘打ってはいるが、現在まで判明していることを全員が共有しての意見交換という意味合いも強かった。

 

 「諸君、さっそく始めよう…。まずこれまでの状況を整理したい。大陸命では、我々が(きた)るべき米軍の侵攻を食い止めるために増援部隊として硫黄島に展開する予定だった。しかし派遣途中で海底火山の噴火に巻き込まれて、訳の分からない場所へと来てしまった…ここまではよろしいか」


 会議の冒頭で、森岡が参加している全員に確認するように現在までの状況を話した。

 その話に、全員が無言で首を縦に振る。


 「そして先程、数時間前になるが…私は長門の艦橋で戦闘を目撃した。もちろんここにいる何人かは同じ光景を目視しただろうが、改めて確認したい。海軍の戦闘相手は、潜水艦や水上艦ではない…巨大な蛇のような未知なる生物だった」


 先程体験したことを静々と話す森岡に質問するものは誰もいなかった。

 ある者は舷窓から、またある者は輸送船の甲板から、その戦いを目撃していたからである。

 そしてその戦いを見た誰もが、巨大な蛇のような生物を目撃していた。


 「本職が考えるに、我々は異なる世界に来てしまったのだと思う。あのような生物は見たことも聞いたこともない…」


 異なる世界と断言する森岡の言葉は、言いようのしれない重さが含まれていた。

 確かに日本にも「大海蛇」の伝説は言い伝えられているが、それも暗闇で山を見間違えただとか、単に酔っぱらいの法螺話という風に片づけられる。

 他に見た人間が少ないので、その話の真偽を確認しようがないからである。


 しかしこの場所では、少なくとも数百人が同時に生物の姿を目撃している。

 泡を食った兵隊は、自分の上官である小隊長や中隊長に説明を頼んだが、当の隊長たちも知るわけないので、更に上級である師団司令部にまで問い合わせる者もいた。

 当然、師団司令部でも分かるわけないので「状況を精査中、暫し待て」との返答で濁してある。


 会議室として臨時に使われている広い食堂は、壁に掛けられている時計の秒針の音が聞こえるほど静まり返っていた。

 誰しもが口を開かず、自分の頭の中で解決策を模索していた。


 「硫黄島へ行けないことが確実となった今、我々が取るべき行動はただ一つだ…」


 再び森岡が口を開いたかと思うと、持ってきていた封筒から一枚の写真を取り出して机の上に置いた。

 白黒の写真の中央には、森が広がっていて若干ぼやけてはいるが大きな旗らしきものが見て取れた。

 この写真は、索敵機が撮影したものを焼き増しして貰ってきたものである。


 「写真では少しぼやけているが、この旗は恐らくドイツとアメリカの国旗だと海軍の解析班が伝えてきた。つまり両国の人間が、旗の背後の森の中に居るということだ」


 現実的な話に戻って考えが落ち着いたのか、森岡の話題について各々(おのおの)が喋り出す。

 それを手で制した森岡は、今後のことを話し出した。


 「そこにいる人間がただの民間人ならば、杞憂なのだが…問題は軍人だった場合だ。アメリカ人はドイツ人相手の戦争は、敵だから仕方ないから戦っているという話を聞いたことがある。だが、日本人相手にはどう思っていると思う?」

 「同じではないのですか?」

 「全く違う…。日本人は下等で野蛮な民族だから根絶やしにしても問題ないという考えがあるそうだ…黄禍論(こうかろん)とかいう考え方が激しくなったものだ」

 

 森岡は第九七師団長に親補される前は、少将として中国戦線で歩兵団の指揮を執っていたが、北支戦線の整理に伴い予備役へ入った。

 堅実な指揮で、味方の損害を出さず敵に出血を強いる戦術から部下からは慕われてた。

 予備役に入った森岡がしたことは、あらゆる伝手を使ってアメリカの戦史や国そのものについての資料を集めた。


 将官とは言え予備役に入った者が何をしているのかと現役の将官からは好奇の目で見られていたが、森岡は意に介さず集めた資料を読み耽った。

 森岡は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」を地で行く人間だった。そして先見性の目もあったのか、日本の前に立ちはだかるであろう仮想敵であるアメリカの事を知ろうとしたのである。

 そこで黄禍論を知り、白人文化に根付いた黄色人種に対する脅威論や排斥運動を知った。

 

 黄禍論とは黄色人種脅威論とも言われ、ドイツ帝国時代の皇帝であるヴィルヘルム二世が世界に論を広めたとされている。

 古来より白人は、モンゴル帝国などの東方系民族による侵攻に苦しめられてきた。

 中国大陸から欧州、つまり北方へ対外侵略してくるという警戒心や畏怖の意味が込められているものだ。

 その後、日清・日露戦争で日本が勝利して中国大陸に進出し始めた時から、日本の軍事力に対して欧州各国やロシアにその考え方が伝播したとされている。

 

 そしてその考え方は、当時アジアからの移民が多数移住していたアメリカにも広まり、第一次大戦後の一九二四年には、各国からの移民数を制限する「ジョンソン=リード法」が制定された。

 この法律は独立した法律ではなく、移民・帰化法の修正追加法案として制定された。

 その中身は白人以外の移民を全て禁止するといった法律なのだが、特に日本人(当時のアジアからの移民で大多数を占めていたのが日本人だった)の締め出しを図ったとして、日本では「排日移民法」という名で広く知られている。

 なお余談ではあるが、今日に至るまで黄禍論は白人世界に受け継がれていて、その多くはジャパンバッシングとして日本の政治経済活動において大なり小なりの影響を及ぼしていると一部の有識者は語っている。


 話を本筋に戻そう。


 アメリカの日本に対する考え方を話した森岡は、更に続けた。


 「向こうの状況は分からない。しかし、こちらが無防備に上陸した途端に敵に追い落とされるような事態になることは避けなければいけない。上陸自体は実行されるはずだ。そこで通常の上陸ではなく、敵前上陸の想定で準備したほうが賢明だ」


 敵前上陸と簡単に言うが、もし敵が準備万端で手ぐすね引いて待ち構えていた場合、大殺戮を目撃することになる。

 しかし、船団は未だに発見されていないのだから敵の備えは手薄かもしれない。

 今回はそこに賭けることにした。


 そして上陸時の行動要綱が決められた。計画では上陸は三段階に分かれている。

 第一段階として、一個中隊を先行上陸させて、海岸線を簡易調査する。

 第二段階で、後続の歩兵一個大隊と工兵を上陸させて橋頭堡を確保、海岸線背後に広がる森へと進撃する。

 最後の第三段階で、残りの人員や物資を大発でピストン輸送し、完了。


 なお作戦途中で敵勢力が出現した場合は、最優先目標として海軍と協同でこれを撃滅する。


 こういった行動要綱が決められて、師団司令部では投入する部隊の選抜に入ることになった。

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