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吶喊した先-2

 「艦長、艦橋に上がられます」

 「敬礼は省け。状況は?」


 艦橋に上がった渋谷が、指揮を任せていた航海長に状況を聞いた。

 航海長は、艦橋の窓から双眼鏡で突撃する四隻の水雷戦隊を眺めていた。


 「詳しいことは分かりません。ただ竹が水中聴音を行っている時に、艦首に水中から接触があったとしか…」

 「接触?岩か何かか?」


 竹艦長の宇那木が航海長に聞くが、航海長はかぶりを振った。


 「接触は一度だけでは無かったそうです。短時間で二度三度と接触があり、最後の接触で艦首の一部に損害を受けたようです」

 「竹は輸送船団の傍で停泊していたな…。輸送船に損害は?」

 「それはありません。ただ危険を考えて、敵から引き離すために水雷戦隊のみで離れたようです」


 そこまで聞いて、渋谷は唸っていた。

 潜水艦からの攻撃ではないということは、先の竹からの報告ではっきりしている。

 そして、複数回の激しい接触…これは何らかの生物か?


 そう思った矢先のことだった。


 「なんだあれは…!?」


 一緒に艦橋に上がって来ていた、陸軍の森岡中将が艦橋から外を覗いていたが、そこから見えた景色に仰天していた。

 その声に、渋谷以下の艦橋にいた全員が窓の外の景色を見た。

 船団に護衛として参加していた四隻の水雷戦隊…冬月、竹、酒匂、北上…が単横陣で船団から離れていたのだが、その目と鼻の先の海面が隆起していた。


 海面の隆起が大きくなり、水飛沫が上がる。突如として起きた自然現象と思われるに、四隻の軽巡と駆逐艦は船足を緩めた。

 水飛沫が収まった海上には、とてつもない巨大な生物が現れていた。


 それは、体全体が紫色で細長く巨大な胴体をした生物だった。胴体の幅は駆逐艦以上軽巡以下といったところだ。

 また頭部から背中にかけて、鋭い槍のようなとげ状の背びれが生えている。

 まさに『大海蛇』というに相応しい生物が、自分の目の前にいる四隻の艦を睨みつけていた。


 「化け物だ!」

 「そんな馬鹿な!いくら駆逐艦が小さいと言っても、頭の位置がマストを超えてるぞ?!」

 「やはり俺たちは黄泉の世界に来ちまったんじゃ…」


 四隻の後方にいた長門の艦橋で、その光景を目の当たりにした者たちは目を剥いて目の前の事実に向き合っていた。

 そんな喧噪の中で、長門艦長の渋谷は至って冷静だった。

 現実ではありえない光景を目の当たりにしたことで、返って頭が冷えて冷静になったのだ。


 「全艦水上戦闘配置」


 渋谷は、凛とした声で大きく下令した。

 それまで騒がしかった艦橋が、一瞬静まり返ったあと各部への命令伝達で再び騒がしくなった。

 命令が伝わって、数分後には配置完了の報告が各部から返ってくる。


 「三番機銃群、配置よし!」

 「機関室、配置よし!」

 「五番高角砲、配置よし!」

 「二番主砲、配置よし!」

 「…戦闘配置終わり、時間四分十二秒!」

 「よし!攻撃目標、前方の未確認生物!別命あるまで発砲は禁止」


 五分足らずで長門の戦闘準備が完了し、持てる全火力を使用する準備が出来た。

 渋谷は、報告を了解すると水兵を呼びつけて一つの命令を下した。


 「北上に信号を送れ…"該生物二敵意アリヤ?"以上」

 

 水兵は、信号文を紙に書き留めると艦橋横に備え付けられている発光信号灯へ向かった。

 信号を北上に送って、数分後返答が来た。艦橋にいた面々にも北上から送られてくる発光信号が目に入った。

 発光信号を文章に直してから水兵が艦橋に入ってきた。


 「北上より返信!"該生物二敵意ハ認メラレズ。如何セラレルヤ"」

 「渋谷大佐、威嚇射撃で様子を見てはいかがでしょうか?臆病な生物なら逃げていくはずです」


 北上からの返信内容を聞いて、そう言うのは当の北上艦長である金岡國三大佐である。

 金岡は、海軍兵学校四五期卒の渋谷より三期後輩にあたる兵学校四八期卒業である。

 

 「分かった…そうしてみよう。北上に信号!"威嚇射撃ヲ実施セヨ"」

 「了解」


 再び信号員の水兵が信号灯を操作して、前方にいる北上に渋谷からの命令を送った。

 命令を受け取ってすぐに北上は、発砲を開始した。どうやら命令を受領する前から狙いをつけていたらしい。

 北上の艦首にある一二.七センチ連装高角砲が、殷々たる砲声を伴って火を噴いた。


 目と鼻の先といえど距離にしておよそ三〇〇〇メートル。ほとんど水平射撃に近い角度だった。

 北上から放たれた砲弾は、現れた生物の一〇〇メートルほど手前に着弾して、二つの水柱を上げた。

 一二.七センチ高角砲は、戦艦の巨大な主砲に比べたら豆鉄砲と形容されてもおかしくはない小ささだが、それでも着弾すればそれなりの高さの水柱を上げる。

 しかし、それでも蛇の頭の高さには及ばずに僅かに飛沫が顔に掛かった程度の様だ。


 蛇のような生物は、自分の顔に掛かった少量の水飛沫に顔を顰めた。

 そして不思議そうな顔を、目の前にいた艦艇に向けると突然大きな口を開けて咆哮した。


 咆哮したと言っても、怒った獰猛な獣が発するような盛大な声は聞こえなかった。

 しかし、北上ら四隻よりも後方にいる長門の艦橋全体には、まるで黒板を爪で引っ掻いたような不快な甲高い音が響いた。

 その鼓膜をつんざくような音を聞いて、艦橋内にいた誰もが耳を押さえて苦しがった。


 「な…なんだ!?この音は?」

 「み、耳がーっ!」

 「甲板の兵員は…!?みんな倒れている!」


 苦悶の表情をしながら艦橋の窓から甲板を見ていた森岡が叫んだ。

 床を転げていた渋谷も壁に手をつきながら、よろよろと立ち上がると甲板を見た。

 高角砲や機銃に就いていた兵たちが、自分たちと同じように頭を押さえて甲板を転げまわっている。その中にまったく動かない兵も見える。

 音自体は数秒で鳴りやんだが、それでも忌まわしい音が耳にこびりついていた。


 「動ける兵を使って、負傷者を助けろ!それと各部状況知らせ!」

 「了解、各部状況知らせ」

 「艦長、北上より信号です…"我、コレヨリ突撃ス"」


 北上からの信号を受け取った渋谷は、窓の外を見た。

 先程まで停船しかけていた四隻の水雷戦隊は、煙突から黒々とした煤煙を上げて生物に突撃していく。

 (くだん)の生物は、ゆるゆると海中に没しようとしていた。

 

 余裕綽綽という感じで沈みゆく生物に向かって、四隻の駆逐艦と軽巡洋艦から主砲が撃ち込まれる。

 しかし、当たった手ごたえはなく生物は完全に海中に姿を消した。


 それから一時間後、陽が沈み始めていた頃に索敵機が情報を持ち帰り帰投した。

 生物の捜索は一旦中止となり、長門に乗り込んでいた各艦の艦長たちや陸軍の一団もそれぞれの艦に戻ることとなった。

 そして、偵察員から西に三〇〇海里ほど行ったところに海岸線を発見したと報告があり写真も撮って来ていたことから、船団を護るためにも、そして現在地の正確な把握のためにも、海岸線へ針路を向けることになったのだった。


 動き出した船団の後方で、海面が僅かにうねりを見せていたが、そのことには誰も気づかなかった。

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