飛ばされた部隊-12
天幕の外に出た米陸軍モリンズ大佐は状況を確認した。
三日かけて作られた掩体壕がさっそく活用されて、その中では将兵が頭を低くして攻撃の時を待っていた。
気を落ち着かせようと仲間同士で煙草を吸う兵も見受けられた。
「大佐、携帯無線機です。これで指示を願います」
部下の様子を確認していたモリンズの下に、天幕の中から一人のドイツ将校が携帯無線機を持って出てきた。
既にアンテナは長く引きだされて電源は入っている。
携帯無線機を持ってきたドイツ将校は敬礼もそこそこに再び天幕の中へ入っていった。
『モリンズだ。全部隊、ドラゴンが着地するまで発砲するな。繰り返す、ドラゴンが全部着地するまで発砲は禁止だ』
相手の返答も聞かずに、モリンズは無線機のアンテナを畳んで電源を切った。
そして手近にあった掩体壕に無線機を小脇に抱えたまま飛び込んだ。
飛び込んだ掩体壕の中には、サイラス伍長が小銃を抱えて座ったまま煙草を吸っていた。
「誰だ馬鹿や…大佐!ここは一人用ですよ」
「誰が馬鹿だ。時間が無い我慢しろ」
頭の上から降り注いだ人物に驚いたサイラス伍長だったが、その人物がモリンズであることが分かると落胆した表情を浮かべた。
サイラスの言葉も気にせず、モリンズは再び携帯無線機のアンテナを引き出すとチャンネルを合わせて相手を呼び出した。
無線の相手は、自分と対面上に位置する掩体壕の中にいる中隊長だった。
『大尉、部下の様子はどうだ?』
『全員が落ち着いています』
『そうか…攻撃開始は俺が合図する。それまで撃つなよ』
『了解。いつでもどうぞ』
携帯無線機のアンテナを畳んだモリンズは、空を仰ぎ見た。
木々の間から見える空は青く澄んで、ゆっくりと雲が流れていく。
木漏れ日が地面を照らし、森の中を風が吹き抜け、草木を揺らしていく。
なんとも牧歌的な緩やかな時間が流れていた。
「大佐…モリンズ大佐!」
気づけば自分の肩をサイラスが揺すっていた。どうやら現実逃避してしまったらしい。
サイラスは上空を指さしながらモリンズに話しかけた。
「どうした?」
「どうした?じゃないです。ドラゴンが来ました」
サイラスが上空を指で指し示すと、五頭のドラゴンが菱形に編隊を組んでゆっくりと地面に向かって降下しているところだった。
モリンズは慌てて携帯無線機のアンテナを引き出すと、囁くようにマイクに呼び掛けた。
『敵が下りてきた…攻撃用意…発煙手榴弾を合図に発砲開始だ……出し惜しみするなよ』
『了解、派手にやります…』
通信を切ったモリンズは、すでに小銃をドラゴンに向けていたサイラスに発煙手榴弾を手渡すように要求した。
「伍長、発煙手榴弾は持ってるよな?」
「ちょうど最後です…」
「よこせ」
小銃を構えているサイラスのサスペンダーのリングに掛かっていたM18発煙手榴弾を受け取ると、右手でしっかりと弾体を握りしめてから安全ピンに指を掛けて、いつでも投擲できる体制を取った。
こちらには気づいているのかいないのか、ダイアモンド隊形でゆっくりと降下してきていた。
数秒後には着地するという時、モリンズは発煙手榴弾の安全ピンを引き抜いた。
これで投擲すれば、安全レバーが空中で外れて数秒後には周辺に煙がたちこめる。
投擲地点を見極めるためにモリンズが掩体壕から顔を出した。
ドラゴンたちはちょうど広場のど真ん中に降り立とうとしている。
その地点まで二〇メートル強はあるが、なんとか投げることが出来るだろう。
そして、そのまま視線をドラゴンに移した。
前回のドラゴンに比べて、一回り程小さい体をしている。
そして前回のドラゴンは赤茶けた体色をしていたが、今回のドラゴンは全体的に黒っぽい姿をしていた。
それによく見てみると、五頭のドラゴンは口になにか細長い筒のようなものをそれぞれ咥えている。
「サイラス…奴が咥えてるものが見えるか?」
「自分も気になってましたが…あれは一体…」
「分からん。奴さんの新兵器か何かかもしれんな…ただ単体であれだけの攻撃力を誇るのに兵器を使うのか?」
「自分もそう思いますが、用心するに越したことはないかと」
どうやらサイラスも、ドラゴンが口に咥えている物体に気づいて、不審に思っていたらしい。
しかし彼も一端の兵士であるので、銃口を敵から外すことなく警戒していた。
あれが何か調べる必要もあるのだが、圧倒的に時間が無い。ドラゴンはもう地面に降り立った。
「大佐、ドラゴンが着地」
「あぁ見えた……よし、投げ…」
モリンズが発煙手榴弾を投げようとしたときのことだった。
((〇◇×※…ΨΓ□▽〇☆※…))
モリンズの頭の中に重厚な男の声が響き渡った。
なにを喋っているか分からなかったが、その声に動揺して、握っていた発煙手榴弾を掩体壕の中に落としそうになったが、なんとか持ちこたえた。
思わず横にいるサイラスの方を見てみるが、サイラスも声が聞こえたらしく、目を丸くしてモリンズを見ていた。
「伍長、今なにか言ったか…?」
「いえ、自分は何も…大佐では?」
「いや…俺でもない」
周りを確認すると、同じように不審に思ったのか兵士たちが掩体壕から頭を出してキョロキョロと辺りを見回している。
どうやら自分達だけではなく、周りにいる将兵たちにも声が聞こえたらしい。
((□※△Σ×?……×〇◇Ω※ξπ…))
再び声が聞こえ、モリンズは確信した。あれはドラゴンが話している。
疑うような目つきでドラゴンを見ていると、五頭のドラゴンは口を開いて、咥えていた細長い筒を地面に落とした。
攻撃か?と思って身構えるモリンズだったが、どうやら攻撃ではないらしい。
細長い筒は、ただ白い布を巻いた代物の様でドラゴンは地面に落とした布の一端を口に咥えなおすと、上体を起こした。
五頭のドラゴンの口から白い布が垂れ下がる。一点の染みもない純白の布が五本、咥えられていた。
「あれは白旗だったのか…」
サイラスが独り言のように言葉を発するが、モリンズは黙ったまま次の一手を考えていた。
あのドラゴンたちに戦う意思が無いという事は、無闇に攻撃したら逆上して襲い掛かってくるかもしれない。
もしくは話をしようというのがそもそもの罠で、こちらが近寄ったところで殺しにかかってくるかもしれない。
手には発煙手榴弾を握ったまま、うんうんと頭を抱えて考え込むモリンズの肩をサイラスが叩いた。
「大佐…モリンズ大佐…!」
「なんだサイラス…今考えて……」
振り返ったモリンズの目の前には、いつの間にか近寄っていた一頭のドラゴンが上体を倒して顔を至近距離まで近づけていた。
目の前に巨大な爬虫類に似た顔があり、呼吸の鼻息だけで気圧されてしまった。
ドラゴンの思いがけない行動に、再び頭が真っ白になって思考停止に陥るモリンズだった。
しかし、ドラゴンは構わずに更に語り掛けた。
((Ωφσ〇※→∴?))
そのドラゴンは黒い顔をモリンズに近づけて、まっすぐに見つめていた。
黄金色の瞳がキラキラと輝いて見えるほどに近い。
「サイラス…何を言ってるか分かるか?」
「さぁ…ドイツ語でも無いみたいだし、フランスやイタリアでも…さっぱりです」
やはり未知の言語で話しているらしい。
今まで欧州戦線を転々としてきて何カ国語かを分からないながらも聞いてきたモリンズだったが、それでも全く分からなかった。
((○▽□※×……ΣΩα∴←φ))
自分達の言葉が通じないと分かったのか、ドラゴンはモリンズたちから顔を離して上体を起こした。
再び何事か呟くと、五頭のドラゴンの体が白く輝き始めた。
大きな体のドラゴンが徐々に小さくなっていき、白い光が収束した時には、そこにドラゴンは居なかった。
ドラゴンが居た場所には、五人の男女が立っていた。




