せっかく大好きな王子殿下と婚約したのに私の方に問題がありすぎる件について(短編版)
銀色の髪を整えて貰いながら、着替えさせて頂いた水色のドレスのデザインを確かめるように鏡を覗き込みます。
化粧のチェックもしましょう。うん! 昨日までの最高に可愛かった私より可愛い! 完璧じゃない!
「テレサさん? 今までありがとうございました」
私は今まで私の面倒を見てくださったメイドのテレサに声をかけてあげました。本当は一緒に隣国まで付いて来て欲しかったのですが、彼女にも家族がいらっしゃいますものね。
あああテレサ今まで本当にありがとう! もう大好き! 結婚しよ! あっ、私これから婚約者に会うんだったいけないいけない。
「いえ、お嬢様のお世話ができて光栄でした。どうかお幸せに」
「ふっ……幸せね。ええ、例え政略結婚でしてもそれが不幸とは限りませんものね。幸か不幸か私の裁量次第ですわ」
いやいやいや、すっごいい幸せになるつもりですよ私。隣国の王子殿下に一目ぼれしちゃったんですもの! どのような方かまではあまり把握していませんが、これは幸せになるしかねえ! あらはしたない。絶対幸せになるわね。
「さすがですお嬢様。いつまでも美しくあれ」
「ではもう会うことはないでしょう。さようなら」
そうでしょ? そうでしょ? 私って美しいでしょ? もうテレサさん大好き! …………私もう会うことはないってなんで口にしたのでしょうか。いいえ、テレサさんまた会いましょう?
「はい、お嬢様」
テレサさんは最後の最後まで私に笑顔で手を振ってくださいましたわ。ああ、最後に一言くらい彼女にやさしい言葉を、私の気持ちを口にすればよかったのでしょう。
馬車の中で私は風に乗って揺れる銀色の髪を撫でぽつりとつぶやきましたわ。
「テレサも幸せになってね?」
そして私は最後の宿を出発し、今日中には王宮に到着することになりましたわ。馬車に揺られること数時間。太陽が南中した頃でしょうか? 白い建物が目に見えてきましたわ。
「さてと、王子殿下とご対面ね」
テレサとのお別れは悲しかったですが、それはそれ。うおっしゃー! これから最愛の人になる男と初顔合わせね! 待ってなさい王子殿下!
王宮の中に通され、温室の扉を開きますと、サムエル・エル・ディ・カーリアム王子殿下は白いおしゃれな椅子に腰かけていらっしゃいましたわ。
金色の髪に青い瞳。白い服に金色の装飾が所々ついている一般的な王子らしい正装をされていましたわ。
「君がローズか?」
「ローズ? ええ、私はローズ・カーン・ラプラスです。まさかいきなり呼び捨てが許されるとでも思っているのかしら?」
えええええええ! いきなり呼び捨てなんておやめください! 心臓に予備はないんですよ? だめだめだめだめ! 心の準備がまぁーだぁーでぇ-すぅー!
「なっ!? なんだお前は! 俺が今まで敬った女性は祖母と母のみだ。いくら俺の婚約者だからと言っても……そうだな、君は次期王妃だ。だがそれは俺あってのこと! あまり調子に乗るなよ?」
サムエル様はなぜか険しい表情になられましたわ。まあ、それも素敵ですけど。
「あらあら? 随分とまあ傲慢ですこと。私は例え貴族の方でなくても、敬称をつけてお呼びしますわよ」
はいはいはーい! サムエル様あってのローズちゃんでーす! 存分に呼び捨てでお呼びください! まだまだ心の準備はできていませんが! どっきどきの心臓がもうすぐ破裂しちゃいそうですが! 王子が尊いから良し!
「君こそ聞いていた以上に厳しい人間のようだな。まさか王族である俺に対してまでそのような態度で来るとは思わなかった」
「厳しい? 私は当たり前のことを仰ったまでですが?」
王子! 王子! 好き好き大好きサムエル様! キャー! さささ! 貴方様の未来の妻ローズちゃんですよ! お呼びなさい? 抱擁なさい? 愛でなさい? 私はすべてを受け入れますわ!
「君が僕に対して好感を持てないということはわかった。だが悪いな。あくまで政略結婚だ。君に自由はない」
「悲しいわね。今まで命令すれば誰でもいうことを聞いてくれたのでしょう?」
対等な立場の方がいらっしゃいませんでしたのね? 大丈夫ですよ? もう安心してください。貴方のローズちゃんが今日からあなたの家族の一員になれるように頑張ります! 頭を撫でてくださればもっともっと頑張ります!
「うるさい! なんなんだお前は!」
「? 何ってあなたが先ほど仰いましたでしょう? 次期王妃です」
さきほどからあいかわらず険しい表情ですわね。あらあら、私相手に緊張でもされているのでしょうか? ふふふ、そう考えますと可愛く見えてきますわね。
「そうかわかった・君はよほど俺のことが嫌いなようだな」
「え? えと…………私は別に」
「いい! 今更取り繕うこともないだろう。さすがに晩餐には顔を出してもらうが、父上と母上の前になる。せめてもう少し仲の良いフリくらいしてくれ」
そう仰いますと、サムエル様は温室から出て行ってしまいましたわ。
「変ね。何か間違えたのかしら?」
一人になった私は、温室に咲いている花を眺めながら、何を間違えたのやらと考えましたが、やはりサムエル様が仰る通り、きつすぎるのでしょうか?
「そうですよね? その私ってば少々緊張しすぎたのよね?」
まだ挽回するチャンスはあるはずですわ! だって私こんなにもサムエル様のこと大好きなんですもの! お会いしたのは初めてでしたが、この胸の高揚。ふふふ、あー本当に好き。
しばらくして陛下と王妃様に謁見し、晩餐会が開かれましたわ。当然、私はサムエル様のお隣になりましたわ。
「ふん、さきほどは上手く猫を被ったじゃないか」
「お褒めに与り光栄ですわ」
あらー。もう猫のようですって。そんなに私って愛くるしいのかしら?
「そうだ、女はそうしていろ」
「また女って……いえ、気にしておりませんわ」
先ほどのように嫌いだと勘違いされるわけにはいきませんわ。ここは大人の女の対応で行きましょう。
「ふん、温室の件は不問にしておいてやる。有難く思えよ」
「……? ああ、あのことですね」
嫌いと勘違いされた件のことですよね? ああ、良かったですわ。勘違いされたままなんて辛いですもの。さささ、もっと愛しそうに私を見つめてくださいな。
「ん? 何故睨む」
「睨んでなどおりませんわ」
「いいや、睨んでいた」
まさかサムエル様が私のお顔をじっくり観察してくださるだなんて……睨んでなどおりませんが結果オーライですわ。真っすぐとこちらを見つめています。その瞳に私が映っているのですね!
私とサムエル様が会話をしている様子を不思議そうに見つめる陛下と王妃様。あれ? もしかしてまずかったかしら?
「あ、あの?」
「いや、なんでもないよ。サムエルの女嫌いに対して君はよく耐えられるなと」
「女嫌い?」
そのような兆候ございましたでしょうか? もしかしてあの照れているかのようなご様子は照れているのではなくて単純に女性がお嫌いだから?
なんということでしょうか。私勝手に舞い上がっていましたが、もしかして王子様は私のことを好きではない? え? そんな。
「父上母上。おやめください。確かに私は女性が好きではありませんが、彼女は例外です。これから妻になる女性です」
そういわれ、サムエル様は私の肩に手を置きましたわ。肩に、手を、置きましたわ。肩に、肩、かた、かかかっかっかたかたかたにー。
「ふにゅっ!?」
「ふにゅう?」
「あっ、いえなななななんでもありませんわっ」
はい! 初ボディタッチは左肩! 左肩! 左肩! レフト! ショルダー! うっひょー! 控えめにいって禁断の果実を口にした気分ですわ!
「そこまで嫌なのか」
サムエル様が小さな声で呟きましたわ。陛下や王妃様には聞こえていないようですわね。
「平気ですわ。このままお願いします」
「……そうか。じゃあ、もう少し付き合ってくれ」
「つっっ付き合え? しっ仕方ありませんわね」
もう少しなどと言わずに墓までと……
「さっきから何をこそこそ話しているんだい?」
「まあまあ、お二人が仲よさそうで良いではありませんか」
「ええ! 私とローズはもうこのように。だからご心配なく」
え? 今ローズと? え? もっとお呼びください!
「あ、あう……はい! 私とサムエル様は……さ、サムエル様は! えっと! はい! サムエル様とでしたら私大丈夫だと思いますわ!」
いってやりましたぁああ! これでどうでしょう! ご満足いく回答でしたでしょうか? サムエル様?
私がサムエル様の方を見つめると、サムエル様はなぜか苦々しい表情でこちらを見ていますわ。何か間違えたのでしょうか?
「ふ、ふむ。まあ、ローズ嬢は緊張しているのだろう。いささか表情が硬めだが、美しい娘ができた気分だよ」
「あら? ローズちゃんは可愛らしい娘よ」
ふふふ、陛下からも王妃様からも好感触。これはいけますわ。
楽しい晩餐を終えてしまい、またサムエル様と二人きりになれましたわ。ああ、私室も相部屋なのですね。
「相部屋なのですね」
「ふん、君は嫌がるだろうと思ったけどね。他の人間がいるところでは話せないことも多いだろう。合理的な処置だ」
「嫌がる? その言葉そっくりそのままお返ししますわ女嫌いのサムエル様」
は!? いけません。このような言葉はまたきついと思われてしまいますわ。何か訂正した方が良いのでしょうか? でも何といえば? え? 失敗?
「君はそういう女だったな。まあいい。人前では多少言葉を選んだだけ良しとしよう。俺に対する不敬はこれから言えない様にしてやる」
「? 不敬? 被害妄想も大概にして欲しいわね」
そんな不敬だなんて! いえ、お言葉が過ぎたのかもしれませんが、私はそのようなつもりではなく……ただ純粋に貴方のことをお慕いして……え? あれ? 私ってもしかして? 今まで言葉選び間違えていました?
ですが、自国にいたころは誰からもお咎めなく……何故?
「それともう一度言っておく。俺は女嫌いだが、君は別だ」
「な? 何故?」
「君は……その…………いや、いい。とにかく君は別だ」
「は、はあ?」
なんだかよくわからないのですが、嫌いでないのになぜ愛でてくださらないのでしょうか? 私はもっと言葉を交わしたいですし、もっと触れ合いたいし、できれば見つめ合いたいのですが?
何がいけないのでしょうか?
「とにかく、さきほどみたいに触れられただけで奇声をあげられたら困る。こっちに来い」
「え? きゃっ!? ななななななっ!? 何をするのです!?」
突然腕を掴まれ抱き寄せられましたわ。あ、このまま時間止まってくださいませんかね。私の意識だけ動いていて良いのですが。
「君は嫌がるばかりだな」
「いやがっ!? そんなこと!」
そんなことありませんのに! どうすればよいのでしょうか? どうすれば? え? え? 私ってそんなに思いを伝えるのが下手なのでしょうか?
実家にいたころはもっとこう皆さま私の好意に敏感でしたのに。ひどく悲しくなってきてしまいましたわ。
「君にはいずれこの国の国母になってもらう。だからせめて俺だけは受け入れてくれ」
この人、本当に女性嫌いなのでしょうか? いえ、私だけは別なのですよね? どのような理由かは存じ上げませんが。
「そ、そうですか。まあ、善処いたしましょう。サムエル様がもっと婦女子にお優しくされるのでしたらですけど」
「その必要はないな。だが君の態度が改善したら、君だけは考えよう」
無理ですわ。だって今こうして抱きしめられている状態で会話している内容がポンポン抜け落ちて何を口走っているかもよくわからなくって。心臓が胸に収まりきらずにどこかに飛び出て転がり落ちそうなんですもの。
ああ、私ってサムエル様のことがこんなにもお好きなのですね。
「言動の割には無抵抗なんだな」
「なっ! 何のことでしょう? え? 抵抗? はは? 言動からも感じ取れないはずですが?」
「いや、そのあからさまな動揺は異常だ。よほど俺に拒否反応があると見える」
ええありますとも。イケメンすぎる罪です。近づかれますと、心臓が耐えられそうにないのです。もっと強靭な心臓になるまで少しお控えして頂けますと。
「俺は! 本当は! ……さっきは父上と母上の前だったから言えなかったし。昼間だって本当は君にあってすぐに言うつもりだったんだ」
「何を仰るというのですか?」
「君には嫌悪感が沸かなかったんだ。はじめて見た日から」
「はい? え? 私だけ? え? な? え? はへ?」
それはつまり、私がサムエル様に一目ぼれした日に、サムエル様も私を見つけ出していてあの日……え? 嘘。嘘嘘嘘。え? お互いに一目ぼれ? ないない。詩集に乗っちゃうから。
「温室であった時、俺は正直嬉しかったが、君はそういう風じゃなかったな。だが、俺は君以外考えられそうにない。君もここに来た以上覚悟してきているはずだ。だから、どうかもう少しだけ俺に歩み寄ってくれないか?」
「え? えと、えっと…………ごっめんなさぁーい!」
うわーん! ダメダメダメ! 全然耐性着く気配がしません!
せっかく大好きな王子殿下と婚約したのに私の方に問題がありすぎる件についてがしばらくの私の課題になりそうです。
なんとなくポンと頭に浮かんだのが昨日の夜。
設定だけ考えてとりあえずタイトル回収まで書いてみました。
連載版執筆予定はなくもないですがって感じです。
ご閲覧ありがとうございました。