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第054話 スペシャルコース

 夕刻、晴れ渡る空は茜色に染まっていた。


 僕は左目が開かない状態で荷車を引いて、街中を歩いている。

 右目は辛うじて開くレベル。ひどく視界が狭い……顔面は恐らくパンパンに腫れている。


 荷台には楽しそうに談笑する女性二人が座って、その脇には動かなくなった細身に青年、ニールが横たわっていた。

 ニールの傷は完全にふさがっている。だが失血で動けないのだろう、青い顔をしている。

 彼は虚ろな眼で空を見上げていた。


 時折、街行く人はヒソヒソと話して、僕を指差す人がいた気がする。


「なんだその顔は? 魔物にやられたのか?」


 横から声をかけられる。

 非常に狭い視界を動かし、声の主を探した。

 大剣を背負う共和国の勇者、スウェンだった。


 この惨状は疑いをかけている相手にすら、心配されるようだ。


「大丈夫ですって言え」


 荷台のカヨから命令が飛んでくる。


「ダイジョウブデス」


「そうか、ならいい」


 スウェンはクルっと背を向けた。

 この街に面倒ごとを持ち込んだ相手は、面倒ごとを嫌うようだ。


「顔、治してあげましょうか?」


 横にいたシェラが哀れみをかけてくれた。

 この惨状は疑いを(以下略)


「この顔はファッションですって言え」


 再び命令が飛んでくる。


「コノカオハファッションデス」


「そうですか」


 シェラもクルっと背を向けて去っていった。


 味方は……いない……。



 しばらく歩き、セイナの家に着いた。

 小さく地味な平家だが、鉢植えが並んでおり花々が彩っていた。


「ジン、ニールを背負って中に入ってください」


「え?」


 カヨはクイっと顎で僕に指図する。


 言われるがまま、ニールを背負ってセイナの家に入る。

 家の中は質素ながらも所々可愛くコーディネートされている。

 女性らしい部屋だ。ほのかに花の香りが漂ってきた。


「ではそこのソファーに寝かせてもらえますか?」


 僕はゆっくりとニールをソファーに寝かせた。

 下ろす時、ニールが何かを言っていた気がするが、声が小さくて聞き取れなかった。


「ありがとうございます」


 礼を言って微笑んでるセイナの手には、何故かロープが握られていた。


「あとカヨ。 私は明日、診療所をお休みしますから所長に伝えておいてください」


 ……どうやらニールには延長コースが用意されているようだ。


 彼は僕を見て、口をパクパクと動かしていた。


 ……いや、見なかったことにしよう。




 ……………………




 僕とカヨは愛?の巣を後にし、無言で宿に戻った。

 部屋に前で彼女はこちらを向いた。


「本当は私、動けない相手を殴るなんてしたくないの」


 何を言ってるんだろう。

 1ミリも理解できないが、今反論すれば顔が腫れるだけだろう。


「だから明日の朝練で、また勝負しましょう」


「……」


「私が勝ったらアンタをしごく」


 師匠、僕にはスペシャルコースが用意されてましたよ。


「僕が勝ったら?」


「……今日覗いたの、無かった事にしてあげる」


 いや、こんだけ殴られたのにちょっと待ってほしい。

 意味が分からない。


「不満顔ね」


 この腫れ上がった顔で、よく不満顔してるって分かるな。

 僕の望みは決まっている。前回は不本意な結果だった。


「スカートをたくし上げて、じっくりパン……」


 ーーバチン!!


 ビンタが飛んできた。

 予知しても体が動かなければ避けれない。


 僕は情けなく内股でコケた。


「分かったわ、今日のを無かったことにした上で、パンツを見せてあげる。じゃ、おやすみ」


 カヨはそう言って部屋に入っていった。

 長い一日が終わった。


 ……顔が……痛い……とても……

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