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苦手な方はご注意ください。

なっちゃん

作者: 大野竹輪

〇もくじ


(1)~(8)


〇登場人物


黒木夏美 鳥飼麗子 西城五郎 明星光 吉永幸夫 軽辺マキ 小柳昌子 今野豊 岡本夏子

ほか。



原作: 大野竹輪


(まえがき)

どこにでもいる普通の女の子。特にこれといって優れた才能があるわけでもない。歌も親の遺伝でオンチだと本人は思っている。

高校からミスチルのファンになった。

物の整理整頓が苦手なのか時々どこにしまったのかを忘れてしまい家で一人大騒ぎする。時々物を無くしたりするのが欠点。笑い出すと止まらない。

さらに笑い声が大きいことで有名。


部屋にはザ・ドッグのぬいぐるみが数個並んで置かれている。

ただし本物の犬は大嫌いのようだ。幼い頃、近所で飼われていた犬に近づいて、大きな声で吼えられ、その怖さがずっとトラウマになっているのであった。


(1)


主人公なっちゃんの父は大学卒業後に中堅企業へと就職し、一筋に会社のために働く頑張り屋さん。

その超真面目さもあってか、なかなか彼女が出来なかった。


結局見合い結婚をして、夏美が産まれた。


名前は母親の名前「千夏」からとったものである。



夏美の部屋には机と椅子、ベッドと書棚、それと小さなクローゼットというシンプルなレイアウトで、ザ・ドッグのぬいぐるみが数個書棚に並んで置かれている。


ただし本物の犬は大嫌いだ。


幼い頃、近所で飼われていた犬に近づいて、大きな声で吼えられ、その怖さがずっとトラウマになっているのであったが、いつしか動物のドラマや映画を観て、犬以外の動物が好きになっていった。


ドッグのぬいぐるみが好きなのは、まったく犬らしくない格好のぬいぐるみだったからである。


一人娘のせいもあって、部屋の整理整頓がまったく出来てなく、いつも机の周りが散らかってゆく度に母親が片付けていた。


夏美が小学校に行くようになってからは母千夏もパートに出るようになった。

女の子だったのでけっこう生活費がかかることもあった。

母はしっかりもので貯蓄優先で生活をしたので、父が課長補佐に昇格したのを機に東中野にある園山第1マンションに引っ越した。


ちょうど夏美が小学校6年のときである。


そして夏美は西園山中学に進んだ。


(2)


夏美の中学時代。

彼女はバレーボール部に入った。

ここのクラブの成績は何度か地区大会では上位に入ったものの優勝経験はなかった。


中2の春、クラブ活動のあと、夏美は数人の友達と下駄箱に向かっていた。

下駄箱のそばには男子生徒で下級生の豊が1人立っていた。


夏美「あれ?1年生の・・・誰だっけ?」

豊「あ、豊です。」

夏美「ああ、豊くんね。お疲れさま。」


夏美はそう言って帰りかけた。


豊「先輩。」

夏美「え?私・・・?」


優しい声に急に振り向く夏美。


豊「はい。」

夏美「何?」

豊「これ、落ちてました。」


豊は持っていた生徒手帳を夏美に渡した。


夏美「あ!あああ・・・」


夏美は慌てて自分のポケットを捜した。


夏美「まーた、やっちゃったわ・・・」


夏美は豊から生徒手帳を受け取ると、軽くお辞儀して、


夏美「ありがとう。」


と言って、さっさと友達と帰って行った。

これをきっかけに豊と夏美の付き合いが始まったのである。



夏休みのある日。

ここは中学校の体育館。


夏美「ぎゃははは・・・!」


とんでもなく大きな叫び声が体育館全体に響いていた。


豊「何とかならないの・・・」

夏美「なんない、なんない。」


夏美はいつものごとく簡単に返事をしていた。

こんなキャラでも彼女はクラスの中ではけっこう人気者だった。



放課後。

ここはバレー部の部室。

豊が数学のプリントの問題を隅で考えていた。


そこに夏美がやって来た。


夏美「あれれ?どうしたのこんなところで勉強?」


不思議そうな夏美。


豊「あ、ん・・・」


豊がけっこう悩んでいた。

夏美はその様子を見て、すぐに豊の傍に行った。


夏美「あ、これね。教えてあげる。」


夏美は自分のシャーペンを取り出して、部室に落ちていた裏紙に解答の式を書いた。


豊は勉強が好きではなかった、というか大嫌いだった。

そのため世話焼きの夏美に時々数学を教えてもらっていたのだった。


やがて2人が真剣に意識するようになり、互いに恋するようになった。


夏美「へえー、豊くんちってスナックしてるの。」

豊「そうなんだ。」


ときには公園のベンチ、ときには神社のベンチ、ときにはスーパーのゲーセンコーナーやカフェテリア、2人は場所を選ばずあちこちでデートするようになった。



ここはスーパー「ゲキヤス」にあるゲーセンコーナー。


夏美「ここはよく来るの?」

豊「ああ、けっこうね。」


2人は両側に並んでいる数台のUFOキャッチャーの間をゆっくりと通り抜けていた。


夏美「あ!これこれ!」


いろいろ見ながら探していた夏美がやっと見つけた様子である。


豊「なんだ、犬か。」


夏美「これ有名なんだよ。

『ザ・ドッグ』っていうの。たくさん種類があるのよ。」

豊「あんまり興味がないや。」


ぬいぐるみなんかどうでもいい豊。


夏美「私このぬいぐるみいくつか持ってるの。」

豊「犬が好きなんだ。」

夏美「違うよ。本物の犬は嫌いなんだけど、このぬいぐるみは特別なの。」


真剣に話す夏美。


豊「全然犬っぽくないなあ。鼻がめっちゃでかくないか?」


豊には妙に変なぬいぐるみに見えた。

確かに犬らしくはない。

顔は馬鹿でかで特に鼻が超でかい。さらに胴体は小さくおまけに短足だった。


夏美「それがいいのよ。」


テンションの上がる夏美。


豊「ようし・・・」


真剣な表情で豊はUFOキャッチャーに挑戦した。

夏美「えー、大丈夫なの?」


やや不安の夏美。


豊「まあ、下手ではないよ。」


結局500円で3回やったが、しっかり2匹ゲットしていた。


夏美「きゃー凄い!」


興奮状態の夏美。


豊「全部あげるよ。」

夏美「ありがとう。」



豊と夏美の交際は1年と少々続いたのだが、結局夏美はスナックのイメージが拭えなかったため、豊と別れてしまったのであった。



たまの日曜日。

ここは商店街にある「気晴らし書店」。

夏美が一人雑誌を立ち読みしていた。


夏美「あー・・・綺麗・・・」


どうもモデルが気になるようだった。


夏美「私もけっこうスタイルは良い方だと思うんだけどなぁ・・・」


妙に自信がある夏美。

確かにけっこうグラマーではあった。

彼女は将来モデルになりたいと思っていた。



中3になって、文化祭の日、たまたま豊の作品が展示してあることを知ったので、美術室にそれを確かめに入ったとき、マキと知り合うことになった。


マキとはクラスが違っていたが、夏美は彼女から絵のおもしろさをいろいろ教わった。

結局それに関しては何も自分のものにはならずに終わってしまった。

しかし宿題をよく一緒にするほど彼女と仲が良かった。


(3)


夏美の高校時代。


1年最初の授業初日。

開始時間直前にイタリア製のグレーのブレザーを着た光がA1クラスにゆっくりと近づいていった。そして教室の扉をさーっと開けてみんなに向かって一言、


光「よ!」


本人はポーズも決まったと思ったようだ。

が、一瞬クラスの生徒は彼を見たのだが、すぐに元の状態に戻り誰も彼の方を見ようとしなかった。

同じクラスの生徒はまだそれぞれ名前も知らないはずだったが、光だけは皆に知られていた。


夏美「おはよう光。」


元気のいい声は夏美だった。

光は右手を上げながら、


光「おお。」


大きく返事をした。

彼はやっとほっとした様子だった。

軽辺マキが、


マキ「夏美、光さんって超キザじゃない。」

夏美「ほんと、調子乗ってんじゃないわよね。」


2人がこそこそ話し出した。

そこへ光が急に割り込んで来て、


光「何々??何のお話かな?」


2人はその場を察知して急に黙ってしまい、すぐにそれぞれ自分の席に戻った。


こうしてこの日は委員長に吉永が決まった。



翌日(授業2日目)のA1クラスの朝礼でクラスの副委員長にジャンケンで負けた夏美が決まった。


夏美「あーあ、やってらんないわもう・・・」


夏美は落ち着きがなく教室にいる間はずっとイライラしていた。


マキ「ほんとよね、あいつとなんてまっぴらごめんよね。わかるわその気持ち。」



確かに2人が嫌がるのは間違ってはいなかった。

授業中はガムを噛みながら、そして教科書はまず開かない。

掃除の時間には掃除もせずどこかに隠れてしまって現れない。

クラスのほとんどがそんな吉永を嫌っていた。


当然のことだが吉永が委員長の仕事をやることはなかった。

夏美が1人でその全てをやっていた。


そして放課後のお昼のことだった。

たまたま放送室で夏美が資料の整理をしていたところに急に暇そうにしていた吉永が入ってきた。


吉永は何も言わずにただ椅子にズッドンと腰掛けた。

そしてしばらくそこにじっとしていた。そんな吉永を見ていた夏美は、


夏美「ねえ、吉永君。」

吉永「・・・」


微動だともしない吉永。


夏美「いいかげん委員長なんだから仕事してよね。」

吉永「いいじゃねえか、夏美が全部やれるんだから。」


夏美はムッとして、


夏美「何で私だけやらないといけないのよ。少しぐらい手伝ってもいいんじゃないの。」


吉永はまったく聞く耳をもたず上の空だった。


夏美「それと呼び捨ては止めてよ。」


夏美は強い口調で言った。


吉永「じゃ何て呼べやいいんだ。」


吉永も負けずと強い口調で返答した。


夏美「・・・なっちゃんとか・・・」


このとき夏美が横を向いたまま話したので、まさか自分の手が放送マイクのスイッチに触れていることにさえ気が付かなかった。


吉永「なっちゃん!」


吉永の声は普段からかなり大きめだった。

よってマイクを通してその大きい声が校内放送で校庭中の隅々に響いた。


夏美「そうよ。」

吉永「なっちゃん~!!!」

夏美「うるさいわよ!」


夏美のボルテージは上がった。

校庭ではあちこちで生徒たちの笑いが起こっていた。


吉永「で今から何をするんだ?」

夏美「この下を拭くから、この資料持っててよ。はい。」


夏美は10センチくらいの厚みになっている資料を吉永に渡した。おもしろくなかったのか吉永は机の下にもぐって拭いている夏美のおしりに右足を少し当てた。


夏美「きゃー!!!何すんのよエッチ!!」


夏美の発狂は最高点に達した。

これを聴いた教師3人が急いで放送室へ走って行った。


そしてこの日から吉永と夏美の妙なうわさが学校中に広がっていったのである。


翌日(授業3日目)のA1クラス。

授業が始まる前、マキは昨日の放課後の事件を気にして夏美の席にやってきた。


マキ「ちょっと夏美。」


急いで来たマキの方に夏美は振り返って、


夏美「何?」

マキ「昨日の放課後のことさ、学校中に知れ渡っているよ。」

夏美「いいのよもう。別に変な関係じゃないし。」


夏美は大きくため息をついた。


マキ「それが変な関係にとられているらしいよ。」

夏美「あいつが私のおしりを触るからいけないのよ。」


夏美の声が少し大きくなった。

まわりのざわめきが急におさまった。

そしてクラスの生徒たちが夏美に注目した。


マキ「周りの男子の話では触ってない、足が当たっただけだって・・・」

夏美「誰よそんな事言ってるのは?」

光「オレ。」


光が急に割り込んできた。


夏美「光・・・」


光は椅子に逆座りしながら、


光「吉永本人がそう言ってるからさ。」

夏美「いや、あれは絶対触った!」

光「でも触った瞬間を見てないだろう。」

夏美「後ろから触ったのよ。」


光は首を左手でかく様にしながら、


光「だからさ、後ろからだと触ったのか、当たったのかわからないじゃん。」

マキ「確かに・・・」

夏美「いや絶対触った!」


夏美の声はさらに大きくなった。


光「まったく頑固ババア。」

夏美「何よ失礼ね!」

光「声もでかいよ。」

夏美「余計なお世話よ!」


マキがやっぱりかと言わんばかりに途方にくれていた。

このとき当事者の吉永の方はまったく気にせず週刊誌のコミックを読んでいた。


それからというもの授業中でも吉永と夏美はちょいちょい目を合わせることが多くなったのだった。



翌日(授業4日目)、夏美は普段自転車で通学していた。

この日家を出る時は晴天だったが、途中東中野商店街を抜けて国道に差し掛かる頃急に雨が降ってきた。


夏美「やばいよ。」


夏美は今さら家まで戻りたくなかったので、そのままダッシュして国道を走っていた。

そこに同じく傘をさして自転車で通りかかった吉永が、夏美を追い越して行った。


追い越した吉永は100メートルほど先のところで傘を開いたまま後ろに投げて、さらに猛ダッシュで走っていった。


夏美「ちょっと傘!!」


夏美の声は雨の音に完全に消されていた。

夏美は吉永の落とした傘をさして学校に向かった。そのおかげでたいして濡れることは無かった。



(授業6日目)のA1クラス。体育の時間。


夏美とマキが女子更衣室に入ってもうすぐ行われる校内の競技大会の話をしていた。


夏美「マキは種目何にするの?」

マキ「夏美は?」

夏美「私は中学がバレーボール部だったから、バレーボールにする。」

マキ「私バレーは下手だからなあ。」

夏美「他に卓球、テニス、バスケットか。4種目から選ぶんだ。」

マキ「やっぱ卓球が無難かなあ。」

夏美「うんうん。私もそう思うけど。」


夏美が軽くうなずいて言った。


マキ「じゃ夏美、クラブもバレーに入るの?・・・あ!そう言えば自己紹介・・・」


マキはこのとき自己紹介の日のことを思い出した。


夏美「うん、そうしようかと考えてる。マキは?」

マキ「私は美術部にする。」

夏美「昨日の美術のデッサン、上手かったよね。」

マキ「ほんとはイラストがいいんだ。アニメとかのさ。」

夏美「へえー。」

マキ「中学の時、けっこう描いていたから。」


話ばかりしていた二人はようやく着替え始めた。


夏美「3年からしか話したことなかったよね。」

マキ「3年からは勉強に集中してたからね。いっしょに宿題やったよね。」

夏美「そっか。じゃ、けっこう前から描いてたんだ。」

マキ「うん、4、5冊あるよ。」

夏美「今度見せてね。」

マキ「いいよ。」


体操服に着替えていたマキの腕が反対隣の女子生徒の腰に当たった。


マキ「あっ、ごめんね。」

麗子「いいよ。」


しばらくはマキは麗子をじっと見ていた。

けっこう美人でロンゲの鳥飼麗子だった。

夏美とマキは更衣室を出て行った。


マキ「あのさっきの子、けっこう綺麗ね。」

夏美「うちのクラスじゃないからA2だよね。」

マキ「かなり特徴のある顔だったわ。」

夏美「確かに。」



校内の競技大会の当日。

空はけっこう晴れ渡って風もなく穏やかだった。生徒たちは全員グラウンドに集合していた。


夏美「あー気持ち良い日。」


夏美は大きく背伸びをして深呼吸をした。


マキ「ほんと。」


すると光がどこから来たのか急に割り込んできて、


光「ほーんと。」

夏美「何よ!」

光「そんな大きな声を出さなくても・・・」

夏美「あっちに行ってよ!」


光は笑いながらスキップをして別の女子のグループの方へ去って行った。


マキ「しかしここの高校って、男子のレベル低いよね。」

夏美「これは裏情報だけどさ。内緒ね。」


夏美が急に小さな声で話した。

マキが夏美の顔にくっついた。


夏美「ここの男子は寄付で入ってくるのが多いのよ。顔よりお金よ。」

マキ「なるほどね。」


マキは大きくため息をついた。



夏美はバレーボールの試合に参加した。

しかしA1クラスはチームワークがまるでなくレシーブもガタガタで呆気なく1回戦で敗退した。トーナメント方式だったのでその後はA1クラスは試合の参加が無くなってしまった。

そこで多くの女子は男子のバレーボールを観戦することにした。


一方球技が苦手なマキも1回戦で負けて、その後夏美のいるバレーボール観戦に加わった。


各クラスのミニ応援団たちが威勢良く太鼓と笛で応援合戦をしていた。


マキ「夏美。」

夏美「あ、マキ。」

マキ「あれぇ?、もう負けちゃったの。」

夏美「だって、誰もレシーブに走らないしさ、顔を見せっこばかりしてさ、まるで他人事よ・・・、まったくチームワークさえないわ・・(^^;;)」

マキ「私も1回戦でコールド負けしちゃった。」

夏美「卓球はシングルなんだよね。」

マキ「うん、でもやっぱ球技は苦手だわ。」

夏美「観てるほうが楽でいいよね。」

マキ「ほんとほんと。」


2人は白熱する男子バレーを観ていた。

A1男子にはバレーボールの上手な背の高い西城がいた。


マキ「ねえねえ、西城君。頑張っているじゃん。」

夏美「ほんとだ。これはけっこういいところまでいくかもね。」


マキはちょっと首をかしげるようにして、


マキ「でもさ、彼って確かバスケ部だよね。」

夏美「きっとスポーツ万能ってやつですか・・・」


2人は試合が終わるまで周りの女子同様ずっとずっと西城を見続けていた。


マキ「そうだ、友達から聞いたんだけどさ。西城君と光さんて仲が悪いみたいよ。」

夏美「へえーそうなんだ。」

マキ「光さんはあのとおりチョーキザでしょ、西城君は真面目だからさ。性格がまるっきり違うんだよね。」

夏美「何となくわかる気がする。」

マキ「でしょ。」



夏には毎年恒例の花火大会が東中野商店街近くにある中野北公園で行われた。

公園だけでは場所が狭いので、近くの中野神社の境内や広場も縁日や櫓に利用されていた。

また公園がさほど広くなかったために、花火の打ち上げ場所は公園から北に2キロほど山よりにいったところで準備された。


夏美は一人で見に来ていた。

そして綿菓子の店でマキたちに偶然出会った。


マキ「あ、夏美。」

夏美「あ、マキ。」


2人は目を合わせた。


マキ「1人なの?」

夏美「うん。」


マキは心配そうにして、


マキ「一緒に回ろうよ。」

夏美「いいの?」


マキは昌子に夏美を紹介した。


マキ「私のクラスの夏美。」

昌子「バレー部の?」

マキ「そう。」

昌子「よろしくお願いします。」

夏美「こちらこそよろしくね。」


こうして3人は歩き出した。が、急に・・・


夏美「あ、あれ、あれれ?」

マキ「どうしたの夏美?」


夏美は自分の紺色のブラウスの腰の辺りを両手で触っていた。


夏美「ないわ、ポーチ。」

マキ「ああ、あのショッキングピンクのウエストポーチね。」

夏美「そ、そうなんだけど・・・」

マキ「え?もしかしてサイフ・・・」

夏美「そうなのよ。」

マキ「それは大変だわ。」


マキと夏美が今歩いてきた道を少し戻りながら夏美のポーチを探し始めた。



やがて・・・


光「やっほ~い!」

夏美「何何、気持ち悪い奴。」

光「失礼だよな。せっかく会えたのに・・」

夏美「それがキモイって言ってるのよ。」

吉永「夏美さん。」


吉永はそう言って、ポーチを夏美に見せた。


夏美「あ!!それ!」


夏美は非常に驚いて一瞬固まってしまったが、


夏美「え、どこにあったの?」

吉永「縁日の端っこかな?落ちてたよ。」

夏美「あ、ありがとう・・・」


吉永が夏美にポーチを手渡した。

このときだけは、周りがシーンとしていた。


マキ「夏美よかったじゃない。」

光「よし、じゃあみんなで花火を見るか。」


3人組はそんな気分ではなかったのだが、夏美のポーチが見つかったことから、仕方なく光に合わせる事にした。


そしてこの日だけは夜遅くまで花火の音が東中野の町全体に響いていた。


やがて5人組が解散する時、


マキ「もしかして夏美は何か運命の糸に・・・」

夏美「やめてよ!」



ある日ここは夏美の家。週末は家族3人で自宅で食事をする事が度々あった。


母「あんた、早く食べてくださいね。」


父はいつもになく食事が遅かった。


夏美「父さん、どうかしたの?」

父「別に・・・」

母「何よ、あんた!そんな言い方ないでしょ!」


母は冷やかな父の返事が気に入らなかったのだ。


夏美「別に私気にしてないよ。」


その場の雰囲気が気に入らなかったのか、


父「外へ出てくる。」


そう言って父は家を出て行った。


夏美「お母さん。」

母「あの人は昔からあんな感じなんだよ。ほっといていいよ。」


夏美は玄関の方をしばらくじっと見つめていた。

母「どうせ2、3時間もしたら帰って来るんだから。」


母はそう言うと、父が飲み残したビールのグラスを手に持って一気に飲み干した。


母「夏美も気をつけるんだよ。あんな男に捕まらないように。」

夏美「別に父さん、普通じゃん。」


不思議そうに話す夏美。


母「何、結婚する前とは全然別人だよ。性格まるっきり変わってしまってさ。昔は随分優しい言葉を使いまくって話していたけど、今やもう帰って来ても2、3言しか喋らない。あーあ、情けない。もっといい男がいっぱいいるってのにね。」


夏美はそんな母の愚痴をずーと聞いていた。


夏美「だいたい結婚なんか、私はまだまだだよ。」

母「何言ってんのよ。夏美はもう17でしょ。結婚できるんだよ、もう大人なの。」

夏美「でもさ・・・」

母「母さん知ってるよ。私の口紅少し使ったでしょ。」


夏美は突然の言葉にびっくりして、少しはっとなった。

事実中学校の時何度か好奇心で黙って触っていた事があったのだった。


母「ちゃんとわかってるんだよ。でも、いいよそれで。だってもう子供じゃないんだからね。これからは大人の扱いをしなきゃね。」

夏美「お母さん、知ってたんだ。」

母「親と言うのは知らないようで、実は我が子の事を一番良く知っているんだよ。」


夏美はこの時から、少し自分が大人になったような気がしたのであった。


2人が寝た後玄関で物音がするのが聞こえた。父が帰宅したのである。



次の日の夜。

夏美の母がお風呂に入っている間、夏美と父が居間にいた。


夏美「父さん、昨日どこに行ってたの?」

父「昨日、寿司屋に行ってた。」

夏美「寿司屋。私も連れてって。」

父「いいよ。今度母さんが居ない時に。」

夏美「何で・・・3人で行けばいいじゃん。」

父「鮨が不味くなる。」

夏美「父さん、お母さんが嫌いなの?」

父「そうじゃないけど・・・昔はもっと可愛かったけどなあ。まあ女って言うのは年と共に変ってしまうもんだよ。」

夏美「そうなんだ。でもさ、お母さんも同じ事を言ってたよ。父さんが変ったってさ。」

父「よく言うよ。父さんは昔とちっとも変っちゃいないよ。」

夏美「ふう~ん。そうなのかぁ。」


やがて母が風呂から出てきて、今度は父が風呂に入っていった。

その間、夏美と母の2人が居間にいた。少しの間母はヘアドライヤーをかけていた。


夏美「お母さん。」

母「何?」


母はドライヤーのスイッチを切った。


夏美「父さんね、お母さん昔とだいぶ変ったって言ってたよ。」

母「はあ??私は昔のままよ。性格まったく変らず。まあ美貌は年と共に衰えていってるけど。まあだから化粧するんだけどね。」


夏美はこの時両親が同じような事を思い、同じような事を考えているんだと気づいたのであった。母は再びドライヤーを使い始めた。



数日後、夏美が西中野にある江戸前の寿司屋へ家族で食べに行った日のことである。

この寿司屋の店はけっこう古く、建物の外観といい、店の中の造りといいいたるところが昔ながらの材質で造られ、窓や中の柱などは際立った墨のような黒をイメージした店であることが町中で知られていた。

レトロな暖簾をくぐった3人は、店の中に入って行った。


そしてそこに若い高校生が働いているのが目に入った。


夏美「え!吉永君・・・何?何?」


信じられない表情の夏美だった。


吉永「ここオレのじいちゃんの店なんだ。たまに忙しい時は手伝ってんだ。」

夏美「そうだったの。」


夏美の家族3人はカウンターに座った。少しして、


父「大将、イキのいい奴を頼むよ。」

大将「よっしゃあ。」


声ははっきりしてややでかかった。

夏美にはそれが普段の吉永のそれとオーバーラップして感じとれたのだった。


母「夏美、お友だちなの?」

夏美「同級生。」

母「へえー、えらいわねぇ。」

大将「私のせがれ(長男)が漁師をしておりまして、こいつは次男の子ですわ。まあ、そんなこんなで時々この孫が手伝ってくれてます。」


こうして夏美以外の家族は満足して店を出た。



クラブ活動の下校時間。

夏美は夏休みの宿題だった数学の問題集の答えをコピーして吉永の下駄箱に入れておいた。おかげで9月初日、大嫌いな数学の宿題を提出した吉永の姿を、クラスの皆(1人を除いてだが)が不思議がっていたのだった。


翌日の昼休みのことである。吉永が夏美の席に行った。


吉永「夏美、ありがとう。」

夏美「何?」

吉永「数学の答え。」


吉永はまわりに聞こえないような小さな声で言った。


夏美「何で私ってわかったの?」

吉永「字でわかるからさ。」

夏美「ふうん?」

吉永「でも、どうしてオレに?」

夏美「サイフ拾ってくれたお礼。」

吉永「そっか・・・」


吉永は急に納得したようだ。



クリスマスに少し離れた南高針地区を流れる高針川の河川敷で今年からイルミネーションが見られることを知った夏美はマキと見に行くことにした。


マキ「わあーすごいわぁ・・・予想以上。」

夏美「ほんとだ。綺麗だよね。」


向こうの方から2人組が近づいてきた。夏美はちょっとうつになって、


夏美「マキ、ごめん。じつはね。」


2人は向かい合わせになった。


夏美「今日、光と西城君に誘われて来たの。」

マキ「そうだったの。」


マキは一瞬躊躇ったが、


マキ「いいよ、全然気にならないからね。西城君でしょ。」

夏美「ありがとう。」


光と西城の2人が近づいてきた。


光「やっほ~い!」

夏美「相変わらずのワンパターンってやつですか・・・」


河川敷に4人が座ることにした。しばらくイルミネーションを見ていた光が、夏美の肩に手をそおっと置いた。


夏美「しっしっし!!」


夏美はその手を払った。


光は四六時中落ち着きがなかったのだが、西城はずっとおとなしくイルミネーションを見ていた。


マキはイルミネーションが時と共に変わってゆく色と形の変化に感動していた。

そのあと夏美を気にしてか光を呼んで、


マキ「光さん、少しこっちに座りましょ。」


光は言われるままにマキと2人、少しだけ夏美と西城から離れて座った。


光「やっぱオレの方がいいのかな?」

マキ「何言ってんのよ。夏美のことを考えてした事よ。勘違いしないで!」


マキが隣の2人に気づかれないように、小さな声でつぶやいた。


夏美「西城君、初詣一緒に行きませんか?」

西城「いいけど、光はかなりうるさいよ。」

夏美「いえ、光さんはいい。西城君だけで。」


その時西城は少し不思議そうな顔つきになっていた。

夏美「あ、そうそう。マキも連れてきます。3人で。」

西城「わかった。」


西城は軽くうなずいた。



こうして4人組はそれぞれ生まれて初めてのイルミネーションを思い思いに楽しんでいた。



翌年の1月2日。

約束どおりに、夏美たち3人が電車を利用して浅草寺まで初詣に行った。

この日の夏美は普通ではなかった。

最初からずっとそわそわしてばかりで、それがマキには何となく恋と感じ取れたのだったが、まあ西城にはそんなことはまったく気づかず周りの景色を一つ又一つと観賞していたのだった。


夏美「すっごい大きいね、この提灯。」

マキ「ほんとウワサには聞いていたけどね。」

夏美「人が多すぎて迷子になりそうだわ。」

マキ「夏美離れないでね。私困るよ。」

夏美「大丈夫大丈夫、西城君がいるから。」

マキ「そう言う事じゃあないんだけど・・・」


マキは少し呆れた様子で人ごみを避けるようにしてゆっくりと歩いていた。


やがてお参りを終えた3人は近くの公園に足を運んだ。


マキ「あれ?けっこう綺麗な公園だね。」

夏美「ほんとだ。・・・ん?」


夏美は公園の端に小さな温室のドームを見つけた。


夏美「ちょっと行ってみようか?」

マキ「そうだね。」

夏美「西城君、立ち寄ってもいいかな?」

西城「いいよ。」


3人はその温室に近づいて行った。


夏美「あっ!植物園だって!」

マキ「へえ・・・こんなところにあるんだあ・・・」


おもわず関心するマキだった。


3人は中に入って行った。けっこうたくさんの種類の変わった植物が栽培されていた。

マキ「すごいね。」

夏美「ほんとだ。知らない花だらけだ。」


マキが笑っていた。



3人はドームの中を道順どおりに進んでいた。

途中でマキがトイレに行った。

当然マキの親切心がそうさせたのだろう。


夏美「西城君、花なんか興味ないですよね?」

西城「いや、好きだよ。家に観葉植物があるよ。母親が好きだから。」

夏美「へえ・・・そうなんだ。」

西城「だから小さい頃から植物の中で育ったようなもんだな。」

夏美「これなんか、ハーブの種類かな・・・」


夏美は指差しながらそう言って、普段に無い笑顔を振舞っていた。


西城「そうそう、家はいろんなハーブがあった。名前は良く知らないけどね。」

夏美「そうなんだ・・・」


しばらくしてマキが戻ってきた。


そして3人は植物園を後にした。


再び電車に乗って西中野まで戻ってきた3人はファミレス「リトル・キッチン」に入った。


夏美「あらあ・・・けっこう混んでるのね。」

マキ「あ、あそこが空いているわ。」

夏美「店員の案内がいないし、座っちゃえ。」


そう言って3人は奥のだた1つ空いていた角の席に着いた。

ランチをしながら夏美が中心になってよく喋っていた。


夏美「しかし、何あの店員・・・全然動かないじゃん。」


確かに1人うろうろしている店員がいた。


マキ「まだ見習いなのかな?」

夏美「見習いは、胸にそのバッジを付けてるから、違うんじゃないかな・・・」

>>見習いなんだけど、胸のバッジを忘れてきたらしいです。


3人はまったく要領の悪そうな店員をまじまじと見ながら、ランチの後もそれをツマミにしてそれぞれのお茶をしていたのであった。


(4)


高2の春。

ある日の放課後のバレー部練習日。

この日は男子と女子が全員合同で今年初めて基礎練をしていた。

夏美は1年男子の中に豊の姿を見つけた。


夏美「豊じゃない!」


かなりの驚きをする夏美。


豊「やあ。」


豊は爽やかな表情で答えた。


夏美「同じ高校になるとは知らなかったわ。」

豊「以後よろしく。」


夏美はじっと豊の顔を見つめながら、


夏美「中学の時と全然変わってないね。」

豊「夏美はけっこう変わったみたいだ。」


豊が直球で話しかけてきた。夏美も負けていない。


夏美「うん、心も体も・・・」

豊「そうか・・・」


2人は中学生時代に付き合っていて1度は別れたのだが、夏美は豊が気になって、5月から再び付き合い始めることになるのであった。



ある日の放課後。

心が落ち着かなかったのか夏美はふらふら歩いているうちに屋上に出る扉の前にいた。

彼女は無造作に扉のかんぬきをはずし、屋上に出た。


そこは下に落ちないように1メートル50ほどの鉄の白い柵で囲ってあった。

夏美は街が見える方角に近寄り、柵に腕を乗せてしばらくその景色を眺めていた。

心地よい風が時折吹くと髪が顔に流れて気持ちよかった。


と、そこに2クラスの麗子を見つけた。


夏美「麗子さん。」

麗子「え?」


麗子はすぐに振り返った。

そこには夏美が立っていた。


麗子「あ、夏美さん。」

夏美「私有名なのかな?」

麗子「みんな知ってるわよ。放送室の事件・・・」

夏美「もう・・・やめてください。」


2人は笑い合った。


麗子「どうしたんですか?ここになんて・・・」

夏美「麗子さんこそ、どうしてここに?」

麗子「何だろうか・・・気が付いたらここにいたって感じかな・・・」

夏美「あはは、私と同じだわ。」

麗子「そうなの。」

夏美「部活のあと時々ここに来て、新鮮な空気をもらってる。」

麗子「へえー、悩みでもあるの?」

夏美「特にないけど、気晴らしにはいいから。」

麗子「そうだね。私も時々来ようかな。」


少し躊躇していた夏美だったが、


夏美「あのね第一印象がさ、少しケバイ気がしてたんだけど、こうして話してみると普通なんだ。」

麗子「あー、私ってそうとられてたのかァ・・・」

夏美「うん、だって更衣室にいた時さ、何か香りがしてさ・・・」

麗子「香水?」

夏美「たぶん・・・」

麗子「あー、あの頃ね・・・」


麗子は思い出し笑いをし始めた。

そして桃子とのちょっとした香水争いの話をしたのである。


夏美「へえーそうだったんだぁ・・・麗子さん、1人なんだってね。」

麗子「どうして知ってるの?」

夏美「2クラの友だちから聞いたことがあるよ。」

麗子「そう・・・まあ気楽だけどね。そう言う夏美さんは?」

夏美「実は私も1人なんだ。」

麗子「なんだ、そうなんだ。一緒だね。」



この日は何故か気の合う2人だった。

2人は鉄柵に両肘を置きながらしばらく街並みを眺めていた。

時々吹く爽やかな風が2人の乙女心に優しさを届けている様子だった。


そしてこの日から、時々2人が屋上で一緒になることがあった。


やがて2ヶ月も経たないうちに仲良しになっていた。



夏美はまたしても西城とデートを計画した。

昨年だけでなく、なんとしても今年も今のまま続けていきたかったからだ。

豊は年下だし、まだ彼が自分よりもかなり幼く思えてしまって、彼女にとって満足のいく交際相手ではなかったようだ。


今回はマキがジブリの映画が好きだったことを利用して、4月に映画館でたまたまジブリの映画を見つけ、このときとばかりマキに相談して、オッケーをもらったのであった。


3人が映画館の前で待ち合わせた。


マキ「夏美、ここだよ。」

夏美「待った?」

マキ「全然。」

夏美「西城君はまだだね。」

マキ「だってまだ約束の時間まで時間あるからね。」

夏美「あ、そうかぁ・・・」

マキ「待ち合わせの時間までまだ1時間弱あるよ。」

夏美「じゃマキ、すっごく早かったんだね。」

マキ「そうでもないよ。」

夏美「じゃ、そこのベンチで待っていようか?」

マキ「そうだね。」



2人は映画館の横に設置されていたベンチに座って西城を待つことにした。

やがて西城が上下ブルーのジーンズでやって来た。

そのかっこいい姿が2人にはとても印象的だった。

夏美は一瞬自分を失ったかのようになってしまった。


西城「あれ、もう時間だったかな?」

夏美「ち、違うわ、私たちが早過ぎただけよ。」

西城「そうだったの。」


西城はなんとか納得した様子だった。

そして3人は映画館に入って行った。


やがて3時間ほど時間が流れた。

映画館からゾロゾロと蟻の行列のように観客が出て来た。


マキ「良かったね。」

夏美「ほんと、感動したわ。」


そのときマキは知らずにハンカチーフを落としたらしい。

西城がそれに気が付いて、


西城「軽辺さん。」

マキ「え?」


マキは西城が話しかけたことにまず驚いた。

彼は滅多と女性に声をかけないからだ。


西城「ハンカチ落としましたよ。」


そう言ってマキのハンカチーフを拾い上げた。

マキはすぐにそれを受け取って、


マキ「ありがとう。」


このとき夏美は西城が自分には見せたことの無い表情をわずかながらも横目で感じとったのであった。



夏美はしばらくぶりに屋上に上がってみた。

清々しい風が吹いて気持ちが良かった。

グランドの方向をしばらく眺めていると、麗子はゆっくりと夏美に近づいて来た。

夏美の方は誰か近づいて来るのは気づいてはいたが、まったく気にせず遠くの山の裾野を眺めていた。


麗子は夏美の横に立って、


麗子「今日は良い天気だね。」


その声を聞いて、


夏美「そうだね。空気も綺麗だし。」

麗子「ふう~ん。空気かァ・・・」

夏美「何、何か悩んでいるの?」

麗子「別に何も無いけど・・・」

夏美「何かつっかかるんだけどなァ・・・」

麗子「そうかな?」

夏美「わかるわよ。だって・・・何度も会ってるじゃん。」

麗子「まあね・・・」

夏美「今日は特に重苦しそうに思うんだけどさ。」

麗子「そう見える?」

夏美「見える。」


麗子はしばらくグランドの方に目を向け、ベンチにカバンを置いた数人の男子がサッカーをやっているのを見ていた。


夏美「男かな?」


麗子は含み笑いをしながら夏美の方を見て、


麗子「かも・・・」


麗子は鉄柵を両手で強く握り締めながら、


麗子「そういう夏美はどうよ?」

夏美「何もないわよ。」

麗子「そうかな?」

夏美「ここの男子はまともな奴いないからね。」

麗子「それは私も同感・・・」

夏美「ねえ麗子、1回他の学祭に行ってみない?」

麗子「いいね。そうしようか。」

夏美「うん。じゃ今度決まったらメールするね。」

麗子「わかった。」


夏美は少し体が軽くなったのか、リラックスしながら屋上から降りて行った。


麗子「あれ?あっちにも屋上の扉があったんだ・・・」


麗子は少し1人でいたかったのか、まだ回りの景色を眺めていた。




5月。スナック「NOBU」にて。

このスナックは豊の母親が経営しているが、平日の夜からしか店を開けない。

そのことを知っている豊は、この店で放課後夏美とデートを繰り返していた。


2人はカウンターの中央に並んで座っていた。


夏美「あの頃と全然変わってないわね。」

豊「そうだね。」


普段と変わらない軽い返事だった。

夏美はすぐ前にあったストローを手に持って、中身を出し、外の紙袋を折り曲げたりして、


夏美「最近ね、私考えが変わった。」

豊「どんな風に?」

夏美「中学の時はスナックってすごく悪いイメージがあってさ。豊は好きだったけど、家庭環境がいやだったの。」


夏美はストローの紙を丸めて灰皿に捨てた。


豊「オレもスナックは好きじゃないよ。」


豊は斜め上にあるマリリンモンローのイラスト画を眺めながら話した。


夏美「あれ?当時はそうは言ってなかったけど・・・」


豊は傍にあったライターを触りながら、


豊「あの頃は親の仕事がよくわからなくってさ。」

夏美「そうだったの・・・」


夏美はどこか心の奥にあった小さな棘が抜けた気がした。

豊は有線のスイッチを入れて、ボリュームとチャンネルをセットした。

そしてカウンターの隅からグラスを2つ出してきた。


豊「乾杯!」


小さな空間に優しそうなバラードが響いていた。

>>曲はエルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」。続いて、アバの「The winner takes it all」


夏美「相変わらず洋楽が好きなんだね。」

豊「ああ。」


夏美は左手で自分の髪を撫でながら、


夏美「この曲聴いたことがあるなあ。」

豊「アバの曲。」

夏美「ああ、アバね。なんとなく覚えてる。」



2人は久しぶりの再会に、いろいろな思い出話をしていた。

そしてこの日2人の距離はだんだんと接近していったのだった。


夏美「私ね、豊が初体験だよ。」

豊「オレもだ。」

夏美「嘘!嘘よ!噂を聞いたわよ。」

豊「噂?」

夏美「そうよ、中2のときの転校生と・・・」

豊「あ、あれはデマだよ。」

夏美「ほんとかな?」

豊「ほんと。」

夏美「とか言って口がうまいんだから・・・」

豊「夏美だけには嘘をついてないよ。」

夏美「じゃ他のみんなに嘘八百・・・」


急に豊が夏美の口を押さえて、その後キスをした。

BGMがビートルズの「アンド・アイ・ラブ・ハー」に変わっていた。



この日以後2人が会うのはたいていこのスナックなので他の友達には2人の関係が知れ渡ることはなかったのであった。



数日後。再びここはスナック「NOBU」。

カウンターに2人が並んで座っていた。


2つのワイングラスには少し軽いロゼワインが入っていた。

豊が煙草を吸おうとした。


夏美「駄目よ、煙草は!」


豊は夏美の方を向いて少しうつむいた。

それから立って、有線のスイッチを入れた。

曲が流れてきた。


夏美「好きなの、この曲?」

豊「うん、知ってるのか?」

夏美「いえ、でも聞いた事があるわ。」

豊「EXILEの『TIAMO』という曲だよ。」

夏美「そうなんだ。じっくり聴いてるといい曲みたい。」


豊は再び夏美の横に座った。

いつの間にか豊の左手が夏美の脇にあった。


夏美はそれほど音楽に興味はなかったのだが、マキからメールがきて、6月にカラオケに行こうと誘いがきた。

それを意識してか急に、あちこちで音楽が流れるとその度に気になるようになった。



ここは夏美の家の父の部屋。


夏美「どうしたの父さん。何か古臭い曲聴いてる。」

父「夏美にすれば古いかもしれないが、父さんにしたらこれが名曲。そう名曲はどれだけ時が流れていっても新曲なんだよ。」

夏美「ふう~ん。全然つまんない。」

父「そんな事を言うけど、お前も大人になったら同じ事を思うんだよきっとな。」

夏美「えー、ウッソでしょうー・・・ミスチルが古いなんて何年経っても思えないわよ。」

父「何その味噌汁って?」

夏美「味噌汁じゃなくミスチル。ミスターチルドレンを略して皆そう呼んでるのよ。」

父「短くしてるだけじゃないか。小川知子だと、オガトモってことか。マユジュ、ソノマ、オクチ・・・わけわからん。」

夏美「ほんと、何それって感じ・・・」

父「今のこの曲が小川知子なんだ。」

夏美「ふう~ん。まったく興味ナッシング。」


夏美はそう言うと父の部屋を出て行った。


父「近頃の若いもんは、本当の歌を知らんな。」



今度は炊事している母のところに行って、


夏美「お母さん、ミスチルって知ってる?」

母「知ってるよ。ミスターチルドレンでしょ。」

夏美「さすが・・・」

母「『抱きしめたい』がいいわね。・・・抱きしめたい~♪」

夏美「あっ歌わなくてもいいんだよ・・・」

母「どうして?」

夏美「父さんは知らないからさ。」

母「父さんは爺だからね。」

>>?


母「フフフ、私はまだまだついていける年だからね。」

夏美「今度お母さんとカラオケ行きたいな。」

母「よおし!行こう!!」


母の声が大きかったのか、遠くで聞いていた父が、


父「おい、オレも行くよ。」

2人「パスパスパスパスー!!」


夏美は自分の部屋に戻って、ベッドの横に飾ってあるドッグのぬいぐるみを抱いていた。


父「連れてってくれよ。」

母「どうせ古いわけのわからん曲を歌うんでしょ。しらけるんだから・・・」

父「何言ってんだよ。いい曲は何年経ってもいい曲なんだよ。」

母「それが古いって言うのよ。」

父「ようし!味噌汁を覚えよう!」

母「はあ??」


両親の会話がまだ聞こえていた。


結局父が荷物を持つという条件で、3人でカラオケに行った黒木一家であった。



そしてそのカラオケでは。


父「抱きしめたい~・・・(^^)/」

夏美「や、やめてよ父さん・・・(×。×;;)」

父「何でだ。どうだ味噌汁うまいだろう。」


かなり自慢げの父。


夏美「だからもういいって。味噌汁じゃないし。」


必死で止めようとする夏美。


母「私が歌ってあげるわ。抱きしめたい・・・~・・」

夏美「あーもうだめ。うちの家系は皆オンチなんだ。ショック・・・(ー。ー;)」


・・・・・・・・・


そして、


父「母さん上手じゃないか、ひばり。」

母「あのね、ひばりじゃなく山口百恵よ。」

父「山口もえ?」

母「もえは女優でしょ、もう・・・わかってないのね。」

夏美「何この2人の会話。ついていけなーい!」



カラオケに行った次の日。


夏美「やっぱりカラオケは友だちと行くのが一番だなあ。」


そしてその夜、もうすぐ0時になる頃。


父「あなたなら~♪」

夏美「ちょっとちょっと・・・」

母「あっ、ご近所が急に電気付けたわ。」

夏美「私言ってくる。」


夏美は急いで風呂場に行った。


夏美「父さん、歌うの止めてよ。うるさいから。」

父「何でだよ。いい曲なんだから。」

夏美「近所迷惑なのよ。お母さん怒ってるよ。」

父「しょうがないなあ、音楽を理解できない奴らは。」



数日後夏美は麗子に学祭の案内メールを送った。



ここは隣町にある某私立高校。

学祭が週末の2日にわたって行われた。

夏美と麗子は校門入り口に設営されてあったインフォメーションのところへ近づいた。


夏美「ここでパンフレットをもらおう。」


麗子は軽くうなずいた。


案内係「いらっしゃいませ。どうぞ自由にパンフレットをお取りください。」


2人は長机に積んであるパンフレットを1部ずつ取った。


夏美「ちょっとそこのベンチでパンフを見ようか?」

麗子「そうね。」


2人はすぐ傍にあった白いベンチに座った。

ベンチの隅にはここの男子学生なのか、熱心に本を読んでいた。

2人はパンフレットを見始めた。


そして数分が過ぎた。


麗子「う~ん。ここはどうかな?」

夏美「何々、どこどこ?」


麗子がパンフのあるページを開きそこを指差した。


夏美「占いの館・・・おもしろそうだね。」


そして夏美の方も、


夏美「ねえねえ、ここどうかな?」


夏美もパンフを開いて指を指した。


麗子「エステ?・・・はァ・・・(^^;;)」

夏美「何かおもしろそうじゃん。」

麗子「学生がエステ?」

夏美「そうよ、そこよ。」


麗子は少し考え込んだが、


麗子「よし、行ってみよう。」


こうして2人の意見はまとまり、それぞれのテーマの教室へ順に回る事にしたのである。



半日が過ぎた。


麗子「夏美、ぼちぼち帰ろうか?」

夏美「そうだね。何かうちの学校とはだいぶ雰囲気が違っていたから、かなり面白かったね。」

麗子「そうね。私も同じ。」

夏美「また機会があったら学祭行ってみる?」

麗子「いいよ、夏美と2人なら。」

夏美「ありがとう。」



このあと2人は西中野地区にある『リラックス11』で少しお茶をしたあと、それぞれ自宅に戻ったのであった。



6月に入り、夏美、マキ、西城、光の4人がカラオケに行くことになった。

今回は夏美が仕掛けたのではなく、マキが夏美に先月に頼んだのであった。

4月の映画のとき、西城が拾ってくれたハンカチのお礼がしたかったらしいが、夏美にとってはたかがハンカチでそこまでする必要はないと考えていた。


しかし自分はとにかく西城に会えればいいと思っていたので、有無を言わずに賛成しマキの願いを叶える事にしたのである。



ここは学校近くのスーパー「ゲキヤス」にあるいつものカラオケ店。


マキ「お待たせ。」


いつもは約束の時間よりかなり早く来るマキだったが、この日は違っていた。


夏美「マキ、チョーかわいいじゃん。」

マキ「ありがとう。」


マキはニコニコして答えた。

続いて西城がやって来た。

5分遅刻したのは光だった。


夏美「光遅刻だよ。」

光「まあまあまあ・・・」


いつもの調子の光であった。


さて、本来ならこのまま4人がカラオケ三昧ということで夕方まで話が進むのだが、今日はちょっと違った。


カラオケを始めてから1時間少し超えた頃だった。

突然部屋に吉永が入ってきた。


夏美「えー!なんで・・・どういうこと???」

吉永「ごめんごめん驚かせて。」

光「よ!ひさしぶり!」


吉永「おい、光。昨日教室で会ってるだろうが・・・」

マキ「はい次、西城君だよ。マイク・・・」


マキは西城にマイクを手渡した。

このときも夏美は2人に再び不思議なオーラを感じるのであった。

面白いことに、西城が歌っているときは全員集中して、誰かは手拍子、誰かは合いの手を入れたりしたが、光が歌い出すと彼の歌などまったく気にせずに、皆それぞれに誰かと誰かが話していた。


しかし光はいつものごとく自己陶酔状態になって、もはや周りはどうでもよく、自分の熱唱にしっかりと感激を覚えていたのである。



そしてその翌日、夏美はマキの家に遊びに行った。


夏美「こんにちは。」

マキ「あっ、待ってたわ。さ、どうぞ中へ。」


玄関にいたのはマキだった。


マキ「今日はお母さん美容室に行ってるから帰りが遅いのよ。」

夏美「そうっかあ、じゃお邪魔します。」


夏美がマキの家の中に入るのはかなり久しぶりだった。


夏美「あっ、これって!」

マキ「え、知ってるの?」

夏美「フェル・・・何とか・・・」

マキ「そうそうフェルメールの絵なんだ。」


玄関にはフェルメールのレプリカが飾られていた。


夏美「そう言えば今年の春・・・」

マキ「そう、行って来たんだよ。」

夏美「そうなんだ。」

マキ「この絵が一番好きなんだ。さ、私の部屋へどうぞ。」


マキはそう言って夏美を自分の部屋に入れた。

部屋の窓は小さな出窓になっていて、そこには観葉植物が置いてあった。


夏美「あれ?前に来た時は窓には何もなかったよね、確か・・・」

マキ「うん、お母さんが買ってきて置いたんだよ。」

夏美「そうなんだ。ああ、そう言えば西城君も観葉植物が好きなんだって。」

マキ「へえ・・・」


マキは不思議そうな表情で聞いていた。


夏美「今年の初詣のとき、西城君から聞いたんだよ。」

マキ「そうなんだ。」


マキは関心していた。


夏美「そう言えばさ、昨日のカラオケ。途中から突然吉永君が来たでしょ。」

マキ「あ、あれね。最初は私も驚いたんだけど。お店を出る時西城君が、今日もしかして男子が1人増えるかもしれないって、そう夏美に伝えてあるって言ってたよ。」

夏美「え?・・・そ、そうだったっけかなあ?」


夏美はしばらく暗中模索していたが、


夏美「もしかしてそうだったかもしれない。」

マキ「別にいいんじゃない、皆が楽しかったんだし。」

夏美「そ、そうだね。」


そう言って夏美は壁にゆっくりともたれかかった。



7月。夏美、マキ、西城、光の4人が6月に続いてカラオケに行くことになった。

今回は夏美が仕掛けたのではなく、西城から誘いがあった。当然断る理由など無かった他のメンバーはすぐにオッケーした。


ここは学校近くのスーパー「ゲキヤス」にあるいつものカラオケ店。


マキ「お待たせ。」


前回もかなりオシャレしていたマキだったが、今回も決まっていた。


夏美「またまたまた・・・」

マキ「えへへ・・・いいでしょ。」

夏美「今度さ、その服買った店教えてよ。」

マキ「いいよ。」


面白いことに今回も、西城が歌っているときは全員彼に集中して、誰かは手拍子、誰かは合いの手を入れたりしたのだが、光が歌い出すと彼の歌をまったく気にせず、それどころか興味さえ示さずに、皆それぞれに誰かと誰かが話していたのであった。


夏美とマキの間に西城が座っていたときだった。

夏美は気になって仕方がなかったのだが、どうも西城とマキの目線が時々一致するのが頭から離れなかった。


1時間半を過ぎた頃だった。

西城が急に体調を崩したのかちょくちょくトイレに行くようになった。


マキ「西城君大丈夫かな?」

夏美「そうねえ、何か調子悪そうだね。」

マキ「どうする?」

夏美「もう止めようか?」


横から口出す光。


光「何で、フリータイムなんだし最後までやろうよ。」


しばらくして西城がトイレから戻ってきた。


西城「ごめん、ちょっと急用ができてしまって・・・」

夏美「西城君、いいよ私たちも帰るから。」

西城「いえいえ、変わりに吉永君が来ます。」

3人「え!」


3人が3人共顔を合わせたのだった。


光「ま、いい。オレが今日の分全部出すからさ。」


実はカラオケはいつも割り勘だったのだ。

そして数分もしないうちに吉永が颯爽とやって来た。


吉永「や!」

光「よ!」


さて、カラオケはさっきとはまったく違ったムードで夕方まで続くのであった。


夏美「あーっ、やってらんないわぁ・・・」

マキ「でも、それじゃあまりに可愛そうじゃない。」


2人の会話もお互い小さくつぶやくようになった。


夏美「私鳥肌が立つもん。」

マキ「そ、そこまで・・・」


マキが心配そうにつぶやいた。


夏美「そうなの。」

マキ「じゃ、もう帰ろうか?」

夏美「そうね。」


夏美には吉永がマキを避けているように見えた。



店の出入り口の会計で光が払おうをしたとき店員が、


店員「あ、4人分は先にもらっています。」


はっきりとした口調で言った。

つまり光の分を除いては、西城が支払いを先に済ませていたのであった。


光「うーん?オレって得したのか、損したのか??」


店の外では3人が待っていた。


夏美「光さん、ありがとう。」

マキ「光さん、ありがとう。」

光「えええ、急に『さん』付けですかみたいな・・・」

吉永「光ちゃん、ありがとう。」

光「お、お前まで、キモイよ。」


光はまさか西城が先に会計をしたなんてことはそのときは言えなかった。



次の日夏美はマキの家に6月に続いて再び遊びに行った。

マキの部屋に入った夏美は、最初に部屋のあちこちをチラチラっと見ていた。

特に部屋には変わりが無かった。


それから窓に近づいていって先月観察していた窓の観葉植物をじっとしばらく眺めながら、そしてその後急に振り返って、


夏美「もしかして、もしかしてよ・・・」

マキ「なあに?急にどうしたの?」


不思議そうな表情のマキだった。


夏美「マキって西城君のことさ・・・」


少し間が空いて、


マキ「あは、何言ってんのよ。おっかしい~」


マキは笑い始めた。


マキ「私ずっと夏美が西城君のことを好きだと思ってたんだよ。」

夏美「わ、私は・・・好みじゃないし・・・」

マキ「そうう・・・???」


大事なことを言うことを忘れていたが、夏美は西城と自分との距離が日々どんどん離れて行くのを気にして、その欲求不満を豊にぶつけていたようだ。

さすがにマキは親友なのでその対象にはなり得なかったのである。



9月になって、またいつもの学校が始まった。

夏美はどうしても拭い取れない心の痛みを無くすために、放課後のクラブの練習の時間に西城と2人っきりになるチャンスをようやく見つけて話しかけた。


ここは体育館の裏。


夏美「西城君って一体誰が好きなの?」

西城「さあ・・・」

夏美「?」


夏美はしばらく沈黙していた。

やがて夏美は遠くの空を眺めながら、


夏美「ねえ、私観葉植物が好きなんだ。」

西城「そう・・・同じだね。」


夏美は西城の態度や返事のタイミングや顔のわずかな表情の変化を観察しながら、時間の流れと共に彼が自分に対して興味を示していなかった事に気づいたのだった。



翌日の昼休み。

たまたま教室で夏美が古文の暗記練習をしていた。

そこに吉永が入ってきて2人にだけになった。


吉永は丁度夏美の斜め前の席だったので、席に着くなり夏美に向かって言った。


吉永「やるねえ。」

夏美「宿題だからね。」

吉永「オレさ、勉強は何も覚えられないけどさ、1週間の時間割だけは覚えているんだよ。」

夏美「たいした自慢にはならないけど・・・」

吉永「テレビ番組ならバッチリだぜ。」

夏美「悪いけど私用があるから。」


夏美はさっさと教室から出て行った。


吉永「何だよ。話も聞いてくれないのかよ。」



10月のある日。

東中野商店街で夏美は偶然光と出会った。

というか、出会ってしまった。


夏美「あー・・・こんなところで会うなんて・・・」


諦めと衝撃と空しさがそこにあった。


光「やあやあ奇遇ですね、こんなとこで・・・」


笑いながら話す光のお茶目な顔が、夏美には耐えられなかったのだった。

体質から受け付けない夏美は心の中で、「気持ち悪い・・・」と思い続けていた。


光「どう?また4人で・・・」

夏美「それってカラオケのこと?」

光「そうだよ。まあ別にカラオケでなくても映画でもいいけど。」


夏美はまた心の中で、「こいつけっこう窓のない密室やら暗い所が好きなんだな」と思った。


夏美「誰と?」

光「西城とオレとさ。」

夏美「しばらく行かない。」

光「そ、そうか・・・」


しょぼくれた光だった。

が、すぐに気を取り直したのか彼は、


光「じゃあ、またね。」

夏美「さよなら。」


こうして夏美はなんとか別れることが出来たのである。


夏美「ふう~・・・」


夏美はホッとした気分になったのだった。




クリスマスの日。


夏美「私って結局ひとりぼっちなのかな・・・」


そんなモヤモヤした気持ちを静めるために、夏美は1人街に出歩くことにした。

そしてどういうわけか東中野商店街のFFバーガーの前で豊に偶然出会ったのであった。

豊はハンバーガーを立ち食いしていた。


豊「やあ。」


夏美は少し驚いた様子で、


夏美「こ、こんなところで・・・」

豊「時々ここに来るんですよ。」

夏美「そうなの?でも今日はやけに丁寧なのね。」

豊「何、何か?」

夏美「言葉が・・・」

豊「いつもこんな感じじゃなかった?」

夏美「全然。全然違うよ。」

豊「そうかなあ。」


淡々と話す豊だったが、なかなか2人の会話が噛み合わなかった。


少し経って、


豊「ここは昔よく母さんが連れてきてくれた場所なんだよ。」

夏美「へえ・・・そうだったんだ。」


周りを見渡しても、さほどムードのある場所でもなかった。

あると言えば近くに神社前の広場があって、ベンチが2つばかあるだけである。


豊「ん、何か変ですか?」

夏美「い、いやそんなことはないけど・・・」


夏美はさっきから豊の話し方が気になって仕方が無かったのだ。

しかし豊はそれにまったく気づくこともなかった。


豊「もし1人なら一緒にデートしませんか?」

夏美「見ての通り。ついてくわ。」


こうして夏美は大切なクリスマスをなんとか1人で過ごすことから開放された。


2人は大通りの方に歩いて行った。

クリスマスとあって街中が鮮やかな装飾で彩られていた。


夏美「き、綺麗だわ・・・」


夏美もこの街の灯りのように、ずっと輝いていたいと思った。


豊「夏、本当にオレだけが好きなのか?」

夏美「何急に・・・びっくりするじゃん。」


2人の会話が普段に戻っていたのだ。


夏美「わ、わからないわ。プロポーズされた訳でもないし。」

豊「じゃ結婚を考えてくれる可能性はあるのか?」

夏美「今はまだ無理よ。学生だし、世の中のことが全然よくわかんない。私ずっと迷ってるのよ。」

豊「迷ってる?」

夏美「そう。男と女って、くっついたり離れたりして、私たちだってそうじゃない。又いつ別れるかもわかんないし。」

豊「だからプロポーズってことか・・・」

夏美「ん・・・よくわかんないけど、そうなのかもしれない。女って守ってくれないと、きっと又どこかへ行っちゃうのよ。たぶん、そう。そう思う・・・」

豊「ん・・・???まだ理解できない。」

夏美「いいんじゃない、まだ10代なんだし。私たちはそれなりには付き合っているじゃん。」


豊はうつむきながら、


豊「それなり・・・このままってことか?」

夏美「ん・・・どう進展するのかも今のところわからないわ。まずは男は包容力じゃないかしら。私今日まで一度も包まれたことないわ。そんな実感をしたことがないの・・・」

豊「ん・・・よくわからないなあ。別に男が働けば生活はしていけると思うんだけどなあ。」


2人は手をつないだ。

今年もまたこの街には山下達郎の「クリスマスイヴ」が流れていた。

そして2人は明るく眩しいネオンの輝くホテル街の方に歩いて行ったのだった。


(5)


3年になって夏休みの最初、3年に1回の学校の行事で部活の合同キャンプがあった。

これは運動部の部活同士の横のつながりを深めることが目的だった。

学年も1年から3年まで多くの運動部が参加した。

このとき3年のグループには光、西城、夏美、麗子が参加した。


キャンプ初日の夜、ロッジの外にて。


光「あれ?麗子は?」

夏美「疲れてるみたいで、もう寝ちゃったよ。」

光「そうか。」

夏美「麗子のこと気になるの?」

光「いえ全然。」

夏美「そう。」


うつむきかげんの夏美の姿を横から見ていた光は、


光「夏美・・・」

夏美「何?」

光「オレと付き合ってくれ。」

夏美「私と麗子とどっちが綺麗?」


夏美は左手で自分の髪を撫でながら、そして顔はニッコリしながらやや流し目で言った。


光「それはもちろん、夏美だよ。」

夏美「じゃ、付き合うわ。」

光「ほんと!」

夏美「し!声でかいよ・・・」

光「ご、ごめん・・・」


光と夏美は森の茂みに消えて行った。


夏美は元々光がいやだったはずなのだが、キャンプでも豊とあまり話す機会も無く、自分が一人ぼっちに思えてきたのであった。

そんな寂しい自分の心を今となっては慰めてくれる男なら誰でもよかったのだろう。

光はこのときとばかりに麗子と付き合いながら夏美とも付き合い始める。

しかし夏美は麗子が光の彼女になったとは知らなかったのであった。




10月の終わりごろのある日。夏美と豊がひさしぶりに中野南公園でデートをしていた。


夏美「豊、カラオケに行かない?」

豊「いいよ。」


こうして2人は近くのカラオケ店に入った。

しばらく2人はお互い熱狂して歌っていたのだが、豊がトイレに行ったとき、夏美がテーブル横のソファに置いてあった豊の携帯を見つけた。

そして、ついつい豊の携帯を覗いてしまうのだった。


夏美「な、何これ!」


夏美の表情は真っ逆さまに落ちるバンジーのように変化した。

夏美が見たのは、待ち受け画面にはっきりと麗子と豊のツーショットが写っていたのだ。


その後豊に気づかれないように携帯を元の位置に戻して置いた。

ここから先の2人のカラオケについては読者の想像に任せるものとする。



11月。

芸術祭が終わった後、多くの生徒が打ち上げを今年もスーパー「ゲキヤス」の向かいにある「リトル・キッチン」に集まっていた。


そして彼らは窓際の一角を再び占拠していた。


いつもはカラオケ店で行うはずだったが何故かバレー部が集まっていた。


夏美「由紀ちゃんお疲れ。」

由紀子「先輩もお疲れ様です。」

夏美「今日は男子と一緒ね。」


数人の男子も混じっていた。


皆「乾杯~♪」

豊「いいのかよ。」

夏美「いいよ。」


豊はあまりいい顔をしていなかった。

この日麗子からメールでカラオケでの待ち合わせをしていたからだった。



大晦日の中野神社ではかなりの冷え込みがあったが、まずまずの初詣客が来ていた。


夏美「光は大学に行くの?」

光「ああ。夏美は?」

夏美「私は就職。もう内定してるし。」

光「どこに?」

夏美「設計の事務、OLよ。博物館の裏にある事務所。」

光「そうか。じゃ、うちの親父の会社に近いな。」

夏美は少し考えてから、

夏美「そう言えばそうね。」


光は夏美の腰に手を回そうとしたが、夏美はそれを拒んだ。




卒業式の日。


そしてついに卒業式が終わった。

講堂から親と一緒にそれぞれの卒業生が胸に何か新しいものを抱きながらぞろぞろと出てきた。


こちらは共に親が忙しくて式が終わり次第さっさと帰った2人は寄り道して近くの公園にいた。


夏美「あー終わった終わった。」

吉永「なっちゃん。」

夏美「な、何よ気持ち悪い。」

吉永「そ、そう・・・」

夏美「だいたい慣れ慣れし過ぎるわよ。ほんと女性の気持ちをまったくわかってないんだから。」

吉永「そ、そうか・・・」

夏美「何?1年のときのガッツはどこ行ったの?」

吉永「あは、あ、あれれ?」

夏美「何とぼけてんのよ。」


夏美はそう言ってさっさと自分の家の方角に帰って行った。


(6)


高校の卒業式の数日後。ここは黒木夏美の家。

陽がゆっくりと暮れていった。

夏美は自分の部屋で1人ぼーっとしていた。


夏美「あー、困ったな・・・どうしよう・・・」

夏美は自分のお腹を撫でながら苛立っていた。

とりあえず家にいるのは良くないと考え、なるべく外に出るようにした。


夏美「ハローワークに行って来る。」

母「はい。遅くならないようようにね。」

夏美「うん。」


高校在学中に進路指導の先生が就職斡旋をしていたのだが、夏美は自分の体のことが気になってキャンセルしていたのだった。

夏美は歩きながら、


夏美「そうだ。東京の都心に出よう。そこで働きながら・・・」


こうして夏美は親にウソをついて、東京の職場で3年研修があるからといって、東京で暮らす事にした。



夏美の住むマンションは家賃が高かったがシェアハウスになっていた。

同じ部屋に4人が住む4DKで、家賃を4等分できた。

こうして同じ住人と仲良くなり、特になんでも相談できる5つ年上の岡本夏子が夏美のお気に入りだった。


夏子「夏美、一緒に食べに行こう。」

夏美「うん。」


いつもこんな感じだった。

夏子は夏美の体型を気にしていた。


お店に着くまでの2人の会話。


夏子「夏美、そのお腹気になるんだけど・・・」


夏子は夏美の体をあちこち眺めていた。


夏美「やはり・・・」

夏子「もしよかったら相談に乗るよ。」

夏美「ありがとう。親に言えなくて。」

夏子「そうか、やっぱり・・・」


夏子は親切だった。


夏子「私が知り合いを紹介してあげるわ。東京じゃシングル・マザーなんて普通なのよ。」

夏美「ありがとう。」



こうして夏美は7月に女の子を出産したのであった。

その後も夏子の手助けもあって、なんとか生活しながら子育てをしていくことができたのであった。


(7)


3年後、夏美は1人実家に戻ってきた。

子供はしばらく夏子と彼女の母親が面倒を見てくれることになったのである。


そして、事務募集を見て、西中野にある野口設計事務所に就職した。

ここでは担当になった若手社員、野口鈴雄が優しくパソコンの使い方を教えてくれたので、3ヶ月ほどでワードとエクセルを覚えたのであった。


鈴雄「夏美さん。今日でパソコン卒業です。お疲れ様でした。」

夏美「やったー!」

鈴雄「明日からは1人で頑張ってください。」

夏美「はい。」


この事務所ではたくさんの伝票処理があり、なかなか一日では終わらなかった。

しばらくはなかなか追いつかなかった夏美だったが、3ヶ月もするとやや余裕ができていた。


鈴雄「もう大丈夫ですね。」

夏美「ありがとうございました。」

鈴雄「なんせ、この事務所は女性がいないから、いろいろ雑用もあって大変ですが頑張ってください。」

夏美「はい。」


実はこの鈴雄はこの事務所の所長の息子だった。時には昼の食事に誘われる事もあった。


鈴雄「どうです、今日は。」

夏美「はい。」


夏美は仕事の手前まず断る事はしなかった。



ここはカフェ「リラックス11」。


鈴雄「親父に聞いたんですけど、高校が花園学園の附属高校ですね。」

夏美「ええ、そうです。」

鈴雄「オレの弟がたしか1学年上でいましたよ。」

夏美「へえーそうでしたか。」

鈴雄「ええ、秀樹って言うんです。」

夏美「あんまり上の学年とは話す機会がなかったから・・・」

鈴雄「でしょうね。あいつはギターが好きで学祭が近づくと家でやかましく練習していたから。」

夏美「ああ、そうだったんですか。もしかして講堂でバンドが演奏していたような・・・」

鈴雄「ええ、それです。私も一度学祭にそれを聞きに行ったんですが、あまりにもひどくて・・・」

夏美「そうですか?」


鈴雄はこと詳しく説明をしていたのだが、夏美は弟のことやバンドにはまったく興味が無かった。


(8)


こうして月日が流れ、夏美はしばらくではあったが、仕事上での鈴雄とお付き合いをしたのだが、やはり趣味と性格が合わずに数ヶ月で別れてしまった。


そしてその後鈴雄は海外に出張したのである。



さて夏美も少しずつ貯金も出来るようになり、自分の子供を1人で育てることにした。

娘の名前は自分で名付けた。東京で世話になった夏子があまりにも中森明菜に似ていたので、ついついその連想から『明奈』ということに決めたのである。


そして明奈を、小学校3年生から南高針小学校に転校させることにした。

親には中野に戻ってないことにして、南高針地区の小さな一軒家を借りてそこに住む事にしたのであった。



時が流れて、光がカフェ「光」の店を始めたことを知ると、娘の明奈をその店で働かせるのである。


この小説は「キラキラヒカル」全集の別冊です。


キラキラヒカルは新しいカテゴリ、「4次元小説」の1冊で、これまでにはない新しい読み手の世界を考えて描いてあります。


なお、「もくじ」は配布している冊誌の表紙裏を入れました。

このシリーズでは、「登場人物一覧」以降は「ハンドブック」に記載しています。そちらをご覧ください。


<公開履歴>

2018. 5.    「小説家になろう」にて公開


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